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ワッショイ ワッショイ

ワッショイ ワッショイ

◆多くの観光客を集める有名祭礼は別にして、昔は、小さなどこの町村でも地元の祭礼は結構大規模なものでした。私の郷里の祭りも、先頭に数頭の獅子が舞い、その後を笛、太鼓、鐘、の行列が続き、さらに少し遅れて、ワッショイワッショイのかけ声とともに四台の立派な御神輿が続いたものです。でも、そのお祭りに向けて、数ヶ月も前から夜遅くまで神社の社務所で笛太鼓の練習の音が聞こえていました。

◆地域に伝わる行事の伝承のためには、全てに優先して、それにあたるといった暗黙の了解があったように思います。しかし、時代が代わり、農林業が衰退し、若者のほとんどが勤め人になり、地域への価値観も代わり、お祭りの形も簡素化しました。かっての獅子頭や御神輿は神社の倉庫に眠ったままです。まあ、それは当然の変遷だろうと思います。

◆でも、現在、どこのお祭りでも、‘子どもみこし’が相変わらず盛んなのは嬉しい限りです。
御神輿に付き添っている子供会役員の元気のいいお母さんが『なにぃー!あんたち、もっと大きい声をだしゃー!』と叫びます。叱られた子どもたちは、大声で『ワッショイ!ワッショイ!』と出来る限りの声を張り上げます。そのお母さんは『よしよし、チャンと大きい声を出さんと、ご祝儀もらえへんでね!』と言います。
家々の前では、ご祝儀袋を手にした人々がニコニコしながら、子どもみこしを待っています。
伝統の祭りもいいけど、地域社会を実感する、こんな祭りの姿もいいと思うことしきりでした。

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コメント

枯雑草さん、こんばんは。

★ありがとうございます。
★そうですか、枯雑草さんが四国をはじめ地方を歩いていらっしゃって、旧い行事や生活などを見直そうとする動きを感じられることもあるのですね。実際に歩いていて気配を感じられる、ということが少しでもあれば、それはとても嬉しいことです。中部地区のどこかでも、若者が小さいときに聞いた祭り囃子を頼りに、その曲を復活させたというようなニュースが以前あったように記憶しています。小さな芽がポツッポツッと出て来ることを期待したいです。

オリオさん、こんばんは。

★ありがとうございます。
★自分の仕事、会社の仕事、生活の逼迫、等々はお祭りを楽しむという余裕を産み出さないのかもしれませんね。それに価値観も変わって来ていますし…。私自身が、私の両親が必死になってお祭りの準備をしていた様子を思い浮かべて、とてもあれほどの熱を入れないだろうと思います。さみしいことではありますが。

nanbuyasさん、こんばんは。

★ありがとうございます。
★6年に一度というサイクルもすごいですね。さまざまな様式やルールを6年間ジッと貯めておくというのが大変でしょうね。その期間の内にいろんな改善や見直しがあって、原型がなくなるなんてことはないのでしょうか。
★町の仕事っていうのはホントに大変ですね。退いたときの開放感はなにものにも例えようがありません。

こんばんは。
お祭り、ワッショイ、ワッショイ、いいですね。やっぱり全体と
しては廃れているんでしょうか。地方を歩いてみると、昭和40年代以降の、忘れられた日本人(宮本常一)への反省として、旧いものを見直す動きも感じるのですが・・。期待したいですね。

田舎時遊人さん、こんばんは。

★ありがとうございます。
★来年度は獅子舞の当番が当たられる由、大変ですね。私も幾つか町の仕事をやってきましたが、仕切る人、人任せの人、いろいろいて大変でした。でも、おっしゃるように、‘大変’以上に交流が深まったことが嬉しい結果でした。
★祭り囃子がすっかり途絶えてしまった町の若ものたちが、子どもの頃に聞いた囃子の記憶を頼りに、復活させたというニュースが此方の方でありましたが、なにか農耕民族のDNAを感じて、嬉しく思いました。

そうですよね、私の住んでいるところでも、年々お祭りが縮小してるような気がします。
これも、少子化のせいでしょうか?
でも、玉清さんの絵は活気が有っていいですね。(笑)

私のいる町会でも6年に一度、お祭りがあります。周りの町会と合同で。東京の下町では今でもお祭りは盛んです。有力者はほとんどは何代も続いた元農家。私も町会役員をやっていたので(今年辞めました)大変でした。

獅子笛

ご無沙汰しております。
我が村も、何とか獅子舞、御神輿が続いており、今年も御神輿かついで村中をまわりました。来年は獅子舞の当番が廻ってきます。そこで、獅子笛の練習をするのですが、紙に書いた楽譜のようなものは存在せず、代々記憶の範囲内で伝えてきたせいか、地区によってメロディーが多少違ったりしています。それはそれで、地区の味とでもいいましょうか、その地区の主が正しい言ったらそれが正しいのです。現在は、ビデオに撮ったりして練習しますから、そのようなことはありませんが、そういう時代のファジーな部分も大切にしたいですね!アナログとデジタルの違いみたいに・・・

私のようなIターン者には、祭りを通して、地域の方と親しくなれるというのも事実です。進んで参加することは大切だと感じます!

artkazukoさん、こんばんは。

★ありがとうございます。
★artkazukoさんのコメントを読んで、なるほどと思い、ネットをたどると、ありました‘ワッショイ’の語源を調べたブログが。そのブログに曰く『ある本によると‘和を背負う’と‘和一処’が重なったものとあるが、信用できない』と、私も信用できません。そんな文字のコジツケなら、どれだけでも出来ます。さらに曰く『‘ワッショイ’とはヘブライ語で‘主の救いが来る’の意味…』と、とうとうヘブライ語まで来てしまいました。

今年聞こえてきた、おみこしの掛け声は、とても奇妙なものでした。
とても不思議な言語でした。
掛け声は時代と共に変化するようですが、
いったい、誰が決めるのでしょう?
ワッショイ、ワッショイ、ソイヤ、ソイヤ・・
起源を探ったら面白そうですね。

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