這っても黒豆

這っても黒豆

★先日、「過剰」の記事で見ていただいた作品の対の作品です。今回は2点しか出来そうにありませんので、二つの作品をB1の大きさに出力して秋の公募展に出そうと思っているところです。私のテーマはあるのですが省きます。、ご覧いただいた方々が自由に何でもお感じいただけばいいのです。ただ、不気味な鼓動が伝わってくる機械の表情(?)を描きたかったのは事実です。

★さて、少し前の新聞、コラム欄で〈這っても黒豆〉という諺を知りました。どういう出来事の例えにこの諺が使われていたかは忘れましたが、私、恥ずかしながら、この年になるまで、この〈這っても黒豆〉という諺を知らなかったのです。

★直訳すると、二人の男が道端に小さな黒い粒が転がっているのを見て、一人が『アッ、小さな虫が!』と言うと、もう一人が『虫じゃないよ、黒豆だよ』と言います。二人が『虫だ』『黒豆だ』と口論していると、その黒い粒がチョコチョコと動き出したのです。黒い粒は虫だったのです。『やっぱり、虫じゃないか…』と言うと、もう一人は悔しくて『いや、絶対に黒豆だ!』と動いている虫を見ながらも最後まで言い張ります。
この逸話が転じて、自分の非が明らかなのに、あるいは明らかな事実がそこにあるのに、それを絶対に認めようとしない負けず嫌いの厭なヤツのことを『〈這っても黒豆〉みたいなヤツ』と言うそうです。
確かに「頑固」とか「意地っ張り」とは少々異なった厭なヤツですね。

★ただ最近、フッと私たちの社会が〈這っても黒豆〉状態なのではないか?、とも思うのです。この調子で進んで行けば遠からず破滅がやってくることは全ての人類が分かっているのに、地球環境悪化の数々の要因も事実も明らかにされているのに、それでも尚、エネルギー消費の便利・快適社会への追求開発を優先させることを「正」としている社会そのものが〈這っても黒豆〉状態ではないかと…。

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過剰

過剰

★展覧会用につくっているのですが、なかなかフィニッシュ出来ません。ここずっとかかりきりですが、まだ途中の段階で見ていただきます。意図は文明の過剰な発展への批判をパロディー風にイラストにしてみようと試みているのですが…。

★先日、高村光太郎氏が戦後、岩手県花巻で極貧生活時代を送っていたときの話をテレビでみました。既に彫刻家としても詩人としても高名であったにもかかわらず、戦争協力のために戦意鼓舞の詩を書いたことへの悔悟もあって、あえて極貧の生活を自らに課したそうです。そのときに書いた一編の詩が紹介されていました。私は「智恵子抄」をはじめ氏の詩集を数冊持っていますが、このときの詩は初めて知った氏の一遍でした。戦後、花巻の原野開拓に入った人々が辛苦の末に、見事に荒野を肥沃な畑に変えたことを賞賛する氏の一遍であると番組で言っていました。

★長い詩なので、全部をメモすることは出来ませんでしたが、その強烈な一節だけをここに。
  …前略
  開拓の精神が失せたとき 人類は腐り
  開拓の心を持ったとき 人類は生きる

  …後略
という一節です。
好奇心、チャレンジ、冒険、全ての人の生き方にも通ずる一節であることは言うまでもありません。

★が、でも、21世紀の今日にみる科学技術への過剰な開拓心を氏は予想したでしょうか?、まさか発達の末の地球環境の悪化を予想だにしなかったでしょう。
過剰な開拓心こそ人類を腐らせる、なんてことにならないように願いたいものです。

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将来

将来

★以前の個展にかけたイラストです。そのとき我が家のみんながお世話になっている病院の院長さんご夫婦が観に来てくださり、この絵ともう一枚の絵を待合室にかけたいからとおっしゃって、お買いあげいただきました。いまでも、他の絵とのサイクルでその病院の待合室に何ヶ月おきにかけていただいています。診療科の中に小児科もお持ちの医院なので、この絵がなにか患者さんたち、特に子どもさんたちの元気を呼び戻す要素があると、もし、その院長さんがお感じいただいてかけていただいているとしたら、これに勝る喜びはありません。

★さて、成長するほどに、大人に近づくほどに、夢がふくらむ。例え、実際は最初に抱いた夢がはずれても、その場その場で、その時々で、また自分の可能性や新しい目的を探すことができる…。そんな生き方の出来る時代を私たちは過ごしてきたように思います。

