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昔の中学生二人の展覧会

昔の中学生二人の展覧会

★この夏は猛暑の炎天下に飛び出す勇気もなくエアコンの室内でジッとしているだけの老体であった。最近朝夕の風が涼しくなり始めてようやく「こんなことではイカン!」と思っていたところに、名古屋で開催されるの展覧会案内が二通届いた。いけばなの展覧展とイラストの個展で、双方とも会場は別だが会期が重なっていて、しかも偶然にも二人とも私の大昔の教え子だった。
というわけで11日に早速行ってきた。

★名鉄百貨店で開催されていた「いけばな展」に出瓶しているIさんは私が30代後半の頃の中学生で頭の良い絵の上手い少女だった。現在は立花講師として活躍しこのいけばな展にも出瓶いるのだ。
上掲は彼女の作品である。見受けるところ流派の東海地区の指導者たちの作品が展示されているようで、その観客の多さに驚いた。

★「いけばな」に全く不案内な私なりに惹かれたのは、その表現方法の多彩さである。草むらの中に潜む楚々とした自然情景をイメージさせるようなものから、強烈な大自然のエネルギーをイメージさせるような、まるでオブジェのような作品まで、自然界の解釈と表現の幅の広さに驚かされた。さらにそれぞれの出瓶者が自分の表現をいっそうアピールするために花器、剣山、水張り等々「いけばな」に付随するさまざまにまで行き届いた神経が見えた。

★上掲下段のイラストは長年「中部経済新聞」連載小説の挿絵を描いてきたOさんの原画展である。名古屋市民ギャラリーで開催されていた。Oさんは私が20代の横着教師だった頃の中学生だが、当時「こんな上手い絵を描く中学生がいるのか…」と感心したものだ。イラストレーターの彼は特に江戸時代の風俗を描くのが得意のようで、衣類、髪型、持ち物等々その時代考証の見事さも評判である。彼の軽妙洒脱なイラストはどこか懐かしい感じもして惹かれる。

★Iさん、Oさんの作品を鑑賞した後、ぶらぶらと秋に向かう名古屋の街をしばらく歩いた。二人のおかげで久しぶりに外に出た。
私も秋の展覧会の準備を急がねば…

チョッと喫茶店バッグ/№5と№6

チョッと喫茶店バッグ/№5と№6

★過日、今年の「年賀状展」をアップしようと思ったのだが、何故か画面化けがおこり、前の私の賀状画面までトンでもない変形を
起こしてしまった。理由がよく分からないので、新しい「年賀状展」の記事も前の私の賀状イラストの記事もいったん削除してしまってアップやり直しをした。多分「年賀状展」記事の縦サイズの許容越えが原因だと思うが、ハード音痴の私には不明である。そんなわけで今年は「年賀状展」を見ていただく機を逸した。

★話は変わるが、昨年の夏から秋にかけてコツコツと作っていた「チョッと喫茶店バッグ」の№5と№6を見ていただく。

★№5の方は2トーンカラーでおしゃれなやつを作ろうと意気込んだのだが、制作の段取りを間違ってしまい、方々に素人っぽさが見える。なんかカルチャースクールの革細工教室ではじめつくったような作品になってしまった。これは絶対に使いたくない!!

だからすぐに№6を作った。以前何処かの店で見たアウトドア用の小物入れを思い出しながら、記憶を辿りながらスケッチをして、髪型紙から順を追って丁寧に作った。内皮はもう必要の無くなった現役時代のネクタイを解いてパッチワーク風に繋いで貼った。
まあまあイメージに近いバッグになった。この革色も望外の良さだ。年末年始の集まりや宴会にはこのバックを持って参加した。



笑って行こう

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少々遅れましたが、あけましておめでとうございます。
私共の地方は、これでいいのか?と思うほど暖かいお正月をでした。まさかこのまま春になって行くわけではないのでしょうが、『ことしも異常気象が頻発する年に
なるのだろうかの…』と、若干の不安がよぎる新年でした。

★そうそう年末のことです、私の人生で初めてのことですがNHKの紅白を最初から最後までしっかり見ました。画面にいちいちケチをつけながら見ているものですから『むこうの部屋でDVDでも見てたら…』と家内に言われながらもとうとう最後まで見てしまいました。

★普段の番組では若い日本人の歌手がうたっているのに早口に叫ぶだけで何を言っているのか分からないものですからチャンネルを換えていたのですが、ここでは画面に歌詞が出てくるので内容が理解できました。ただ、この手の歌は言葉が過度にポジティブで、前向き過ぎて、観念的な世界の歌に思えて軽く感じました。
そんな中で椎名林檎さんの世界、ジッと魅入ってしまいました。歌詞も冷静に現実を見極めようとするところから生み出され言葉のように思えて感動しました。
今回の紅白、椎名林檎氏の創造的な舞台を見ただけでも私にとっては有意義な大晦日でした。

