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少女の言葉

少女の言葉

★今年になってからずっと、CGから離れて手描きのこの作品に取りかかっていました。そして名古屋博物館で開催されていた展覧会に出品し、先日搬出してきたところです。それをデジカメで撮ってからジフで動かしてアップしました。

★このタイミングでの展覧会イベントは微妙です。エスカレーター節電停止のなかでの開催でした。
私自身も三陸地方の同胞の現状を見るにつけ普段の創作やこの期間ブログ更新の意欲が少々萎えたことは否めません。
でもこんな報道画面に接しました。家が津波に流されて父親の所在がまだ分からない中学生少女が避難所で語った言葉です。
『いままでの私がいかに幸せの中で暮らしてきたかを今更ながら感じました。これからはこの気持ちを忘れないで…』と、インタビュアーに気丈に応えているのです。家内と一緒に涙を禁じ得ませんでした。私は少女の言葉を聞いて、この歳になって初めて自分たちの環境の幸せを心から実感しました。勝手放題に絵を描いていることが出来る環境にも感謝しました。三陸の子たちが今を乗り越えてたくましい大人に育ってくれることを願っています。

★さて、この絵ですが、私が飛騨で育った子どもの頃から山や林で感じている「自然への畏敬」イメージを描いたつもりです。
山に入り、一人で鬱蒼とした森や林の中を行くと、重なる木立の向こうに何か得体の知れない気配を感じ、風が揺する樹々の音がその得体の知れないものの鼓動ではないかなどと思うことが私はよくあります。その‘気配’の出所が森のなかの何処にあるのか分かりません。でも‘気配’こそが人間を奥深くまで立ち入らせない‘気配’であり、森という宇宙を守っている得体の知れないものだと思うのです。


コメント

おちゃめさん、こんばんは。

★ありがとうございます。
★子どもの頃どころか、今でも山に入るとその気配にゾッゾ~とします。なにせ臆病なもんで…。でも暇があると一人で近場の山に行きます。この気配があるうちは、まだまだ自然が保たれていると安心します。
★ほんとに当たり前の生活が出来ることに感謝ですね。私も、些細な不便にギャーギャー、ブーブー言わないようにします。

枯雑草さん、こんばんは。

★ありがとうございます。
★方々をあるいてお見えの枯雑草さんもキッとその気配を感じたことがおありだろうと思っていました。
山の地方に、こうした気配らしきものを素材にした民話も多くあり、人々はその自然の気配に畏敬の念を抱いていたのだろうと思います。昔は…。

ほんとにいつも当たり前の生活が出来るということの大切さを
改めて感謝している自分がいます。

さてこの絵をイメージしていた子供時代の玉さんが、目に浮かびます(笑)
よほど怖かったようですね。
私も山でよく遊んでましたが、風で木々が音を立てながらゆれる様が怖かった事を思い出しました。

こんにちは。
人っ子一人いない森の中を歩くことがよくあります。
そんな時、その気配を感ずることがあります。それは大きな大きな自然の力の
ほんの小さな断片なのでしょうが、私は、この頃はそういうものに出会うと
眩暈がします。そこの土や草の上に座り込んで両手を真上に挙げて祈るしかすべがありません。

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