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2021 賀状展

2021 賀状展

★昨日、近くの神社で左義長が行われたので、締め飾りなどの正月飾りや昨年のお守りや御札などを焚いてもらった。アッという間に正月が過ぎた。

★今年はこんな社会状況なので、我が家も夫婦二人だけの新年だった。おせちも作らず、お雑煮も元旦と二日だけで済ませた。ただただグダ~っと炬燵に入りテレビの前でウト~っとして、フッと目が覚めて昼飯を喰い、夕飯を喰らう。そんな生活をしていたら、アッという間に正月が過ぎた。

★ついこの前、子年の賀状展をアップしたような気がするのだが、もう丑年の賀状展をアップすることになった。年々時の過ぎるスピードが速くなる。コロナもこんなスピードで過ぎ去ってくれればいいのだが…。

2021 元気に行こう

2021 元気に行こう

★2021年、私の賀状のイラストである。

★またひとつ冥土の旅の一里塚を超えた。この年齢まで健康な日々を過ごして来られたことに先ず感謝したい。しかし年を経るごとに何か物事に取り組む意欲や姿勢が減退しつつあるのが自分でもよく分かる。例えばこのブログも年間数回のアップという体たらくである。にもかかわらずブログを覗いていただく皆さん、今年もよろしくお願いを申し上げる次第である。

★自分への奮起を促す為に「2021 元気に行こう」と賀状に書いた。少々むなしい気もするが…

アロエ(医者いらず)の花が咲いた!

アロエ(医者いらず)の花が咲いた!

★今年も暮れる。今年はコロナに怯える大変な一年になってしまった。自分を蝕むかもしれない敵が何処にいるのか分からない。しかももし感染すれば高齢者ほど命を脅かされるリスクが高いというから、私たち老夫婦はたまったものではない。願わくば、美しい空気と自然そしてウイルスの飛び交わない安心の社会の中で人生を全うしたいものである。

★少々話は飛ぶが、ずっと以前、たしか伊豆半島を旅したときだったと思うが、サボテンのミュージアムのような施設があって、帰りがけにアロエの小さな苗を一本ずつ訪館のお土産として呉れた。アロエが「医者いらず」と呼ばれることもその時に聞いた。爾来何十年経つが、その時の小さな一本のアロエが今我が家の庭の一画に群生している。勿論、栽培方法を調べたり聞いたりしながら大切にしてきた。冬には霜や雪にあてないようにシートをアーチ状に覆って寒さを凌いだ。この植物、厳冬の一時期さえ凌げばムチャクチャ元気に成長し続ける。

★ところが、ここ数年前からいくつかの株の茎先に花が付き始めた。見たこともない不思議なフォルムをした花だった。訪れる友人たちが口々に『珍しい!』と言ってくれるので、今年は蕾が付いた10月の終わり頃にその株茎を中断して鉢植えに挿し木して玄関に置いた。鉢の中ですぐに根を張りだしたとみえてピンっと立ち、花も日に日に大きくなり、明後日の元日には丁度満開だと思う。
この5鉢のアロエの花が、締め飾りやお鏡餅に代わる2021年の我が家の玄関のお正月のお飾りである。

★アロエの葉(?)の中のゲル状の中身こそ「医者いらず」と言われる所以らしいので私は時々食している。苦い外皮をナイフで剥がし中身をスプーンで刮ぎだし、1~2滴のポン酢をかけると結構食える。「医者いらず」のご意向に頼りながらコロナの終息を願う私である。

チョッと喫茶店バッグ№8

チョッと喫茶店バッグ№8

★チョッと喫茶店バッグ№8を創ったので見ていただく。先の№7を見てただいたのが2018年の4月だったからほぼ2年ぶりのバッグ創りである。今春はコロナ感染防止で長期間ステイホームが続いた。その暇々にこのバック創りに取り組んだ。5月半ばに仕上がったので既に使用している。なかなか良い案配の出来栄えと自画自賛しているところである。

★今回のバッグはこれまでのバッグとは異なったところから発想した。
皆さんはバッグインバッグという小物をご存じだろうか。私はこの小物を全く知らなかったのだが、先般あるディスカウントショップをぶらぶらしていてこの小物に出会った。手にとって見ていたときにバッグ№8のアイディアが決まった。このバッグインバッグと同サイズの革取りをして革部分を作り、バッグインバッグを裏返しにしたものを内部に貼り付けてバッグの内張りと内ポケットにあてたものがこの№8である。