★でも、どうも今の時代はそれが困難なように感じられなりません。何故でしょう?
自分の将来にたった一つの選択肢しか持たなくて、それが出来ないと‘夢破れたり’と感じる脆弱な若者、破れてもまた次の夢を探せばいいのに…。あるいは、可能性の低い極めて狭き門のみをめざす親と子、もっと他にキミを最大に生かす道を探せばいいのに…。
私の周囲にも、こんな若者が結構います。

★しかし、彼らが悪いのではありません。大人社会の中に自分の輝ける未来を見いだせないから、成長すること、大人になることへの希望も見いだせないから必死になるのでしょう。もちろん、今が、どちらかと言えば暗い話題の多い社会であることは否めないのですが、でもキミたちの未来はもっといい社会になるという大人の気概が、先ず親に必要ではないでしょうか。ちょっと古風ですが、貧乏でも精一杯明るい姿を常に子どもには見せておきたいものです。自由であかるい環境の中で育った子どもたちなら、そんなに落ち込まず、悲観もせず、そのときどきに随所で自分を生かす大人に近づいていくのではないかと思いますが…。

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地図

地図

★私が続けている二科展は、秋の全国展ともう一つ中部地区を対象にした春の中部二科展というのがある。年に二回の応募作品をつくるのは結構忙しい。
この作品は、その春の方に出すために昨年秋頃からボツボツつくっていたヤツのうちの一点である。まだ、キャッチコピーを入れていないが、ブログネタの絵も途切れかけたので、つくっている途中でアップすることにした。

★テーマは何?、ここではご覧いただいた方が、いかようにもイメージしていただけば結構である。

★さて、私は二人の息子がいるが、彼らが幼稚園の頃から中学生の頃まで、我が家のトイレには、壁いっぱいのデッカイ世界地図を貼っておいた。これは結構、世界に思いを馳せる効果があったように思う。新聞や学校の授業や友人たちとの会話の中に出てくる世界の話題をトイレで用をたっしながら何気なく確認していたときもあった。、地図の限らず、この何気なくみているというのが良いと思う。

★先日、息子たちが小さいときに遊んだオモチャ「国旗パネル」が押入にあったので、孫にやろうとしていたら、息子が『オヤジ、それはもう使い物にならんよ。国旗も、国名も、当時とは違ってしまったものがあるし、増えた国も、無くなった国もあるし…』と言った。調べてみると、なるほど、その通りだった。ついでに、当時の地図と今の地図を比べてよく見ると、国境線が前と違っているところや、国境線が無くなっているところもある。
そういえば、私たちの身近なところでも、市町村の合併とかで、自治体の境界線が大きく様変わりをした。

★町村合併で境界線が変わることぐらいならいい、世界の中でも東西の雪解けでベルリンの壁が無くなったことは更にいい。しかし、新たに巨大な壁を建設して分断を推し進める国もある。独立を望む側とそれを許さない側の紛争が果てしなく続いている国もある。そこに乗じるテロや死の商人がいる。貧困や飢餓しかつくらない紛争で地図が塗り替えられていくのだけは許せない。

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繋ぐ

繋ぐ

★秋の個展に向けてイラストを描いています。これもその一つです。

★《繋ぐ》、手を繋ぐ、心を繋ぐ、思いを繋ぐ、伝統や技術を後世に繋ぐ、絵をとおして描き手と鑑賞者の気持ちを繋ぐ、いろんな繋ぎがあります。

★でも、なんと言っても現在の最大の‘繋ぎ請負人’はネットではないでしょうか、こうして私がやっているブログも全国の人と一瞬で言葉がつながります。
この前、中学生のときに観た、懐かしくて思い出したいのだけど思い出せないイタリア映画のことを、もしかしたらと思いネットで調べたら、アッという間に、その映画の情報がイヤと言うほどたくさん飛び込んできて、遠い昔の私と繋がりました。まるでタイムマシーンが机上にあるようです。

★さっき、こんなニュースをテレビでやっていました。
ネットで知り合った男女が顔も見ないまま数年間、メール交換を続けていましたが、やがて、男がメールで金銭を無心するようになり、なんと、その女性は顔を見たことのないその男性に送金し続けて、会社の金庫にも手をつけることになり、トータル数千万円の送金をして、横領罪で逮捕されたというのです。繋がっていないのに繋がっていると思いこんだのか、仮想と現実を一緒クタにしてしまったのか、笑えるような笑えない事件です。

★やっぱり、そんな‘繋ぎ請負人’の力を借りないで、そう簡単にほどけない‘繋ぎ’こそ重要なのでしょう。
そんなわけで、フッと、校庭の端から端へと繋いだ万国旗の光景を思い出したものですから…。

