冬の色

冬の色

★先月の下旬、寒さギリギリまで外に置いていたシャコバサボテンを部屋に入れた。外にいたときに既に大きな蕾が出来ていたし、何輪かの花がついていたが、家の中で多くの蕾が開いた。毎年5月に坊主になるほど茎を掻いて、その茎を別の鉢に植えて増やしている。
最初に花屋で買ったときの一鉢程のたわわな花付きは難しいが、正月にはもう少し花が咲くだろう。この花、結構厄介な花で温度や環境の急激な変化に弱く、家の中に持ってきても下手すると花が咲く前に蕾が落ちてしまう。だから、私は外にギリギリまで置いて出来るだけ蕾も大きくして、出来るだけ花もつけさせてから家にいれる方法をとっている。

★さて、色のなくなったモノクロ世界の冬に艶やかな色があるというのは嬉しいものだ。今でこそ温室育ちの花が年中供給されていて、さまざまな花を手に入れることが出来るが、私が育った飛騨の田舎では、極彩色の紅葉が過ぎると一気にモノクロの風景になった。そんな初冬の風景の中に、柿の木の枝に一つ残った熟した柿の赤色がとても美しいと思ったことを思い出す。

★お正月の風物詩として年末によく報道されている飛騨高山の‘花餅飾り’も、色の無い冬を飾るために古人が考え出した花咲く草木の表現だと聞く。
モノクロ世界にいるから色を求め、極彩色に満たされるとモノクロの静けさが懐かしくなる。自然界の色の変化はその都度、人の心や感情を豊かにしてくれるのだろう。

★私事、ここ一週間、扁桃腺が腫れて悩まされた。年末には恒例の京都での忘年会が控えているので、まいにち耳鼻咽喉科に通ってようやく平常に戻った。
ことしもいい年末を迎えられる気配だ。皆さん、楽しい年末、明るい新年を!!

楽しい年末を!ポチッ

見えない月の月明かり

見えない月の月明かり

★今日はタイトルとイラストが真逆になってしまいました。

★以前にもメキシコのアマテ紙に描いたのをご覧いただいたことがありますが、まだアマテ紙が少々残っていましたので、こんなイラストを描いてみました。石の上で木の皮を叩き潰す作業を繰り返して作るメキシコ原住民の伝統的な紙ですが、漂白もしないものですから木肌の色がそのままで、凸凹ザラザラの風合いが実に魅力的な紙です。

★日本でも、漂白や染色加工をしていない原料のままの色の紙や布のことを「みさらし(み晒し)」とか「きなり(生成り)」とか言いますが、今では、そういう製品はかえって高価で珍重なものとなっています。紙や布の製品に限らず、自然のままの風合いや風情には心惹かれます。

★さて、古代メキシコの壁面画をイメージしながら描いた太陽のイラストですが、この暑苦しい絵を描いた途端に、大寒波がやって来て此方は大雪に見舞われました。
飛騨にいた頃には何度も豪雪を経験したのですが、そのとき程ではなくても、雪が積もる音が聞こえてくるような夜は久しぶりでした。
なんだか飛騨を思いだし10時頃外に出てみました。雪はコンコンと降り続いていましたが、雪空の上に満月が近づいた月が昇っているらしく、まるで昼間のような明るさでした。見えない月の夜の月明かりに照らされた雪の降る風景、とてもいいものを見た思いがして寝床に就いたのです。
明朝は雪カキか…。

寒い!ポチッ!


2011/年賀状展

2011/年賀状展

★あっという間に正月が過ぎていきました。そろそろ春の展覧会の準備にかからねばと思っていますが、モチが残っている間はなかなか正月気分を抜け出せれません。

★今年いただいた年賀状で、CG、版画、手描き、などでオリジナルの元絵をつくった手作り賀状の中から、何枚かをアップして、今年も『2011・手作り年賀状展』を開催しました。

★『年賀状は総務省の商売を手助けしているだけで私たちにとっては虚礼そのもの。廃止すべき!。』と言い続けている私なのに、毎年、賀状作りを楽しみ、いただく賀状も心待ちにしているのです。なんと言行不一致でいい加減な自分でしょうか。
まぁ、それはともあれ仲間たちのステキな賀状をご覧ください。


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おめでとうございます。

おめでとうございます。

★明けましておめでとうございます。今年は私と長男と二男の年賀状でブログの出発です。
また近いうちに、今年の我が家にきた「年賀状展」をアップします。

★年末年始は如何でしたでしょうか?。
年越しソバを食べながらテレビ。先ず、小林幸っちゃんが乗った張りボテのデッカイ鶴に腹を抱えて大笑いして、京都知恩院の除夜の鐘突きの映像に感動して、12時の時報を聞くや否や家内と初詣に行き、破魔矢を買って、甘酒をいただいて、寝床についたのが2時半。そして、9時頃に起床して、お雑煮をいただく。
例年と寸分違わぬ年末年始でした。今年も、いつもと変わりばえしない一年になるのでしょうか。いや、それが一番幸せなのかもしれません。

★2011年、よろしくお願い申し上げます。


おめでとうございます。ポチッ!