★このバックインバッグという小物、安価だが思わぬ拾いものだった。2個セットの商品だったのであと一つ残っている。またバッグ№9が出来る。

君子蘭

君子蘭

★何処のどなただったか忘れてしまったが、いろんな方からいろいろな花の苗や株や種をいただきながら我が家の庭をいじってきた。猫の額ほどの狭庭なので植木鉢もそんなにたくさん置けないのだが、根っこの際から新芽が出て大きくなってくると折って捨てるわけにもいかず、別の鉢に植え替える。そんなことを何年も繰り返しているから、いろんな花種の鉢が増え過ぎて、それらを冬越しさせるのが大変である。
冬の家の中のほとんどは鉢で占められている、さらに近年は季節の変わり目がはっきりしないので鉢をいつ頃外に出したら良いのか迷う。

★今年の場合は寒さに弱い月下美人やクジャクサボテン等々の鉢をやっと3月1日に外に出した。
上掲の君子蘭も3月1日に出したものだ。ちょうど一ヶ月が過ぎた4月1日にほぼ満開状態になった。今春は堤防のサクラをじっくり、ゆっくり愛でるのも気が引ける。せめて玄関先の君子蘭の美しさを愛でよう。

★今はただ新型コロナウイルス蔓延の終息を祈るばかりである。

2020 年賀状

2020 年賀状

★明けましておめでとうございます。

★2020年の始まりである。とは言っても、私の年齢になると新年を迎えても特段の感慨はない。昨日から今日に変わるだけでワクワクした昔の自分が懐かしくもある。

★忙しい日々を送っていた現役の頃、虚礼廃止を声高に叫んで年賀状の無意味さを語っていた自分だったが、結局それを実行することもなくずっと年賀状を続けて今日に至っている。しかし、今となっては私の唯一の新年の感慨を味わうものはこの年賀状の交換しかない。あのとき年賀状を止めなくてよかったと思うことしきりである。

★今年も多くの手作り賀状をいただいた。ハワイ旅行の帰り機上から富士山の火口を撮った、二日がかりで色鉛筆画を仕上げた、剣岳への登山中にフッと目に入ったチングルマをカメラに納めた、もう面影の残っていない昔の古里の風景を描いた、等々。手作り賀状は、その人それぞれの普段の人となりを伺いみるような気がして楽しい。『今度、喫茶店で会おうかな…、電話してみようかな…』と思ったりもする。

★あっ、大切な新年の感慨があった!この年齢まで健康に生きて、また一つ歳を重ねることが出来たということへの感謝だ。これからは身の丈に合った自然な生き方に心掛けよう。そんなわけで、私の今年の賀状イラストに『適当に行こう』という言葉を添えた。

恐竜博物館から能登島へ

恐竜博物館から能登島へ
★今秋も二男が私たちを旅行に連れて行ってくれるために帰省した。昨年、住居を東京から埼玉に移したため、帰省途中の東京近辺がムチャクチャ渋滞していて、8時間かけての帰省だったらしい。私たちを旅行のために有り難い限りだ。

★毎秋のことだが、事前に電話で「今年は何処に行きたいの?」と二男が聞く、今年は、第一日目にTVなどで話題の勝山市の「恐竜博物館」へ、二日目は同じくTVでよく取り上げられる「能登島水族館」を中心とした島全体の観光とした。

★近年、勝山市近辺の山中の手取層群北谷層から古生代の恐竜、魚貝類、等々さまざまな化石が産出され、学術的にも世界レベルの貴重な化石が発掘され続けているという。ここの発掘物を中心に2000年に開館したのが「福井県立恐竜博物館」だ。駐車場の車をみて驚いたのだが平日にもかかわらず広い駐車場は満杯で、ナンバーを見ると東北地方から九州まで全国から観覧者を集めているようだ。

★地下3階まで降りて徐々に階上に上ってくる観覧順路が設定されているが、地底から地上に登ってくるような冒険心を擽るようで面白い。あちこちにいる恐竜たちが「ギャオー!ギャオー!」「グググ~」と鳴き叫ぶ、遠足で来ていた幼稚園の子たちが笑いながら「キャー!」と楽しそうに恐竜を見上げている。

★私たちもこの手の博物館は初めてで、目を瞠りっぱなしの2時間だった。面白すぎて展示されている多くの恐竜の学名、生息年代、等々の学術的な視点は全く忘れて、このジュラシックパークを楽しんだ。

★二日目の能登島だが、能登半島のほぼ中央部の抉られたような湾状の海にスッポリ入った大きな島だ。以前能登半島の突端に行ったとき通過したことはあるがこの島に降りたことは初めてだ。全国で十指にはいる「能登島水族館」の大水槽を泳ぐ二匹の巨大なジンベイ鮫に度肝を抜かれたし見事なイルカショウも素晴らしかった。
以前ドキュメント番組で、この島の入り江に流れ着き住み着いた野生のイルカを中心に島の人々の自然を敬愛する心と島の伝統を重んじ続ける生活を紹介していて、その番組がずっと印象の残っていたのもこの島を訪れた理由である。

