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オーラ

オーラ
★12日、愛知県美術館で私の大好きな作家「アンドリュー・ワイエス展」を観てきた。会期は3月まであるので、所用のついでに行こうと思っていたのだが、待ちきれなくて行ってきた。きょうも職場で仕事もろくにせず、その図録を開いて観ているところである。

★感じ方はそれぞれに違うだろうが、私はワイエスの絵に不思議な魅力を感じる。ただ平凡な普通の光景を見えたとおりに描いているのだろうが、『この画家は、どんな気持ちを絵に託したかったのだろう…』と、風景の向こうに‘ただならぬ雰囲気’‘何かがうごめく気配’を感じるのだ。現在91歳のワイエス氏がどんな人生を歩んで来たのか、図録の解説に書いてある以外ことは分からないが、なんか壮絶な人生を経験したのではないかと、つい勝手に思いを巡らせてしまうのがワイエスの絵だ。
こういう絵のことを、オーラを感じる絵というのだろう。
私などは、絵を描くとき先ず、『どう描けば他人に好まれるだろう』と考えたり、公募展に出す作品をつくるときにいたっては『どういう作品が審査員にアピールするか』などと、頭の中すべてが邪念に取り憑かれている。作品の向こうにオーラならぬ、ボーフラがいるのを見透かされないようにしたものだ。

★オーラ…、では、絵の話題から離れて、人が放つオーラって何だろう?「その人が持っている独特の雰囲気」文字で書けばこれだけのことだが、なかなかそういう人に出会うのは難しい、と思いきや、案外そうでもないと思うことがあった。

その人、Aさんは現役の頃は同職だったが、そんなに親しくもなく、顔を合わせれば挨拶程度の間柄でしかなかった。先日、そのAさんとバッタリ会い、お互いに暇だったので、コーヒーでも、と喫茶店に入った。彼がよく中近東を旅し、あちらの写真を撮りまくっているとの噂を聞いていたので、そんな海外旅行の話でも聞かせてもらえるのかと思っていたら、彼はそのことには一言も触れず、別の密かな趣味の話を始めた。彼は、ずっと以前から日常でフッと心に触れた些細な出来事を短歌にして手帳にメモっているという。そう言いながら、ポケットから鉛筆で汚れた手帳を出して見せてくれた。一句一句にその時々の、喜び・ユーモア・感激・不安、等々が、五七五七七の31字に込められていた。もっと早くから彼と親しくしておれば良かったと思うと同時に、彼の顔が眩しく見えた。

オーラを感じるって言うのは、それを放つ人のことと言うよりも、それを感じる側の心の問題だと、そのときしみじみ思った。当たり前と言えば当たり前の話だが…。

ポチッといただけば感謝感激です!

コメント

きらりんさん、おはようございます。

★ありがとうございます。
★あの家とそこに住む姉弟、そしてその周辺の人々の慎ましい生活への愛情や慈しみが脈々と伝わってくる絵でしたね。
★音声ガイドを購入しての鑑賞でしたか、えらい!!私は500円をケチりましたが…。

観て来ました~♪

音声ガイド(500円)を聴きながら2時間あまり じっくりと鑑賞してきました。アートにルールはない。感じたまでを一生懸命表現するというワイエスさんのことばを真摯にうけとめてきました。
先生のモットーと同じですね。、ワークショップがあってこどもたちが一生懸命ドライブラッシュで描いていました。

artkazukoさん、おはようございます。

★ありがとうございます。
★artkazukoさんもワイエスの絵お好きですか。今回の展覧会では掛けてありませんでしたが、私も以前、農家に窓にカーテンが揺れている光景を描いた作品を見て衝撃を受けました。絵には描かれていないけど、その部屋の中からじっと外をみている多分女性の姿が見える気がしたのです。見えない物が見える絵ってのを初めて実感した絵が、ワイエスさんの絵でした。

ワイエス氏、ご逝去のニュースがつい先日ありましたね。
私の大好きな画家の一人です。

それなりに大変なことはあったようですが、
大作家によく見られる波乱万丈の人生ではなく、
隣人や家族に愛され、たとえ、不運もあってもそれ以上の幸運に恵まれ、
そして何より、自分のやりたいことを存分にすることが出来た
最高に幸福な人生を歩まれた方だと思います。

淡々とした静かな生き様が許される人生だったからこそ、
壮絶な人生を歩む隣人たちを愛情を込めて冷徹に描きこむ時間的、精神的余裕があり、
人間・生物・宇宙・時間の存在というものを表現していると感じます。

オーラ、それは感じるには、感性を鋭くしておかないと、素通りされてしまうかもしれませんね。(笑)

murayukiさん、こんばんは。

★ありがとうございます。
★いやいやmurayukiさんの作品、いつもエネルギーがほとばしっていて感服しています。
私も「目立つ作品にしたいとか」「目を惹く作品にしたい」とか邪念ばたりが先走る制作姿勢は性分なので仕方ありませんから、せめて一所懸命、心を込めて作りたいと思っているのです。

エネルギー!