大掃除/2010、ありがとうございました。

大掃除/2010、ありがとうございました。

★一昨日は我が家の大掃除でした。大掃除といっても狭い家ですのでアッという間に終了です。私はDKの壁拭き、換気扇掃除等々を仰せつかりましたので、忠実に責務を果たしました。

★我が家のガスレンジ回りの壁はステンレスですので、すぐに揚げ物の飛び散りにホコリがくっついて、まるで場末のラーメン屋の厨房のようになるのです。でも、どうですか、ピカピカに磨けばこのように鏡のようです。
アッ、冷蔵庫のドアにマグネットで止めているゴミ出しカレンダー、家内のボランティア日程、等々ベタベタと歪んでぶら下がっているところも棚の雑然ぶりもステンレスに映ってしまいました。ここもキチッと直さねば…。

★2010年、ブログをお訪ねいただきありがとうございました。
迎える歳、何時もがピカピカでなくてもいいから、汚れてもチョット拭けばすぐピカッとなるような、ほどほどの一年になるように願っています。
明るい新年をお迎えください!。

良いお年を、ポチッ!


鳩の巣があった

鳩の巣があった

★今月始めの強い風と雨に打たれて、樹々の葉がすっかり無くなった。猫の額ほどの狭い我が家の庭もハナミズキの赤い葉で埋め尽くされた。その光景もなかなかきれいなので、そのまま放ったらかしにしておこうと思ったのだが、夏も草取りもいい加減だったうえに、落ち葉の掃除もしないとなれば、ご近所から『今年は、玉さんっちの家の周囲、草は伸びていたし、落ち葉掃除もしないし、何かあったのかしら…。』と心配されてもいけないので、家内と一緒に竹箒を持って外に出た。

★落ち葉の弾力が靴底に心地よく、しばらく落ち葉踏みを楽しんだ。
フッと見上げると、上枝の重なるハナミズキの半ばあたりに鳥の巣の残骸があった。
そういえば、この夏の間中、ハトが庭にやってきて、ときどき「ボァ~ボァ~」と鳴いていた。何処かの神社のはぐれ鳩かあるいは近くの山から飛んできた野鳩だろうと思っていた。家の軒にでも巣を作られて糞害に憤慨することにならないように警戒していたのだが、まさかアイツがハナミズキの葉陰の中で巣をつくって子どもを育てていたとは思わなかった。

★我が家のこの樹は20年ほど前に家内がハナミズキの苗と言われて何処からかいただいたものを植えたものだが、春に白い小さな花が付き、その後デッカイ葉っぱが密集する。かなりの雨でもこの樹の下にいると濡れない。密集する葉っぱに囲まれて外敵に狙われることもない。だから、アイツはここを子育てに最適の場所と決めたに違いない。

★枝が伸び放題なので上枝の剪定をするが、剪定を控えめにして来年もアイツか、もしくはアイツの子どもが再びやってくることを待とう。

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木枯らし一号

木枯らし一号

★ちょっと前、11月1日の夕方から夜にかけてだったと思いますが、この辺りにも「木枯らし一号」が吹き荒れました。聞くところによれば、気象台が木枯らし一号を広報するのは関東地方と近畿地方だけだそうですが、ちょっと早いかな?、とは思うものの東海地方ではきっとアレがそれだったと思います。

★その日、部屋の窓から、近くのスーパーの駐車場が見えるのですが、車を降りて夕食の買い物に行く若い夫婦が思いもよらない強風にビックリしながら店に向かっていました。
私は毎年、木枯らし一号を実感するわけではありませんが、私の感覚では、この冷たい北風が吹くとすぐに冬に突入というわけではありません。この風の後、しばらく穏やかな小春日和が続き、12月に入ってから本格的な寒風が吹きはじめます。
木枯らし一号はいわば「さぁ、冬の準備は出来てるか?」という予告の北風です。でも、今年は、あわててコタツを出したり、ストーブの灯油を買ってきたりと、その準備に戸惑うほどのアッという間の季節の移ろいでした。

★私どもの美濃路に木枯らしが吹き始めると、銀杏並木が一気に黄色に輝き、やがて伊吹山に初冠雪がみられるはずです。
いつものウォーキングのコースも、夏とちっとも変わらない排気ガスの道路なのに、晩秋の道路は何となく清々しく感じるから不思議です。
夏には暑さに喘ぎ、短い秋を過ぎると、今度は「今年の冬はいつまで経っても暖かくならないなぁ。」と、ぼやく自分が見えています。

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年賀状展

年賀状展
★遅ればせながら、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申しあげます。

★世間はもうとっくに仕事始めで、不景気との戦いを始めています。私も春の公募展の作品づくりを始めました。
テレビではまだ正月ボケのちっとも面白くないバラエティー番組を延々とやっています。このご時世にテレビ局は完全に浮いていると、ボヤキながら、私は雑煮を食べているのです。(浮いているのはオレか?)

