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『無言館』という美術館/終戦の日を前にして

『無言館』という美術館/終戦の日を前にして

★今年はとりわけ猛暑の夏です。暑い日射が容赦ありません。
我々にとって忘れてはならない8月に入りました。あの8月6日が過ぎ、あの8月7日を明後日にひかえ、そしてまもまく終戦の日を迎えます。

★長野県上田市に『無言館』という美術館があることをご存じでしょうか。作家水上勉氏のご子息である窪島誠一郎氏が館長を務めるこの美術館は戦没画学生の慰霊美術館です。氏を中心にして全国の戦没画学生のご遺族を訪ね、残されている作品や遺品を収集してここに展示しているのです。息子の作品を大切に保存されているご家庭もあれば、世代が代わってその処分に迷っているご家庭、あるいは処分できずにキャンバスを枠から外して描かれたキャンバス地だけを丸めて物置に保存しておかれたご家庭もあったと聞きます。氏たちの収集のご苦労と熱意が伺われエピソードだと思うのです。

★先の大戦末期、敗色濃厚の日本は、次世代を背負う有意の若者たちをことごとく戦地に送りました。その中に、美術大学や美術専門学校、あるいは独学で絵を学んでいた若者もいました。彼ら多くは戦地で帰らぬ人となりました。殆どが20歳代の若者です。この『無言館』には、美術活動への志半ばで無念にも戦没した彼らの作品や遺品が静かに展示されているのです。

★数年前、家内と『無言館』を訪れました。そのときの悲しみの感動を忘れられません。
画家や図案家や美術教師になることを目指して描き続けていた作品の筆致は力強く明るいものが多いし、戦地から家族に送られた絵手紙や文書も内地の親兄弟への心遣いに溢れていて、それがまた私たち観る者をいっそう切ない思いにさせるのです。

★その中に『無言館』を象徴する一つの作品があります。
古く剥がれ掛けたキャンバスに未完成の裸婦が描かれているのですが、その下にこんなコメントが添えられていました。
『戦地の行くことが決まって、初めて妻の裸体を描いた。この続きは帰ってきてから、必ず描くからね…。そう言って戦地に赴いた彼は二度と帰って来なかった。』
館内には若い観覧者も多かったのですが、作品や遺品を前にあちこちから嗚咽がずっと聞こえていました。

★戦争が許されない行為であることなんて、言われなくても誰でも分かっています。ただそれが概念的な理解で終わらないようにしたいものです。
広島、長崎をはじめ、いまだに戦争の事実が現存したり、語られている所は全国に多くあります。私たちはそういう所に行って悲しみや怒りを共有し戦争の不条理を実感することこそ未来の子どもたちに戦火をくぐらせない強い意志となり、力のある世論となるのではないのでしょうか。戦争は遠い昔のことではないし、対岸の火事でもないのですから…。
その意味で『無言館』という美術館は、大きな力を持つ美術館だと思ったのです。

ポチッと




コメント

響さん、おはようございます。

★ありがとうございます。
★ホントにそうですね。生死の証拠もなく、遺骨も帰ってこないままに戦地に果てたと思われる人々のことを思えば、こうして作品が残って若い日懸命に生きた証が残されていることだけでも、ご遺族にとっては慰めになるでしょうね。哀しいですが…。
家内の養母の連れ合いも、南方のノモンハンで果てたと聞きます。
★とてつもない大きな命の犠牲の上に成り立っている現在の私たちの生活、せめて1年に一回、終戦の日を迎えるお盆ぐらいには先祖への感謝と哀悼の祈りをしたいものですね。

artkazukoさん、おはようございます。

★ありがとうございます。
★長い歴史の恨みをテロに変える民族、支配権を手に入れるためにテロに走る民族、国民への情報を全てシャットアウトして為政者の安泰だけを謀って暴走する国、そのテロ撲滅と称してテロ以上の殺戮をやってしまう国。
世界は英和への取り組みのレベルや価値観が違いすぎます。
★ただそれをジッと客観的に見ているだけしか出来ない私たちにどうしようもない諦めのようなものも感じます。
『日本さえ、過ちをくりかえさなければ、いいか…』と、でも、このことこそが大きな過ちに引きずり込まれることになりはしないかと!。

フムフム・・『無言館』ですか。玉さんがご紹介くださらなければその存在自体を知りませんでした。

『無言館』のなかに展示されていれば それでもラッキーだといえるでしょうね。
戦争の中で火に包まれた名作も数多くあったでしょう。
また、戦没しなくても生きるために絵筆を封印し、今を生きる当時の若者達も 今は高齢者となっているかもしれません。

戦争は悲しすぎます。ほとんどの人々は望んだはずはないですからね。

悪魔の片棒担ぎたくないです。

>どこかでそれを煽り、その利益に大笑いをしている顔の見えない悪魔のようなヤツがいるのでしょう。戦争武器の輸出入が大きな国際市場となっているなんていう事実はにわかに信じがたいことです。