玉清様

いつも!
お世話になります。

オーラを感じることって、霊感的エネルギーを
感じること。
無心に思いを込めて作品を創ると自然にその
作品に魂が篭もるのかな・・・。
それを感じる側の人も無心になることで霊感的
エネルギーを放っているのでしょう。

私は中々無心になれず、オラを感じるだけです。
ではでは・・・。
ポチ!

外道sさん、こんばんは。

★ありがとうございます。
★ワイエス氏の逝去、ワイエスファンとして寂しいです。
★〈その人がどれだけ頑張って努力したか・今まで誠実に生きてきたか〉、確かに外道sさんのおっしゃるとおり、その人のオーラの根源はそれだとおもいます。でも、やっぱりそれをオーラとしてしっかり感じる外道sさんがいてこそのオーラだと思います。そういう人がいてもボヤッ~としているやつは何も感じないと思います。

きらりんさん、こんばんは。

★ありがとうございます。
★随分前にもワイエス展がきたのですが、そのときに見た作品群とはまた異なった作品が今回は掛けられていて感動しました。単なる風景なのに何で‘ただならぬ雰囲気’を感じるのだろうと、不思議に思うワイエスの絵です。土曜日、十分堪能して来てください。
★ご主人の母上、素晴らしいですね。

私も最近お亡くなりになったとラジオで聞きました。
玉清さんの書かれていた方だな~と思い聞いていました。
ラジオではいろいろな説明をしていましたが、仕事中での放送でしたので詳しくは聞けませんでした残念です。

オーラ
人?生き物が自らが放つオーラが有ると私は思っています。
私は小さい頃から「この子はしゃべらない子ね~」「何を考えて居るのか解らないな~」とかいろいろ言われて育ちましたが、私なりに周りを観察していたのです。私の周りのいろいろ環境の為か?私には、一目で人の性格・人格が解ってしまう様になりました。(自慢でも慢心でも有りません)人が発するオーラ!感じる側の問題も有るでしょうが、オーラは確かに有ると思います。
私が思うに、どれだけ頑張って努力したか・今まで誠実に生きてきたかが、その人の顔に出たり作品に出るのでしょうね。
何時になく、まじめなコメントになってしまいました・・・。


魂に響くもの・・。

毎年この時季に名古屋の友達と絵を見てコンサートを聴いて・・と1日過ごす日を楽しみにしているのですが、今年は来週の土曜日に県美か市美かどちらにしようかって迷ったのですがワイエスさんの絵を観に行くことに決めていました。
今日の夕刊で訃報を知りました。ご冥福を祈ります。
きっと、生きていらっしゃると思って観るのとはまた違った見方になるかもしれませんが、じっくり鑑賞してこようと思っています。
私の主人の母も90才ですが日本画を描き続けています。風景画などの大作は描かなくなったものの毎日机の上には画材がおいてあり、ちょっとした花や草などを絵にしています。たった1本の花も感じたままで描いているようでその絵を見るとなんだか心が和らぎます。絵にしたりことばをつづったり表現することはその人をそのまま映し出すことかもしれませんね。

枯雑草さん、こんばんは。

★ありがとうございます。
★アッ、そうですか!ワイエス氏お亡くなりになったのですか、全くその記事に気がつきませんでした。90歳を越えるご高齢なので天寿を全うされたのでしょうが、なんだか寂しい気持ちになります。
でも、氏の作品はますます光を放ち続けることと思います。

こんにちは。
アンドリュー ワイエスという画家。知りませんでしたが、一昨日ニュースで亡くなられたと聞きました。玉さんがお好きで、この画家のこと書かれていたな・・と思い起こしました。不思議な縁のようなものを感じます。ワイエスさんのオーラが玉さんに語ったのかもしれませんね。オーラは受け取る人の心の感じ方。そうですよね。いろんなものを見ても、それは受け取り方で千差万別なのでしょうね。

響さん、こんばんは。

★ありがとうございます。
★このワイエスさん、アメリカの田舎のある大きな農家に、やがて朽ちていく建物の哀愁を感じ、その農家と周辺ばかりを何と30年にわたって描き続けたそうです。そう聞けばなんか執念のようなものを感じますね。飽き性の私にはとても考えられません。

こんばんは。
アンドリュー・ワイエスさんという画家を初めて耳にしました。
紹介されている映像・・絵画なのですかー。
しぶいようで眺めているうちにひき込まれてしまいますね。
小人になって絵の中の風景に入り込み、
そこで私は何を感じてるんだろう~・・
そんなファンタジックな感覚になります。

<<オーラを感じるって言うのは、それを放つ人のことと言うよりも、それを感じる側の心の問題だと、そのときしみじみ思った。当たり前と言えば当たり前の話だが…。

うーむー。うなってしまいました。
ホント。そうかもしれませんね。

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