★私は虚礼廃止を叫びながら結局、今年はまた賀状の数が増えてしまいました。でも、ステキな賀状をたくさんいただきましたので、『やっぱり年賀状もいいなあ』と思っている趣旨貫徹できない私です。

★いただいた中から、手作り賀状の何枚かを見ていただきます。

⑩→面白いでしょ、教科書や歴史書でおなじみ、今年、福山くんが扮する人物です。そこにチャッカリ自分の顔を差し込んでいます。写真の質や肌理のレベルの異なったものを違和感なく合体することは結構難しいのですが、さすがフォトショップを使いこなす彼のワザです。
④→彼は、東京で近代建築に携わっている設計士です。こうして、いつも都市風景をスケッチしながら、自らのアイディアを常に醸成しているのでしょう。
⑭→彼は、県の宝物第一号に選ばれた御嶽山麓にある数百の滝の管理維持と案内のボランティア活動をしています。滝を表現した素朴な木版画に彼のなみなみならぬ郷土愛を感じるのです。

ちなみに、⑤は私の賀状、⑥は長男、⑪は東京にいる二男、のものです。

★年賀状の整理で、今年の正月も終わり。いや、賀状のお年玉抽選がまだあるか…。

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雪…

雪…

★Merry Xmas!!〈チョッと早いか?…〉

★前回にも書いたが、私の町のイルミネーションは、彼方此方で見られるような極彩色の豪華さは微塵もない。白色LED球の入ったロープ樹木に巻き付けただけのものだ。しかし、白色の光が冬の夜を素朴に飾る。おりしも、そこへ今回の寒気で雪が降った。ホワイトクリスマスを迎えられるのは何年ぶりだろうか。私がこの町に住んでからは、その記憶がない。雪と白色の輝き、厳寒の中で実に美しい。イヴを迎えるシチュエーションは揃った。

★だが、この寒気は一方で富士山からの悲報ももたらした。山岳気象の専門家によれば、富士山のような高い独立峰では、冬の強風が山に当たると、風は二つに分かれて山を巻くように吹く、それが双方から激突したところに、何処から吹いて来たとも分からない得体の知れない吹雪の突風が吹き荒れるという。一行がその突風に遭遇したかどうかは知る由もないが、冬山を知り尽くしたベテラン一行でさえ、抗うことの出来ない自然の猛威がそこに在ったということだ。
片山右京さんの悲しみの会見が一ファンとして痛々しく見ていられなかった。

★雪は街に降り積もり、イルミネーションとの見事なマッチングを見せ、家々からもれる明かりを一層温かく見せ、冬の街を美しく演出する。しかし、ときとして白魔と化し、無情な脅威をふるう。
自然に比して、人間の存在がいかに小さいかを富士山の悲報から思った。

★私たちは大自然の中の小さな小さな点のようなスペースを間借りしているようなものだ、と肝に銘じながら冬を満喫し、楽しいイヴを、明るい新年を迎えたいものだ、と今さらながら思うのである。

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光
★ずっと以前にも書いたが、私の町に「冬ソナ通り」なるものがあって、その両サイドがイルミネーションで光っている。イルミネーションといっても、LED豆電球のコードをイチョウの樹やメタセコイヤの枝に巻き付けただけのものだ。
この冬ソナ通り、数年前の韓流ブーム華やかな頃、全国紙でも紹介され、観光バスが立ち寄る程の賑わいを見せたこともある。もうあの時の人気も消え失せたかと思いきや、いまだに、ヨン様に憧れを抱いていると見受けられるオバサマ方の数人が、ゆっくり歩きながらデジカメでパチパチとやっている。

★まあ、冬ソナやヨン様のことはどうでもいいのだが、イルミネーションの光は美しい。夜が更けて、周囲の家明かりや門灯が消えて、人通りが少なくなり、辺りの漆黒が深まるほど、光はきれいになる。

★少々話が飛ぶが、子どもの頃、洋画が好きだった私は、田舎町の映画館によく行った。夜の部が7時頃から始まり、終わるのが9時頃だったと思う。見終わって映画館を出て家並みを抜けると、街灯もない200メートルばかりの坂道があり、左側は山の林がせまり、右側の崖下には飛騨川が流れていた。樹々が揺れる風音と下から聞こえる川の音が闇夜の恐怖を駆り立てた。懐中電灯を片手に、この坂道を走るようにして家路を急いだ。坂道を登り切ったところに小さな部落があって、いつも、この家々の明かりを見てやっとホッとしたことを思い出す。

★光は闇との相対関係にあって、闇が深ければ深いほど、それを見たときの安堵感も大きいものだ。
生活の中でも、創作活動の中でも、どん底に落ち込んでいる中で立ち直りのきっかけを見つけたときの事を「一条の光がさす」などという言い方をするのも、そういうことだろう。
どんな闇夜でも、歩いていれば必ず光りが見つかるものだ、と信じて歩きたい。

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