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1月17日

1月17日

★これは数年前、私の町の各家庭に配布した「防災ハンドブック」の表紙のイラストです。役所内には図柄が暗いとか、重いとか、いろいろ言う奴がいましたが、当たり前です。このテーマが明るく、軽くなるはずがないのです。わざと暗く重くしたのです。あの阪神淡路大震災を忘れないために…。

★12年前の1月17日、明け方、関西から遠く離れた私たちの岐阜地方は「ドーン!」という音と振動で、飛び起きました。ホンの一瞬でした。『何の音だ!』と近所の人たちも外に出ましたが、もういつもどりの静かで澄んだ冬の朝に戻っていました。『まあ、ちょっとした地震だろうな』と言いながら、家に戻ったのです。

★そして朝食時、テレビにとんでもない惨状の映像がながれていたのです。どこのチャンネルを回しても大阪を中心とするM7の大地震の被害の報道でした。しかも、時間を経るごとに、日が過ぎるごとに、その被害の惨憺たる映像がますます惨憺たるものになっていくのです。
神戸市からその周辺都市、さらに淡路島、高速道路や近代ビルが至るところで崩壊している光景は全く信じられないものでした。併せて、至る所で火の手があがり、多くの古い庶民の街なみは焦土と化したのです。5000人を超す方々が災害の犠牲になられました。後「阪神淡路大震災」と名付けられた想像を絶する驚異の地震でした。私も関西地区には親戚も友人も多く、心配しましたが、幸いにも大事なく安堵したのです。

★このときを契機に、都市直下型地震の恐ろしさ、それに対する都市の無防備さ、防災都市への転換、等々、さまざまな視点から専門家が論じるようになりました。しかし、完全防災都市の構築は、もはや不可能です。ただ、私たちは縦横に走る活断層の上で生活しているのだから、いつか必ず大地震に襲われるという自覚と、その際の敏速な避難とそのための組織作りや協力体制を不断に確認していれば、最小の被害にとどめることは可能です。私たちの自治会でも、その防災組織の確認は毎年の自治会総会で行っているところです。
が、しかし、一方で『頼む、自分の地域だけは避けてくれ…』と、内心願っているのも偽らざる気持ちです。

★その後、中越地方にも、二度も大きな地震が襲ったことは記憶に新しいことです。いまだに仮説住宅にお住まいの方もお見えです。一日も早い地域の復興と被災された方々がくじけない強い気持ちを持ち続けていただくことを願うばかりです。

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不安

不安

★不安と寂寥の絵です。ちょっと小さくて分かりませんが手がバネになった奇怪人やモクモクと湧き上がる雲は不安を煽るものの象徴です。

★普段、何気なく過ごしているように見えても、フッとたまらない不安感に襲われることってありませんか、私はあります。不安の材料はいっぱい転がっています。家族や自分の健康、経済な事、仕事の事、友人関係、社会環境の事、そして死への不安。

★しかし、その普段の生活の中で何かに関して成就感を味わうことがあったり、嬉しい出来事が有ったりすると、その不安材料はことごとく乗り越えなければならない活力材料に変わったりもするのです。

★躁鬱の病、というのがありますが、多かれ少なかれ私たちは‘躁'と‘鬱'の繰り返しのように思います。

★数ヶ月前のことですが、あるポスターの依頼を受けたときのことです。全くアイディアが浮かんでこなくて、毎日毎日スケッチブックに落書きを繰り返す日が続きました。一週間経っても何にも浮かんでこないのです。頭が真っ白のままなのです。あんまりこんな事は無かったので、一人で落ち込みました。隣の部屋から聞こえてくる活発な会話や談笑が一層落ち込みに拍車をかけました。『この仕事も限界かな、まぁ、どうせ二つ目の人生だし、よし、辞めよう!』と決断しました。でも、描けないから辞めるということは、後々、自分の作品づくりも多分出来なくなるだろうし、そうなったら、ただボケ~と過ごすだけか、生きている意味もないな…。さまざまな将来への不安を抱きながら、期限ギリギリにヤッツケ仕事でわけの分からんような作品を適当につくって提出したのですが、そのポスターが街角でまぁまぁの評価を得ていることを知りました。内心、嬉しく思いました。適当につくったなどと口が裂けても言いません。他人の評価に有り難く甘んじました。

★以来、再び頑張ってお絵描き三昧の仕事の日々です。多分、これからも私の仕事は‘躁'と‘鬱'の繰り返しです。

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顔を横にして見てください

顔を横にして見てください

★横長の絵だものですから、まともに載せると小さくなって何が描いてあるのか分からなくなるので、絵を倒して載せました。申し訳ありません、顔を横にしてご覧ください。首が痛くなったらゴメンなさい。