日本の某経済団体が武器の輸出規制を緩和して欲しいと政府に要望しているという記事が新聞に載ってました。
市場に乗り遅れまいとしているのでしょうか。
昔は国家間、今は軍需産業が戦争の鍵を握っているとも言われていますし、
軍需産業にとっては戦争がなくなったら困りますものね。

日常の至る所で、知らず知らずに企業に操られているなぁと思うことが多々有り、極論すれば、国やマスコミを動かしているのも企業ですし、資本主義も行き過ぎると、市民的自由が奪われていくようで恐ろしいです。

おちゃめさん、こんにちは。

★ありがとうございます。
★この無言館、ミュージアムガイドなどへの登録は辞退されているのでしょうか、出ていません。でも、口コミやネットで有名になり、上田市のHPにも掲載しています。戦争を知らない若者たちが多く観覧に訪れていることはいいことだと思います。
★私も数年前、口コミをたよりに近くの別所温泉に泊まって、次の日にゆっくり観覧しました。

先日上田市に行ってきたばかりでしたのに。
この情報をもっと早く知っておけば行ってこれたかもと少々残念に
思っています。
無言館今度は、是非のぞいてこようかと思います。
なかなか戦争のことを、今でも実感できないでいる私ですから、そこへ行ってどんな気持ちになるかと思うと少々怖い気もします

artkazukoさん、こんにちは。

★ありがとうございます。
★戦争という負の連鎖が一向に断ち切れないのは何故でしょうか、民族間の反目とか、宗教上の対立とか、領地の拡大とか、いったことだけではないのでしょうね。どこかでそれを煽り、その利益に大笑いをしている顔の見えない悪魔のようなヤツがいるのでしょう。戦争武器の輸出入が大きな国際市場となっているなんていう事実はにわかに信じがたいことです。
★無言館で眠る若い男性画学生に限らず、学徒動員で全国の軍需工場で働かされた女学生たちの中にも美術を志していて、空襲で逝った方々もきっとお見えになったでしょうね。
若い人の輝ける将来を一瞬で消し去ってしまう、ホントに戦争は狂気の沙汰です。

枯雑草さん、こんにちは。

★ありがとうございます。
★学校の社会科教育というのは、なぜ現代史をおろそかにするのでしょうか、特に先の大戦に関しては、生徒たちの家族や祖父母、親戚とも深くかかわっていることでもあり、もっとも興味関心をもたせる教材だと思いますし、そこが平和教育の根幹だとおもうのです。
★現代史の極近時代から始まって古代に遡るというカリキュラムの方が、はるかに、今ある自分や社会と先祖を繋ぐという歴史の的を得ていると、専門外の私はいつも思っています。

他者の痛みを想像出来ることが平和への道

当時のエリート大学生は無謀な戦争であることを知っていたといいます。
平和なら、友人になれたかもしれないアジア、欧米の人々と戦わなければならなかったのは悲しいことです。

戦地での残虐行為、人を殺めてしまった罪悪感、死の恐怖・・自分が生き残ったことの罪悪感など、最前線の兵士たちの思いは今も昔も変わらないと思います。
たとえ、自分が望まなくても、結果的に、戦争加害者としての苦悩を背負わなければならない、(しかし、その苦悩の深さは伝わらない)それが戦争の怖さのひとつだと思います。しかし、それを直視し、次世代の人間がしっかり受け止めなければ、いつか来た道を歩み、直接的、間接的に人々を殺め、恨まれ、そして結局として自分たちも傷つくという負の連鎖が続く。

戦争画を描かされる立場にあったのが画学生ですが、
本当に描きたいものを描けたかどうか・・・
都合の悪いものは検閲により、破棄されてしまっているような。
才能ある人々が自由な表現もできなくなる、これも戦争の恐ろしさの一つですね。

「無言館」へは行ったことがありませんが、画家になる夢を女性であることから阻まれた才能ある女学生たちの当時の作品というのも、どこかで見てみたいものです。当時の男性たちとは違った視点で戦争を捉えているかもしれませんから。
そして、当時のアジア諸国の人々の作品も見てみたいです。
おそらく、日本人一般の認識とはかなり違うでしょうから。
鬼畜米英として表現された画像を欧米の人々がどう感じたかも知りたいです。
様々な国々、人々の捉え方を知ることも大切な事ですものね。

行動へと・・

こんにちは。大変いいお話を伺いました。
誤解をおそれず、大変大雑把な思いを言わせてもらいますと・・。
日本の学校内教育、軸の右端に戦争(または、その同系語)、左端に平和を印すと、その軸のなかで揺れ動いてきた感じ。
我々の父母の世代は右に、我々の世代は左に、そして子供の世代は再び右にと・・。
そんな中で、正しい歴史認識を得るためには、おっしゃる通り・・。
過去の歴史の激動のただ中にあった人々が残したもの、残した声に深く接することだと思います。
若い人の多くが、こういったものに接し、驚きや悲しみの感動に身をおくだけでなく、それを通して自らの考えと行動の礎を見出だしてもらえたら・・と切望いたします。

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