★海に張り出したような絶景の小さなカフェに入った。かなり日焼けした顔だがキリッとした若い美人女性のパテェシエが真っ白の制服を着て狭い厨房のなかをてきぱきと動いていた。やがて「チーズケーキです」とにこやかな表情でケーキの皿を置いた。いかにも手作りの良さを凝縮したような美味いケーキだった。
カフェを出た後「あの子はきっと夏の間、海で何かのインストラクターもしているに違いない」「店の下に小さな桟橋があっからいつも海に関わっているお嬢さんだろうね」などと、私たちはさままざまを空想した。私はいつかのドキュメント番組で見たこの島の人々の姿がこの日焼け美人のパテェシエと重なっているようだと思いながら島を後にした。

★文末になったが、今回のドライブのなかで二男が実際に見てきた台風19号から直後の河川災害の関東地方の大変な状況を話してくれた。私たちの地方は幸いにも災害から逃れたが、関東各地の人々が遠からず普段の生活に戻られるようにと心から願うしかない。

今ごろ月下美人が咲く!

今ごろ月下美人が咲く!

★この頃の日本は四季それぞれの情緒をじっくり味わうことが出来ない感がある。今年も夏から秋への季節代わりが不明だった。晩秋の涼風が吹いて陽が暮れて庭の虫の声が日に日に大きくなると言うのが定番だが、今年はいつまでも熱帯夜が続き、冷房のタイマーが切れるやいなや暑さで目が覚め、汗ダラダラでのたうち回っていると、外で盛んに虫が鳴いているのが聞こえる、といった具合だった。情緒もくそもあったものではない。

★この花も本来なら真夏の深夜にホワッ咲くのが特徴だから、10月の半ばに咲くなんてこれまで一度もなかった。だからこのこともある意味そんな四季の常識を逸脱した出来事なのかもしてないが、でもやっぱり花はいつ咲いても嬉しい。

★この月下美人は二代目の株だ。数年前に冬を外で越せるかどうか防寒養生をして軒下で過ごさせた。何とか越冬出来そうだったが二月のある一日の極寒に負けて全鉢が全滅した。そんなことも予想していたので前もって何枚かの葉を室内で挿し葉をしておいた。この写真の株はその挿し葉が成長したものだ。

★でも、この花、数時間で萎れてみる影もない姿になる。自然はなんでこんなに艶やかで美しく、そして儚いものを創りだすのだろう…、毎年この花をみるたびに想いながら深夜焼酎を飲む。

切り絵/ひなた漁港

ひなた漁港

★今秋も行く予定だが、志摩半島の海岸線は複雑にギザギザと入り込んでいる。そのために大小さまざまな漁港が無数に点在している。

★この漁港もその一つだ。ホテルを10時前に出てしばらく走っていたときにフッと車窓に見えた小さな漁港の風景である。

★午前10時頃だから、出漁する船を見送った直後か、あるいは夜通しの漁から帰ってきてその成果を売りさばく市が終わった直後なのか、どことなくさっきまで人々の賑やかな声が飛び交っていたような空気が残っている漁港だった。

★仕事を済ませたのについ帰りそびれた若い男とオバちゃん、もしかしたらあの若者はオバちゃんの説教を受けながら必死に反論しているのだろうか…。

★ともあれ秋の澄み切った日差しのなかに見た海辺の暖かい風景だった。ここはどういう名前の漁港なのか全く不明だが、もし名付けるとしたら‘ひなた漁港’というのはどうだろう。

浜風(切り絵)

浜風

★もう半年が過ぎてしまった。私がこのブログを始めてから10年を越すがアップ数が年々減り続け、今やその更新間隔が6ヶ月という事態に至った。
特段の仕事もない暇な毎日なので、今こそ、様々なことに挑戦したり、取り組んだり出来る十分な時間はある筈なのだが、年齢を重ねるたびに“やる気”が少しずつ失せていく。
今年も春のサクラに始まり庭に植えた草花のこと、出品した展示会のこと等々、ブログ用の春の風景をカメラにその都度準備したのだが、画像のジフ処理や案文が面倒でゴロゴロしているうちにアップ時期のタイミングが過ぎていったというわけだ。まさに“やる気”が失せつつある老人である。

★まあ、そんな繰り言をならべても詮ないことなので、最近取り組んでいる作品を見ていただこう。以前はCG作品をいくつもここで見ていただいたが、ここ2年ほど前から切り絵に凝っている。CGによる作品づくりとは正反対の超アナログ的な制作過程がやっぱりおもしろい。

★毎年、東京の次男が旅行に連れて行ってくれるのだが、この切り絵も何年か前に行った日本海側の小さな漁港の風景をモチーフにした。
初秋の北陸、この地方には珍しいほどの晴天に海のキラキラが反射してこの風景をいっそう明るくしていた。
古民家風の民宿の窓にも光る海からの微風が届いていた。

ずっといつまででも味わっていたかったその時の風景と空気を表現したかった。