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時代考証?

時代考証?

★二科展への作品も終わったし、若干涼しくなったので、先輩と関市で行う「二人展」の準備もしなくてはと思うのですが、暑いという理由で怠けに怠けた生活はなかなか元に戻りません。
紙を前にしていろんな落書きをしながら、何か出来ないかと鉛筆を走らせている途中で、フッと人物イラストの形が出来そうだったので、早速、その落書きをスキャナで撮って、イラストレーターに敷いて少し丁寧に描いてみました。べつにテーマも、思うところも、何もない落書きの延長の人のイラストです。

★人物イラストは和洋にかかわらず、衣服も髪型も身に付けているものも、勝手に好きなように作っていけるので、描き始めたら楽しいものです。
でも、時代考証の専門家たちにかかると大変なことになります。
以下、このイラストとは関係のない話です。

★ずっと以前のことですが、ある町の文化課が発刊している機関紙のイラストを描いたときのことです。確か、鎌倉か室町時代の出来事の文章に添える挿絵でした。主たるイラストがあって、その背景に数人の人物を描いたのですが、その一人の人物について、文化課にいる歴史専門の学芸員が『玉さん、この人の髪型は変ですよ、この時代には、こんな髪型はありませんから。』と言いました。『アッ、そう。』と言って、彼の言うとおりに修正したのですが、私には、どうもその髪型に関するカチカチの歴史解釈が解せなかったことを覚えています。

★そもそも歴史解釈というのは多くの現存している資料や文献を重ね合わせて客観的事実として定着していくことは重々承知していますが、庶民風俗の生活の細々に渡るまで「その時代はこういうものだった」と言い切れるのだろうかと、いつも思うのです。
ましてや庶民の髪型なんかは、いつの時代でも、めんどくさい男やだらしのない男はボウボウにしていただろうし、几帳面なヤツはキチッと切っていただろうし、頭にデキモノの出来たヤツは剃って養生していただろうし、中には編み込みをきめるオシャレな男もいたかもしれません。
下々の庶民は貧しいなかでも精一杯自由を謳歌していたのではと、思いたいのです。

でも、その髪型を指摘した専門家さんは、私のようないい加減な者とは違って、学問に忠実な人だったことは確かですけど…。

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コメント

おちゃめさん、おはようございます。

★ありがとうございます。
★頭の上にチョコッっと乗った黒い部分ですから、髪型が決められていた武士などは別として、庶民はどの時代の人も好きなように楽しんだと思いますよ。
でも、ビートたけしやしんごくんが演じた金髪の座頭市は、少々やりすぎだと思いますけど。
★関展、ご案内します。決してご無理はしないように、もしお暇があったらお出かけ下さい、

枯雑草さん、おはようございます。

★おはようございます。
★庶民レベルまでキチッとした家族制度が導入されて、全てが上に繋がる国家体制が出来たのが明治以降ですから、それ以前の江戸時代まではある程度の身分までは全てが厳しく律されていたものの、下々に対してはモラルや規律規範はそれほど厳しくなかったと読んだことがあります。私も庶民文化というのはそういう自由環境のなかのちょっとしたきっかけでしか生まれてこないと思っています。

落書きの戦士

この落書きの戦士は、とってもおしゃれな戦士ですよね。
こんなところにも玉さんの普段の洋服のセンスが見え隠れしてるように思いましたよ。
芸術家に創造性豊かなのは、当然ですものね~。
その人のように髪型にこだわっていたらその時代の絵は、すべて同じ髪型?確かにそんな絵もありますね(笑)
でも今の時代ならではこそだから形式に拘らず自由に楽しく是非描いていってもらいたいと思います。

髪型

こんにちは。
この時代はこの髪型と一律に決めてしまうと、そのイラストが表現しようとしているものを損なってしまう・・
おっしゃる通りだと思いますし、どちらかと言うとアウトサイダー側にいる多くの庶民は、自由奔放な髪をしていたんだろう、と想像します。
ただ、髪型と呼ばれるものについて言えば、現代ほど多種多様、自由であった時代はないのではないか・・という気もします。昔といっても中世、近世ですが地位や職業によって髪型はかなり固定していたのではないか・・という気がします。どうなんでしょうね。

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