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終戦の日

終戦の日
★昨年も、この時期に書きましたが、今年も種からアスターを育てました。アスターの葉や花をこよなく好む害虫ハムシとの戦いの数ヶ月でしたが、明日の飛騨への墓参に、母の大好きだったアスターをいっぱい供えることが出来ます。

★今年もまた、終戦の日を迎えました。戦争体験者が年々に亡くなられ、その悲惨さを伝える語り部が少なくなることを懸念する記事が終戦の日が近づくたびに多くなり、それが過ぎると、もうその話題も紙面から消えてしまう、その繰り返しが日本の現状です。
戦争体験者が語り継ぐ戦争の悲惨さから、平和の尊さを肝に銘じなければならないことは、もちろん大切ですが、もっと重要なことは、常に、我が国が体験した戦争の現実を子どもの時代からキチッと知識として把握し、その不条理と平和の尊さを学び続けることです。その意味で、現在の学校教育には、この部分の歴史教育が著しく欠けていると感じます。特に、戦中、戦後史などは、私たちに最も近くて、学ぶことの多い過去なのに、私感ですが、軽んじられているように思えてなりません。

★私の家内の養父は戦争末期、レイテ島の特攻隊で果てました。家内も写真でしか知りませんが、家内の養母と二十代の初めに結婚した直後にレイテ島の激戦地に向かったそうです。
私の一家は大陸からの引き揚げ者ですが、父は京城で軍部に近いところで吏員をしていたものですから、厳しい追及を受け、一家より数ヶ月遅れて命からがら引き揚げて来ました。20才上の長女は一家が京城から飛騨の町に引き揚げて間もなく、貧困と最悪の食料事情の中で肺結核を患い亡くなりました。その数年後、特効薬のストレプトマイシンが我が国にも出回り一気に結核は遠い病気になりました。母の悔しがりようは、大変なものだったと兄姉たちは、いまでも語っています。
私は、戦争最中の記憶は全くありませんが、戦後の貧困と飢えに苦しんだ家族の苦労の姿は微かながら記憶にあります。
戦争は、それぞれの家庭に、それぞれの形で悲しみの記録を残しています。戦争が残した傷跡の語り部は、なにも際立った体験ばかりを追い求めなくても、戦中戦後を跨いだ人々や戦後を必死に生き抜いた人々、そこをジッと見ていた少年少女、そんな人々は、まだ身近にもいるのです。

★しかし、貧困と飢えの中から、立ち直っていった歴史も一方で重視して欲しいと思うのです。平和ボケのいま、この平和が一朝一夕に得られたものではないのだ、という思いにいたることこそ、64回目の終戦の日を迎える私たちのもう一つの意義なのです。

★さて、敗戦による引き揚げで、外地での生活からいっぺんに奈落の底に突き落とされた父母兄姉にとっては、飛騨での生活に忸怩たるものがあったのでしょうが、末子の私にとっては、それが大いに幸いしたようです。一家は生活に追われて、末子の私は放ったらかしだったせいか、好きなように自由に子ども時代を過ごせたように思います。飛騨の山々、谷川の清流、神社、咲き乱れるシャガ、柿の木、雪景色、人情の人々、こんな美しい飛騨の山あいの町に引き揚げて来てくれたことを、いまでも感謝しています。
そんな飛騨に眠る父母の墓に、送り盆の花を持って、明日行くのです。

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コメント

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カギコメさん、こんにちは。

★ありがとうございます。
★戦渦にまつわって、それぞれの家庭や地域に刻まれ悲しみの記憶、それが風化されてしまっては、ホントに悲しみの記憶だけで終わってしまいます。悲しみの記憶が、悲しみのない未来に生かされるように、それぞれが出来ることをしたいものです。
★椋鳩十氏にかかわったお仕事、素晴らしいお仕事をされた、と羨ましく思います。

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artkazukoさん、こんにちは。

★ありがとうございます。
★民族の憎しみが受け継がれて、さらに増幅して、また次の世代に受け継がれて…、中東の争いは尽きるところが無いようにさえ思います。へたな先進国の介入も、いっそう油に火を注いでいるような結果になっているのではないか、と思うときもあります。そんななかで命をなくしていく多くの人々、やりきれないですね。

