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アマテ紙に描く

アマテ紙に描く

★これはCGではありません。アマテ紙というメキシコの民芸紙にポスターカラーで描いたイラストです。

★以前、メキシコの日本人学校に2年間出向していた先輩が帰国したときにいただいた珍しい紙です。先輩の話によると休日を利用して彼方此方をドライブしていたときに、とある小さな村でこの紙を作っているところに遭遇したそうです。長時間煮詰めた樹皮を岩の上に置いてこん棒でひたすらたたいて伸ばし薄く平らにして乾かしただけのものですが、その風合いと生成の色がいかにも素朴なところに惹かれ、何枚か購入してきたとのことでした。

★このアマテ紙、私たちが知っている紙とはおよそほど遠いバリバリの硬さ、ザラザラ表面とこの色では文字を書くのも困難な代物ですが、そこがナンとも言えない魅力的な紙なのです。さて、このいただいたアマテ紙、どう利用させていただこうかと、長い間、カルトンにはさんでままにしていたのですが、フッと思いつき、こんなイラストを描きました。先輩が回ったであろうメキシコ奥地の村々に残るなんか民族的な風習をイメージしたのです。そうです、世界各地に残るトーテムポールのイメージです。

★トーテムポールならずとも、外敵を威圧したり、寄せ付けないという意図をもった偶像はたくさんあります。日本にも険しい憤怒の表情を持った仏像彫刻などは同じような意図を持っているのだろうと思います。でも、私見ですが、トーテムポールに彫られた神々の顔の表情はオドロオドロして気味が悪いのですが、どこかユーモアがあり楽しささえも感じられます。何故でしょうか?、災害、病、等々見えぬ外敵にあい対しながらも、どこかで自然の流れや運命を受け入れるという、当時の人々の寛容さが、そのトーテムポールに表現された偶像の表情にあらわれているように思えてなりません。

★では21世紀の現在はというと、科学技術や医療技術の進歩は、当時の人々が運命、宿命とあきらめていたことの殆どを克服しかねない勢いです。が、一方でその勢いが地球という、かけがえのない大地の寿命を縮めているのでないかという懸念をだれもが抱いています。当時の人々が恐れた外敵どころか、もっともっと大きく恐るべき敵を自らが作りつつあるのでしょうか、そんな運命なら、そう易々とは受け入れることは出来ないのですが…。

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