★これは、私の町の新春早々に各家庭に配布する印刷物に載せるイラストです。依頼を受けたのが遅かったものですから、もう少しですが、まだ出来上がっていない段階で見ていただきます。以前アップした‘下敷き’のイラストと基本的には同じようなものです。

★イラストレーターでまず背景をつくっておいてそのファイルをPC画面に開いておいて、別のファイルを立ち上げてそこに思いつくイラストを描いて、次から次へと背景画面に放り込んでいくというやり方なのですが、どれだけ放り込んでも埋まりません。ですから、過去につくった作品を開いてそこにあるイラストパーツもドンドン放り込みました。
少々イヤになりながら、やっと出来上がりに近づきました。

★絵の意図は新春にちなんで、‘ららら’がわが町のさまざまを夢見ると言うものです。さまざまの「復活」「再生」「発展」が夢の視点です。また、‘絵の中の何かをさがす’というクイズ絵になっているのですが、まだ印刷前なので、ここではその部分は省きました。

★★新春とは言わず、それぞれの心の中にかっては在った‘輝いていたもの’の「復活」「再生」「発展」に夢ではなく、実際に努力せねば。と、思うのですが、なかなか…。

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21世紀を見られなかった氏から

21世紀を見られなかった氏から

◆先般アップした「訓練」の中で司馬遼太郎氏の文章の中から、『いたわりの情は日頃の訓練云々…』と言う一節を紹介しました。実は、この文章、某教科書出版社の小学校6年生の国語教科書に載せらた「21世紀に生きる君たちへ」と題する文章の一部なのです。文章の前後の脈絡を述べないで、あの部分だけを取り上げたものですから、分かり難かったかと思います。ですから、きょうは、短い文章なので、その全文を《続きを読む》に載せました。(無断掲載、問題あるかもしれませんが、まぁブログのことなのでお許しいただいて、問題指摘されれば消去するつもりです)

◆氏が亡くなられる少し前の執筆です。氏はこの文章を書いた後で『歴史小説を書くよりもはるかに難しかった』と述懐されていたのを当時の新聞で読んだことがあります。関係者によると、この原稿は、書き直しに継ぐ書き直しで真っ赤になっていたといいます。それだけ氏の意気込みがすごかったのでしょう。

◆『自分は多分、21世紀の世界を見ることが出来ないだろう』『21世紀の街角には立てないだろう』と、おっしゃる氏が、子どもたちに向けた精一杯のメッセージです。自然界への認識、人の生き方、について氏の心からの希望と期待、願いが優しく、熱く語られます。私には氏の叫びのようにも聞こえます。胸が熱くなります。

◆小学校6年生には、若干、難解な感じがしないでもありませんが、この教材を扱う教師次第でしょう。この教科書を採択している地域の子どもたちは、国語の時間に、この文章に出会ったという素晴らしい財産を持って、自然や社会に眼を向けながら大人になっていくでしょう。
私は、歳を経てから出会ったのですが…。

是非、全文をお読みください。
【“21世紀を見られなかった氏から”の続きを読む】

訓練

訓練

◆例の某出版社への応募落選三部作のトリです。キノくんとオートバイ以外の人物イラストは、過去別の作品のためにつくったイラストです。使い回しイラストでは落選もむべなるかな、と言うことです。

◆この場面は、キノくんが《相手の気持ちが全て分かり合える国》のような町に迷い込んで、そこに疑心暗鬼の社会の人眼関係を見るといったところを描いたのではなかったかと思います。

◆私も、『あいつはいったい何を考えているのか』と、他人の心の内を覗いて見たいことはよくあることですが、誰もがそう思い、しかも、それが難なく覗けてしまっては、そりゃ疑心暗鬼の世界でしょうね。

◆それはそれとして、よく、友人とのケンカやいさかいで叱られて、長い説教のまとめに『相手の気持ちを分かる人間になろう』といった類の言葉を先生や親から言われたものです。まあ、『相手の痛みを知れ』と、言うことでしょうが、理屈は分かっていても耳を通り過ぎてしまう言葉のようだったように思います。

◆歳を経てから、故司馬遼太郎氏の小文に出会いました。
氏は、人々が助け合って生きていくには‘いたわり’の感情こそ必要と説き、その感情は人がもともと持っている感情ではないので、‘訓練’によって身につけるしかない、と言います。その訓練たるや、例えば、誰かが転んだとき、『あぁ、あの人痛かっただろうな~』と、感じる気持ちを、その都度、積み上げていくことでいいのだ。と、おっしゃるのです。

◆痛みを知る、その言葉そのままの解釈といえばそれまでですが、得心しました。う~ん、訓練か…、なるほど。

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