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ふるさと

ふるさと

◆この作品も元絵は展覧会用に制作したものです。

◆こうして、ブログを開いていますと、訪れていただいた方々の珠玉のフレーズに出会えることも大きな楽しみの一つです。

◆前回の作品「もう!に対して、風刺画ふうのオシャレなイラストを描いておみえのアートカズコさんから『跳ねる水しぶきとパッと開いて散っていく花火、上昇とはかなさ…』という感想ををいただきました。
また、前々回の「何かが違う」に対して、毎年、四国巡礼の旅を続けていらっしゃる枯雑草さんは『自分は、大木には神が宿り給う、という感じを拭い去ることが出来ない…』とお寄せいただきました。
 それぞれの方々の、それぞれの審美眼、それぞれの自然観、にふれて私自身の眼幅も広げていかねば、と思うことしきりです。

◆さて、きょうは私の‘古里観’を…。
墓参に帰省するとき、車が飛騨路さしかかると、いつもすることがあります。外の音が入らないように窓を閉め、倍賞千恵子さんのテープを差し込むのです。(CDではダメです。数十年前からのままの習慣でなければ…)透き通った歌声が流れ、やがて、峠付近で、曲は、懐かしい《白い花の咲く頃》になります。この歌ばかり、何回もリピートして聞き続けるのです。
  白い花が咲いてた ふるさとの遠い夢の日…

◆車窓には、昔のままの山並みが過ぎていきます。時折、見える農家の干し物もあの頃のままのような気がします。

◆でも、私は、生活の居を飛騨に戻すつもりはありません。不便さへの逆戻りもいやですし、戻ってみたら、『な~んだ、やっぱりこんなものだったのか…』と、必ず感じてしまう自分も嫌なのです。

◆帰りたいけど、帰らない…、望郷の念、というのは、そんな矛盾の中で膨らんでいくのです。

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コメント

nanakoさん、こんばんは。

★ありがとうございます。
★自分の故郷にあたたかく、優しさを感じる人はいいですね。ましてや、城下町なんて、石坂洋次郎の小説みたいじゃないですか。
私は、勿論、そういう、いい思い出もある一方で、貧困と苦労の一家の思い出もあり、それらが入り交じって胸が熱くなるのです。

私の古里は古い城下町です。
でも、かつてのにぎわいはありません。
シャッターがおろされたお店が目立っていたのですが、
地元に残った人たちが、街の雰囲気を守りながら、
努力をしてくれています。
私の後輩たちです。
○○ちゃんもがんばってるんだなぁ~と、うれしくなります。
たまに帰ると、「Nちゃん」と名前で呼んでくれます。
いつもは「□さんの奥さん」と呼ばれているので、なぜかうれしいです。
時間がゆっくり流れている街で、ほっとします。

リガサキさん、こんばんは。

★お帰り早々もコメントありがとうございます。
★研修旅行は如何でしたか、十分楽しんで来られましたか?
★リガサキさんは多分私のブログ友人の中で一番若いでしょう。これから家を出て一人暮らしをしたり、結婚して新しい土地の住んだり、転勤でいろんな土地に行ったり、これからいろんな世界が開けます。其処其処で気に入ったところが、リガサキさんのふるさと観をつくっていくのです。楽しみですね、若い人は。

旅行から帰って来ました。久々のコメントです。
望郷の念…。
私はまだ家を離れた事が無いので分かりませんが、そんな複雑な気持ちに駆られるのですね…。私も来年には家を出るので、その気持ちが分かってくるのかな~と思います。
でも遠距離通学をしたり、今回のように旅行から帰って来た時に、自分の町のありがたさや良さが見えてきます。この気持ちを大切にしていきたいなと思います。

nanbuyaさん,こんにちは。

★ありがとうございます。
★ふるさと観、ってのはいろいろあるでしょうが、少年時代を過ごしたふるさとが、どこか遠い、山村に、海辺に、或いは人情豊かな下町に、あった、というのは自分でもよかったと思うのです。そのこと自体が、なにか自分の情緒を豊かにしてくれるようで…。

望郷の思いですね。私の育った家はとっくに有りません。かやぶき屋根の家は私の心の奥底にだけ今もあります。その後、その家の隣に建てた家は、今は誰も住んでいない。軒先まで原野に飲み込まれつつあります。それが私のふるさとです。