戦争は、決して過去のことではなく、今こうしている間も、たくさんの犠牲者が出ているのですよね。

英国のニュースなどを見ていると、毎日、毎日、戦死した兵士のお葬式のニュースがあります。
軍法会議にかけられるのを承知で、再出兵を拒否した兵士が、目の前で亡くなった戦友は犬死だ、何の意味もない、こんな政策を早くやめて欲しいと訴え、市民は彼を支持しているそうです。

そして兵士よりさらに多くの現地の一般市民が犠牲になり、
悲劇の連鎖が際限なく繰り返されていく・・・・。

私たち先進国の人間の一人一人のエゴイズムが、無意識に戦争に加担している現実・・・。
哀しいですね。

響さん、こんにちは。

★ありがとうございます。
★どの国の人でも、どんなエゴイストでも、どんなに権力の中枢にいる勝手なヤツでも、まさか自分の子どもや孫や兄弟を戦渦の中に送りたいと思っている者はひとりもいないはずなのに、なんで戦火が絶えないのでしょうね。
核兵器を腐るほど持っていながら、世界平和を叫ぶ、何処かの国も、信用できません。

Bokkasaさん,こんにちは。

★ありがとうございます。
★毎年、3回は飛騨に墓参に行きます。兄姉はみんな全国の遠いところに四散しているものですから、わりと近くにいる末子の私が墓守です。故郷には実家も、土地も、無く、ただお墓があるだけです。が、そのことが一層、故郷感をつのらせます。

仕事上、お年寄りにはよく接しますが・・・。
戦争を経験された方々は・・とっても語りたいと思ってる人と、
思い出すのもイヤだという人と極端です。
ですが、戦争を経験し今も生存している人は なんだか気迫がある!と思いますねえ。
そうでしょうとも、ご高齢と言われるまで生きてきたのですから。
それでも、ご高齢者は人の命が・・というか 持っている体が
壊れてしまう時には案外モロいとい言うことも知っていたでしょうね。戦争の被害・飢えや病気で大切な人との死別を経験していない人はいないでしょう。

海外の情勢を見ると 戦争は決して過去のものでも無ければ
対岸の火事とも思えません。
それでも、わが国が戦争に60年も巻き込まれていないのですから
稀に見る幸せな国なのでしょうね。

アスターがとても綺麗です。
ご両親が 「玉! よくやった!」とおっしゃっていることでしょう。

ご無沙汰しております。
お墓参りも終えられ、夏の行事も次々過ぎていきますね。
それにしても、綺麗なアスター、見事に咲きましたね。
手入れの賜物でしょうね。お母様もきっと喜ばれていることでしょう。
私も毎年、飛騨へお墓参りにいっていましたが、昨年、兄の近くへ墓を移しましたので、飛騨へ行くこともなくなり、寂しい限りです。

戦争・・・
同居人も父の顔を知りません。
義母は、夫の分まで長生きしなければと頑張っています。

枯雑草さん、こんばんは。

★ありがとうございます。
★各個人、各家庭、各地域が体験してきた、最も貴重な庶民レベル過去を集約して未来に生かす機会はいくらでもあったと思うのですが、それらを塗りつぶして蔓延してしまった戦後デモクラシーが今日のエゴ国家を造ってしまった、一つの要因だと私は思います。

こんにちは。終戦の日に想います。
そうですね。戦争を挟んで生きてきた我々の父母の世代は、それぞれに語ることもできないような苦労を重ねてきたのですね。その後に育ってきた世代は、おっしゃるように、なぜそういうことになったのか・・歴史教育が欠落していましたね。私はこの頃特に思うのですが、この国の明治以降の動きは良いこともあったけれど、多くの弊害も生んできた。先の戦争の中にも・・。その反省もないままに戦後の復興がなされてきた。大事なものを取り戻す機会を失ったまま、エゴいっぱいのエコ大国として・・。そんな気がします。

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