KEEP FOREST ! (その1)

KEEP FOREST ! (その1)
★100㎝×146㎝のデザイン画としては少し大きいサイズで、絵画的な表現の作品をつくった。が、表現方法にデザインとか、絵画とかいった区分けはない。画家ロートレックや竹久夢二の描いた絵がポスターや化粧品のラベルになったりしているのはご存じのとおりだ。若い頃私たちは北海道の観光ポスターで一世を風靡した栗谷川健一氏のイラストに憧れたものだが、氏のイラストはいつも油絵の具で描かれたものだと聞いたこともある。もともと平面表現にデザインとか絵画とか区分けするのが間違っているのかも知れない。

★今回2点つくったが、久しぶりの手描き作品なので、これまでのCG作品のようにデータをキチッと保存できず、もし作品を手離したり、処分したときに困ると思い、昨日、ブログ友人の写風人さんのスタジオでしっかりと撮影していただき、早速、きょうアップした。

★さて、今回の絵のテーマは「KEEP FOREST!」とした。
子どもの頃に育った飛騨の山々とそこにある深い森林、それは私の原風景の一つである。特に私の育った家は県道から坂を駆け上がった山の中腹にあったので、朝の森のざわめき、夜の静寂、森の奧から聞こえてくる鳥獣の声、等々、その森の神秘さに畏怖感を覚えたものだ。無数の生き物を育む森がそこにはあった。

★絵の中にセミの羽化のイラストを入れたが、樹肌に産み付けられたタマゴは孵化するまで、ほぼ1年かかる。幼虫は樹肌を下り根元から土に潜り6~7年を暗い土中で過ごす。再び夏に根元に近い地上に出て樹肌を登り、羽化してセミの成虫になり、わずか1週間の地上の生を満喫して命を絶える。セミに限らず全ての昆虫や鳥獣、生き物は森の樹や土壌にその命を育まれている。
森から下流に流れて作物の豊穣をもたらす土壌、森から吹き出す清浄な風、森は命の循環に欠くべかざるものだ。

★しかし、いつの日からか、人間だけが森との共生をおろそかにし始めた。都会では忙しなくブルドーザーが稼働し、街並みのメンテナンスに余念がないが、一方、地方に行くと、山は間伐の手も入れずほったらかしの荒れ放題で、樹々も土壌も痩せるに任せているところが全国いたるところにある。
だから今回は、命の森保全のメッセージを描いた。(少々、生意気で青臭く、しかも大仰なテーマだが…)

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コメント

artkazukoさん、こんにちは。

★ありがとうございます。
★モデルにした古木の樹皮の模様というか、形というか、その美しさに驚かされました。規則的で、緻密で、しかも方向性があって、百年以上もキチッキチッと造形を繰り返してきたのでしょうね。
自然の造形には、何をもってしても太刀打ち出来ないと思うことしきりでした。が、その力強さだけでも何とか…、と思いながら描きました。

玉さんの情念というか、メッセージが迫ってくる作品ですね~。

デザインの中に絵画的要素は必要ですし、絵画の中にもデザイン的要素は含まれていますし、双方、それぞれの役割はありますが、どちらも、しっかりとした哲学に裏打ちされた造形があるかどうかだと思います。
所詮人間の作るものですものね。ジャンルによる垣根や貴賎は無意味だと私も思っております。

自然が生み出す造形物の美しさにふれる度に、自然に対して畏敬の念を感じます。
自然をじっくり見つめる心の余裕を失いはじめてから、人間は自然を侮るようになったのかなと・・。

おちゃめさん、おはようございます。

★ありがとうございます。
★〈この絵は、黙ってじっと見てるだけで心にいろんな思いを抱かせられる、とても不思議で…〉と、感じていただければ、私の意図が伝わって嬉しい限りです。
★町の生活から、フッと神社の杜や山道を歩く機会を持つと、いつもの自分を見直したり、これからへのエネルギーをもらったりする 。
自然というのはホントにステキで不思議なものですね。

きらりんさん、おはようございます。

★ありがとうございます。
★私の絵は展覧会出品用なので、正直さまざまな邪念があって、魂をこもっているとは言い難いのですが、絵のためにスケッチしたイチョウの樹には、数百年の魂を感じました。どこかで「樹魂」という言葉を読んだことがありますが、まさにそれを感じたのです。

枯雑草さん、おはようございます。

★ありがとうございます。
★この樹、私の町にある樹齢数百年と言われているイチョウの樹をスケッチしたものを元したのですが、実際にこういう樹木をジッと見ていると、自分がいかに小さくて矮小な人間であるかを思い知らされるものですね。

外道sさん、おはようございます。

★ありがとうございます。
★山に限らず、川も海もそうだと思いますが、そこは、好悪、益害、
美醜、生死、全てを包括した宇宙のようなものだと思います。自然界というのは、そういうことを教えてくれる貴重な教材だと思っています。だから、子どものうちの自然体験は重要ですね。
★アッ、そうそう、この絵の茶色の樹の部分、絵の具ではイメージと違っていたので、外道sさんたちが家具塗装に使うワニスを何回も塗り重ねて、木の幹ふうに仕上げてみました。

思ったより早い出来上がりでびっくりしました

玉さん、すばらしいです!!
私も小さいころセミを採りに山や神社によくいったものです
それも羽化したばかりのセミを見つけるには、早朝しか見つけることが出来ませんよね。きっと玉さんも私と同じように遊んでいたのだと思うと
なんだかふっと心が暖かくなり和みますね。
そうですよね、あのころの自然を返せ~と私も訴えたくなります。
この絵を是非、たくさんの方に見ていただきたいな~ぁと思いますね。
この絵は、黙ってじっと見てるだけで心にいろんな思いを抱かせられる
とても不思議ですばらしい作品だと思います。
お疲れ様でした!!

遂に完成されましたか~。
先生の画には 魂があります。
カサコソと生きている音がします。
先生が大切しているから 細かに丁寧に表現されているんだと思います。
大仰だとは思いません。大事なものだからこそ描くことが出来るもの。それだけの観察力、眼力がないから私たちでは描くことが出来ません。

素敵です!!

こんにちは。
素晴らしい作品ですね。感動しました。
森の中の無数の命たちが、迫力をもって何かを
訴えていますね。玉さんの心を感じます。

お疲れ様でした。

良い作品ですね、私は好きです!
「一枚の葉」この緑が、何とも良い!

子供の頃に遊んでいた山(森)は昼間でも何だか怖かったな~いろいろな生き物のけはいがして・・・。
今は管理されてない山が多く、入って行けない所が多いですね。
今の子供達は、山の中で遊んでないように思います。
あの何とも言えない感覚を子供達だけで体験するのは良い事だと思いますが・・・最近の親は行かせないでしょうね。

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