過剰

過剰

★展覧会用につくっているのですが、なかなかフィニッシュ出来ません。ここずっとかかりきりですが、まだ途中の段階で見ていただきます。意図は文明の過剰な発展への批判をパロディー風にイラストにしてみようと試みているのですが…。

★先日、高村光太郎氏が戦後、岩手県花巻で極貧生活時代を送っていたときの話をテレビでみました。既に彫刻家としても詩人としても高名であったにもかかわらず、戦争協力のために戦意鼓舞の詩を書いたことへの悔悟もあって、あえて極貧の生活を自らに課したそうです。そのときに書いた一編の詩が紹介されていました。私は「智恵子抄」をはじめ氏の詩集を数冊持っていますが、このときの詩は初めて知った氏の一遍でした。戦後、花巻の原野開拓に入った人々が辛苦の末に、見事に荒野を肥沃な畑に変えたことを賞賛する氏の一遍であると番組で言っていました。

★長い詩なので、全部をメモすることは出来ませんでしたが、その強烈な一節だけをここに。
  …前略
  開拓の精神が失せたとき 人類は腐り
  開拓の心を持ったとき 人類は生きる

  …後略
という一節です。
好奇心、チャレンジ、冒険、全ての人の生き方にも通ずる一節であることは言うまでもありません。

★が、でも、21世紀の今日にみる科学技術への過剰な開拓心を氏は予想したでしょうか?、まさか発達の末の地球環境の悪化を予想だにしなかったでしょう。
過剰な開拓心こそ人類を腐らせる、なんてことにならないように願いたいものです。

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コメント

足袋ネコさん、こんばんは。

★ありがとうございます。
★昔の貧乏時代が懐かしいのですが、かといってそこに戻る気持ちはさらさらありません。豊かな時代、便利な情報時代を満喫しつつも、このまま行っていいのだろうか、いったい未来はどうなるのだろうか、と、不安が心を過ぎります。

今はロボットが自動車を造り、食品を加工し、家の掃除もします。
その内に病人の介護もロボットがするようになるのでしょう。
犬のようなロボットもいるし・・・・
人間は何でも造れる能力を持っている代わりに
10年後、20年後を見据えてどう対処すれいいかを
考える能力はないのです。

枯雑草さん、こんばんは。

★ありがとうございます。
★それぞれ持つそれぞれの歴史がお互いに干渉しあって全体のバランスを保つ…、なるほどその通りですね。各個人にあってもお互いの異なりを認めながら生活しなければダメですものね。
★枯雑草さんの作品にも、自然を尊びながら、人の生活を送ることの大切さがよく伺えます。

Yukaさん、こんばんは。

★ありがとうございます。
★この絵、アイディアソースは毎朝出勤途上にあるJRと私鉄の遮断機です。グーグーと上下する遮断機を見ているとまるで生き物みたいで、いつか作品にしようと前から思っていたものですから…。これと、もう一つつくっています。またアップしようと思います。
★こうして皆さんと交流させていただけるのも技術革新社会のおかげですからね。

こんにちは。
玉さんのイラストと高村光太郎の詩の一節を見ながら、こんなことを思っていました。何方であったか・・歴史(あるいは時間軸と呼んでもよかろう)の認識について、次のようなことを言っておられた。支配者の歴史、地域人の歴史、先住民の歴史、侵入者の歴史、そして自然の歴史・・それらが独自の時間軸を形成しながらお互いに干渉しあっている世界、これがあるべき姿ではないか。それを一つの時間軸に統一しようとする誤り・・。限りない共感を覚えます。

こんにちは

これはキリギリスがモデルですか。部品が細かくて精巧にできてますね
玉さん、エンジニアであるんですね。。(^^)

エントリーを読んで、確か本棚に高村光太郎のその花巻の家の記事があったはず・・と探してみました。
ありました♪ものすごく質素で簡素な山荘で7年間独居自炊して過ごしたんですね(写真も載ってます)
その頁に「最低にして最高の道」という詩をみつけました、いい詩です。

今やネットと携帯電話は手放せません。
個人的にも技術の進歩で恩恵を受けていることはたくさんです。

artkazukoさん、こんばんは。

★ありがとうございます。
★‘管理下にある「野生」’、なるほどホントにそうですね。
★これだけあらゆる分野への機械文明や科学社会の開拓が進んでいるのなら、いっそのことそれをもっと進めて‘優しさ’‘勇気’‘思いやり’なんていう人の心を触発するようなメンタルマシーンなんて機械が出来ないものでしょうか。そんなマンガありませんでした?