★さぁ~て、また一年、今年は笑って行きたいものです。

今年も15回目の「二人展」ができた。

今年も15回目の「二人展」ができた。

★随分長い間さぼってしまった。
今夏の猛暑にヒーヒーしていたのに、9月に入り一気に涼風が吹き秋めいた。久しぶりの長い秋を楽しんでいたのだが晩秋になっても一向に寒い日が訪れない。今秋は美濃路を寒風が吹き向けることもなく、街道の紅葉も鮮やかさを見せないまま落ち葉になった。例年なら、12月に入るや否や冬タイヤに交換するのだが、『いつ換えようか…』などと迷っていいる昨今である。

★さて、今年も15回目の「二人展」ができた。私の場合単発的には展覧会に出品したり、個展をやったりしているのだが、毎年定期的に続けているのは、このギャラリーで先輩と開催する「二人展」だけだ。
15年という年月をあらためて思う。私たちは毎年同じような作品を展示しているせいか周囲のさまざまなものの激変ぶりを今更ながら痛感する。以前の姿を思い起こせないほどの街並みの変容、ギャラリー周辺のお店やご家族の方々の世代交代、等々、周囲の全てが足早に移ろっていく。変わらないのは私の相も変わらぬ作品の出来栄えだ。別にあせりはないが、これでいいのかとも思う。微妙な思いの15回目の「二人展」であった。

★でも、今年も50年前の小学校4年生の4人が遠くから来てくれた。50年前のたった1年間だけのお互いに通りすがりのような出会いが、いまだにこうして時を超えて昨日のことのように50年前に戻ることができる。さっき、微妙な思いの15回目の「二人展」と書いたが、この子たちへの感謝を思いつつ、やっぱりやって良かったとしみじみ思う素敵な15回目の「二人展」であった

声の記憶

声の記憶

★昔の若い仲間たちの宴会によばれた。あの時可愛い中学生だった彼らも、はや50代半ばだから、私がいかに劣化したかを思うと寒気がする。まあそれはともかく、こういう昔の仲間と会うたびに感じるだが、顔や体型は随分変わっても、その人の「声」はいくら年令を経てもちっとも昔と変わらないものだ。

★二ヶ月程前だったか、この会の一次案内の電話をOくんがくれたのだが、私との関わりがさほどなかったOくんなので名前と顔を一致させるのに少々手間取った。しかし、受話器の向こうから聞こえる声をジッと聞いているうちにOくんの顔が鮮明に浮かんできた。そしてきょうの会の受付でOくんが笑顔で迎えてくれた。

★思い出をたぐり寄せる方法は人それぞれだろうが、私の場合は「声」の記憶だ。酒を酌み交わしながら、ジッと声を聞いていると、当時の彼らのさまざまがハッキリとした映像のようになって思い出すのだ。それぞれの家や地域のこと、ご両親のこと、彼がしでかした出来事のこと、ETC、その人の「声」は、ずっと遠くにあったその人の記憶をグッと引き寄せてくれる。

★さて、今回の彼らがビールの勢いで言ったことさまざま…。
○留学している息子がドイツ人の彼女を連れて帰省、嬉しさと戸惑いと…。
○娘が離婚、娘夫婦が住んでいたマンションのローンを引き受ける羽目に…。
○大きな旧家の実家で、母の苦労を間近に見て育ったので自分は絶対にこういう旧家には嫁ぐまいと決めていたのだが、結局、実家と同じような旧家に嫁いで、いま母と同じような苦労をしている…。
○アフリカのなんとかいう国の住宅事情改善の一助となるためにアフリカのなんとかいう国に出向いていてこの会には出られない設計士の彼…。
まあ、いずれも楽しい笑顔の会話のなかでのハナシ。さすが50代、余裕と逞しさが随所にみえる会話が彼方此方のテーブルから聞こえた。

★5年に一度のこの会、本当に楽しい。もう次回が待ち遠しい私である。

木洩れ日、尾根道、頂上、御嶽山遠望

木洩れ日、尾根道、頂上、御嶽山遠望

★私の町の北に横たわる山々は濃尾平野の北東方向の突き当たりにあたる。ここから北に向かって徐々に山々のうねりが大きく深くなり、はるか御嶽山、乗鞍岳、北アルプスへと続く。私の町の北にあるこの低い峰々は、木の国・水の国岐阜の南側の起点である。

★その峰の一つ、権現山に登ってきた。これまでも幾度かアップしたが、ここの尾根道が特に好きで、月に2~3回は通う。

★この時期は空気が澄んでいて陽光が強いので新緑のコントラストがとりわけ美しい。

★尾根道にはイタチ系の小動物と思われるフンが転がっているし、北側の谷にはイノシシ家族が数頭で棲んでいるらしい。山村の近くなら珍しくないが、かなり人気の多い市街地の近くのこんな所まで彼らが居る。『この辺りが、共生域のギリギリのところだろうか…』などと思いを巡らせながら尾根道を歩いた。頂上はすぐそこ!

