全体と部分

全体と部分
★この絵、以前、孫が3歳になったときの記念に描いたものです。もう来年は小学校1年生、まさに‘光陰矢のごとし’を実感しています。と言うことは自分が歳をとっていくのも同じスピードの筈なのに、『オレはまだまだ!』と若ぶっている、勘違いも甚だしい私です。

★さて、その年の個展で、この絵も並べたのですが、私は孫の3歳の記念の絵なんて一言も言っていないのに、ある観覧者の方が『この絵、娘の子どもの誕生日プレゼントにしたいのですが…』と話しかけて来られました。『いや、これは私の孫がモデルですし、あなたのお孫さんとは顔もイメージ違うでしょうから…』と丁重にお断りしたのですが、結局、その方のたっての希望で、後日、お孫さんの写真を借りて、顔を描き、その顔のイメージに合った洋服を描き、真ん中の私の孫の絵とさし替えることでまとまりました。これはCG作品作りの禁じ手なので、ここだけの話です、と言ってももうここでバラしちゃいましたが…。
プライバシーにかかわりますので、そのさし替え作品は載せられませんが、やっぱり、全体とその部分がピタッとこないのです。当然ですね、だって、この絵は私の孫のイメージから全体を創っていったわけですから…。
全体と部分、部分と全体は常に一体でなければならないことは言うまでもありません。

★今思えば、そのお方から、そのときの絵を戻していただいて、もう一度全体から描き直して差し上げたい気持ちです。


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コメント

nanbuyaさん、こんばんは。

★ありがとうございます。
★絵っていいですね。どんな世界でも勝手に創れますから、フッと思い出すどこかで見た風景、旅行で見た夕焼けや飛騨の森、等々、いつもそれにいろんな物を付け足してイラストをつくっています。

私の好きなメルヘンの世界ですね。
月夜の晩にこびと達が現れて踊ったり歌ったり。夜明けと共にそれぞれねぐらに帰っていく。ドキドキする世界でした。今、そんな架空の世界に浸りたい気分です。

足袋ネコさん、こんばんは。

★ありがとうございます。
★伝統の加賀友禅作家の足袋ネコさんがお作りになる和服などは一層全体と部分の関係に厳密なデザインをされるのでしょうね。私たちの仕事は完成した後でも修正が出来ますが、染めはそう言うわけにはいきませんものね。

枯雑草さん、こんばんは。

★ありがとうございます。
★その土地の、あるいはその家の持ち味、伝統がなくなりつつある。ずっと昔から培ってきたバランスが崩れていきつつあるのに、そのアンバランスに私たちも慣れてしまっている。そのことが恐いですね。

artkazukoさん、こんばんは。

★ありがとうございます。
★全体と部分のバランスの崩壊、あらゆる所でそういう現状がみられます。まさに、地球規模のアンバランスがじょじょに大きくなりつつあると思います。個人にはなにも出来ませんが…。

わぁ~~ お気持ちわかります!
一度完成した絵は(実際はそうでなくても)綿密に考えて仕上げた物ですから
ほんの一部でも変えると雰囲気がおかしく感じます。
でも時間がない時は自分で無理やり納得させてやらなくてはなりません。
でも本当は絵をお求めになった方の気持ちが一番。
お孫さんの表情、とってもいいですね!

こんにちは。
なるほど、絵画における部分と全体の関係、分るような気がします。一つの主張に沿った全体の調和ということでしょうか。多くの有名な肖像画でも、その背景がいかに適確に選ばれているか、認識させられますね。翻って、世を見ると、日本全国(ひょっとすると世界中)同じ店が置かれ、同じ物や情報が供給されている。それが夫々の風土の中に飲み込まれるのではなく、逆に風土を飲み込んで行く現実。夫々の固有性とそれを守ってゆくための考え方の基がないということなのでしょうか。

こんにちわ。
木の葉の妖精のようですね。

お孫さんというのは、きっと妖精のようには、はかなく(すぐ大きくなる(笑い))いとおしいものなのでしょうね。

部分と全体・・・この調和が各所で崩れてきているような・・。
便利な生活を追い求めているうちに、地球を壊していますよね。
環境のよさがあってこその心地よい生活なのに・・・。
バランスを考えてこその便利さの追求が大切ですよね。

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