たけちゃん、こんばんは。

★ありがとうございます。
★たけちゃんのおっしゃるとおりですね。機械文明も、科学社会も、なんだかんだ言っても、大いなる恩恵を受けているわけですし、一度その社会に入ったら後戻りは不可能だし、要はどこまでそれに追随していくかという各個人の構えの問題でしょうね。こういう社会だから人のつながりが希薄になると言うのは社会への責任転嫁でしょうね。時代のせいにするな!です。

boumamaさん、こんばんは。

★ありがとうございます。
★あの「手」、たしか日本文教出版の教科書の表紙になりました。私もあの「手」を忘れられません。鋭い表現なのにすごく生活感があって、感動しました。
★詩と彫刻という異分野の世界で、ともに歴史に名を残した高村光太郎という人に尊敬しきりです。
★奥さんの智恵子さんが病床でつくったといわれる‘切り絵’の画集もすごいですよ。

迫力のある作品ですね。

今日野生と言われるものでさえ、管理下にある「野生」なのだそうです。
地球上の自然の開拓や、ビジネスの開拓(金儲け主義)は、もうここらで開拓速度を大幅に緩めて、ヒトは心の開拓をもっと続けたほうが、いいと思うのですが。

nanbuyaさん、こんばんは。

★ありがとうございます。
★nanbuyaさんの故郷のお近くなので当時の高村氏のことお詳しいでしょうね。
★戦後、引き揚げ者約200万人、に加えて戦災による疎開、等々で全国いたるところが開拓地の対象になったそうですね。私の飛騨の故郷も今住んでいる町の周辺にも開拓地がありありました。

「手」

小学校に通ってる時分なので何十年前になるでしょうか。
教科書にこの高村 高太郎の彫刻「手」が掲載されていたのを見た時の衝撃は今でも忘れられません。
この時のショックが私の根っこだと思うこのごろ。

アナログとデジタルのいいところをうまく自分の中で取り入れながら、自然環境は昔ながらのまま・・・・と、そんなにうまくは行かないのかしらん?

おいらの つぶやきを玉はんに、、、

共に暮らす


自分のこんなとこは好き
自分のこんなとこが嫌い
あの人のこんなとこが好き
あの人のこんなとこは嫌い
いいとこも 嫌なとこがあってが人
嫌なとこは批判 拒絶だけでなく
語り合い 寄り添い 知恵で受け止めたらいい


メールのこんなとこは好き
メールのこんなとこが嫌い
携帯のこんなとこが好き
携帯のこんなとこは嫌い
便利なとこも 失うものもあってが機械
無機質を嘆くばかりじゃ進歩が無い
使い道を考え 教えたらいい 知恵で受け止めたらいい


人と 機械にも出会いがある
人と 機械にも前進がある
人と 機械にも愛着を感じたらいい
人と 機械にも魂を感じたらいい
人と 機械にも感謝を感じたらいい


そして人と 機械も仲よくすればいい
だって機械は人が創ったのだから、、、

ーーーーーーーーーー
哀愁薄き時代っす
玉はんのイラストで哀愁を 振りまいてくらはい。。。

開拓民の辛苦は想像を絶する者であったでしょう。
わが家も戦後、開拓民でありました。私は幼くその苦労は知りません。原野に一軒、少し離れて又一軒、そんな感じです。村には電気が来ていますが開拓部落は家々がばらばらに離れているので個人では電気を引くことはできません。やっと電気が来たのは私が中学2年の時でした。それまでは実生活でランプでした。そして切り開いた田畑は今住む者もなく元の原野に戻りました。

響さん、こんばんは。

★ありがとうございます。
★この‘進歩’どこまでいくのでしょうね。恐ろしくなります。
★この前の響さんのとこに載せられていた「多重人格ツール」ではありませんが、デジタル社会も楽しむ自分の中に、強いアナログの他人がいるというのが、過剰な科学社会の進展を受け止める側のせめての歯止めになるのでしょうか。

  開拓の精神が失せたとき 人類は腐り
  開拓の心を持ったとき 人類は生きる


シンシンと胸打つものがあります。
私も、チョコっとの不足・チョコっと不満くらいの時が
何か人の創造性を発揮できるような気がします。
主婦も月末に 傑作発明料理が生まれますしね~。

手塚治虫の『鉄腕アトム』いろんな意味で21世紀をよく描いている。
ボタンを押せば調理ロボットが食事を出し、運動は室内の運動器具で行う、宇宙ステーションのような暮らし。
よく見渡せばそれに近いことが実現してるんですよね。

私は アナログな世界がまた戻ってきて欲しい~。

スロウな生活を尊ぶ・自然生活派って人もいるんですヨ。
『ロハス』というそうです。

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