チョッと喫茶店バッグ No4

チョッと喫茶店バッグ No4

★四つ目の「チョッと喫茶店バッグ」を作った。これまでの三作もここで見ていただいが、しばらく使っているとその度に不都合が出てくる。不都合の殆どが容量に関しての問題である。だから、一作目から三作目まで少しずつ大きなバッグになりつつあった。
最近、出先で待たされる時間が多く、新書版の本、イヤホーンで聞く小さなラジオ、500MLコーラのボトル、等々を入れる大きさが必要となり今回の四つ目バッグとなった。何でもかんでもバッグに押し込める根性は‘モノグサ老人’の典型である。

★が、ともあれ革細工は楽しい。あちこちに皺があって、ビロ~として薄汚い平面の革を、機能を持った道具に変えていく過程は面倒だけど面白い。
特に今回の革は手芸屋さんの店頭バーゲンで買った安物で、薄いヨモギ色の冴えない革だったが、完成後に保革油をタップリ塗り込むと油分を吸い込んだ革が少しサップグリーンを帯びたような濃い渋い目の革色になった。私の大好きな色目のひとつだ。

★さ~て、今日はどこの喫茶店に出掛けようか…。

サクラ

サクラ

★そろそろサクラも三陸地方に到着した頃だろうか、今日は全国的に久しぶりの青空が広がったようで、サクラを見上げる三陸の皆さんの笑顔を想像している。

★この写真は4月に入ってたった一日だけ晴れたときの私の町のサクラ風景である。満開サクラと青空と子どもたちの入学式がしっかりと重なるのが理想だが、自然はそんな我々の勝手な希望に簡単には応えてくれない。

★今年のサクラ、天候にも、満開期間の短さにも若干の不満はあったが、それにしても、この時期は何処に行ってもサクラが咲いていて、街中にサクラ吹雪が舞う。日本人で良かったとしみじみ思う春でもある。

100歳の天寿全う

100歳の天寿全う

★寒さが厳しくなり始めた昨年の暮れから、家の中に避難している我が家の各種鉢物の冬籠もり風景である。何もしないで、ただじっと南の窓際で春を待っている。まさに私と同じだ。
そろそろ玄関先に出そうと思っていたら、なんとこの時期になって今年最大の寒気が南下する由、コイツらが外の陽光に触れるのは来週になりそうだ。

★さて、書き出しとは全く関係のない話題だが、先日、何気なく紙面に目を通していたときのことである。いつもはその「おくやみ欄」など気に留めたことも無いのだが、その中の一行に私の故郷の町と懐かしい住所地名があり『ウンッ?』と見入ると、MTさん(100歳)と掲載されていた。

★『あ~、Mさんとこのおばさん、100歳まで生きていらっしゃったんだ…。』と、深い感慨を覚えた。私はこのおばさんをよく知っており、遠い少年時代の思い出とともにある。

★飛騨の私の住んでいた家の真東方向、飛騨川対岸の山麓に大きな農家があって、乳牛を飼っていた(遠い日のことなのでハッキリしないが、もしかしたら乳牛ではなく山羊だったかもしれない)。‘おばさん’はその家の奥様だった。私はいつも一升瓶を抱えて搾りたての牛乳(山羊乳)を分けて貰いに行くという我が家のお使い係だった。カラの一升瓶を持って行くと、既に牛乳(山羊乳)がはいった一升瓶が置いてあって、カラの一升瓶と取っ替えてくるのである。

★田舎の家並みを一升瓶を抱えて歩くのは、さすが小学生の私でも恥ずかしかったのだが、それにまさる余得が私にこのお使いを続けさせた。牛乳(山羊乳)が四分の一程入った一升瓶を貰っての帰り際に、おばさんは『ハイ、これ』と言って必ず何かをくれた。その時々によって、お菓子だったり、茹で栗だったり、冷えたトマトだったりさまざまだったが、貧乏でいつもひもじい思いをしていた引き揚げ者家族の私にとってあの時のおばさんの優しい顔とおいしいお駄賃は今でも忘れていない。

★その後、飲料業者が牛乳を配達するようになり、いつの頃からかおばさんのところにも行かなくなった。

★爾来半世紀以上経て、まさか新聞紙上で100歳の天寿を全うされたおばさんの名前を目にするとは思わなかった。心からおばさんへのお礼とご冥福をお祈りした。

2015賀状展

2015賀状展

★私の地方も例年になく寒い冬のようだが、でも、少しづつ夜明けが早くなり日暮れが遅くなっているのが分かる。明るい日中の時間が日に日に広がり春が来るのだ。ここ数日そんな思いを抱くような心地よい冬晴れである。

★今春いただいた賀状から、手作りハガキをアップした。
手作りハガキには、たった10㎝×15㎝の小さなスペースの中に深くて大きな気持ちがこもっていて良い。

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