オリオさん、こんばんは。

★作品をお褒めいただきありがとうございます。
人と自然とがホントに共生したいという思いを、人物の足の部分と樹木との一体感で表現しました。
★「ふるさとは遠きにありて思うもの、そして悲しくうたうもの」、後段の方が、ちょっとカッコつけすぎだけど、室尾犀星どのはうまいこと言いますね~。

響さん、こんばんは。

★とってもいいお話をありがとうございました。
★北海道に入植された当時の血と汗の土地、その祖父母さんのお家の記憶が響さんに鮮明にあるのですね。そういう記憶って、具体的には言えないけど、自分にとって何らかの肥やしになっている宝のような記憶だと思います。そこにいた人が、そこの空気が、土地が…、なんか、いまの自分の一部を作ったくれたのではないかと、私は思います。
★かといって、多分、響さんもそうだと思いますが、センチメンタルなふるさと観を持っているわけではありません。時はドンドン過ぎていくわけですし、センチメンタルな過去に左右されている暇もありません。フッと、そういうときもあって「思い出すのもいいですね」と、響さんと一緒です。
★【…同時に覚えていて、条件があうといっぺんに思い出すような一種のフラッシュバックみたいなのが起こるのでしょうかねぇ】この一節、いいですねえ~。

森を守るという信念が絵に表れた力強い作品ですね!

「ふるさとは遠くにありて思うもの」・・・、やっぱり、そんな感じですかね。
都会人には、自然の厳しさの中では、森を守れませんからね。(笑)

こんばんは。
いつか私のブログでご紹介した開拓民の祖父母の家(開拓当時に祖父が作った家)を母の本家の敷地内に長く保存していました。
農家ですから すぐ使う土地でなければ納屋に使ったりすぐ壊しません。
安い建材・通気性バツグン(?)・ルンペンストーブに、五右衛門風呂に石炭・薪の収納スペースが台所の隅にあるような田舎建築。

私が小学校の高学年くらいには、祖母・母の兄夫婦とその子供達は新しい建物で生活していたんですがね。
孫世代の私たちは、法要などの集まりのときは肝試しのように時々古家をのぞきました。
誰もいないはずなのに、玄関には手ぬぐいを頭に巻いた祖母が出てきそうな、五右衛門風呂の前には祖父がまきをくべていそうな、
そんな息使いが いつまでも残っていたからホントに不思議でした。
幼児の時の記憶・”印象深い場所”・そこで会っていた人・起きた事を同時に覚えていて、条件があうといっぺんに思い出すような一種のフラッシュバックみたいなのが起こるのでしょうかねぇ。
ホント、『時をかける少女』みたいな気分でした。

その家は祖母の20回忌を期に取り壊しました。もう、肝試しはできませんね。
でも、きっとあの場所に行くと、私には、今度は建物も見えちゃうと思います。
私の夫や子供たちには、空き地にしか見えない場所で。
孫の私がそうなんだから、母やその兄弟はもっとなんでしょうね。

母方の本家がずっとその土地でがんばって暮らしてくれているおかげで、古里にはならずに済んでいます。
あ・・でも、古里になっちゃうのか。今でこそ、いとこのおうちだから遊びに行けても、この先は交流が薄くなっていくんですね・・・。
時が過ぎるって、そういうことなのか・・。
長々 思い出話にふけりました。でも、ありがとうございます。
たまに思い出すのもいいものですね。

ジャックさん、こんばんは。

★ジャックさん、ありがとうございます。
★この前、ジャックさんのところにお邪魔して、ブログ休止の報せに
 驚きました。
 暖かいお人柄を感じさせるジャックさんの作品に、私は、いつも啓
 発されていましたのに…。
★ジャックさん、またいっぱいの作品を携えて帰って来てください。
 そのときは、また、交流をさせてください。

お久しぶりです。

玉さん お久しぶりです。
実は、少しブログをお休みする事になりました
玉さん所でコメントするのは、ホントに久しぶりなのですが
こんな報告のコメントで申し訳ないです
玉さんには、いつも刺激をもらっていました
本当にありがとうございました
また始められそうになったら戻ってきます

それでは、玉さん この辺で失礼します

Ps 玉さんのことは、いつも応援しています。^^
   この作品からは力強さが溢れて見えます
   玉さんのおっしゃってる「帰りたいけど、帰らない…、望郷の念~」
   というところに とても説得力を感じました
   玉さん ありがとうございました。

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