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書斎暮色/切り絵

書斎暮色

★秋がいよいよ深まっていく。この時間のこの場所はついこの前まで熱射線のような陽光が西の窓から射し込んでいたのだが、今はもう夕陽が伊吹山あたりの山並みの向こうに落ちかけている。陽が落ちきってしまうと急に寒くなるのだが、この数十分間は適当な暖かみがまだ部屋に残っていて心地よい。

★この時間、じっとこうしていると、ただ気持ち良くて、忘れてはならないことも、忘れてもいいことも、全て忘れてしまう。そしてあくびを繰り返しながらついに睡魔に負ける。

★『食事ですよ!』と、下からの家内の声で目が覚める。外はすっかり暗く、部屋は初冬のような寒さになっている。『風邪ひいたかな…』と独り言をいいながら階段をおりる。

★そんな秋のひとときの光景を切り絵にしてみた。

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御嶽山

御嶽山

★私の故郷の山、御嶽山が大噴火をした。穏やかな初秋の登山を楽しんでいた人、頂上からの見晴るかす絶景に感動しながらお弁当を食べていた子どもたち。いきなりの噴火、その噴煙、噴石、ガスが頂上周辺の人々を襲った。報道によると50名以上の方々が亡くなり、二週間経った今も、まだ発見されていない方々が何人か山にいるという。
山に行く多く人は『もしかしたら自分は危険なことに遭遇するかもしれない…』と心の何処かで思いながらも『でも、自分は何事も無く無事に帰る!』と確信し、そのとおり無事に帰る。なのに、こんなに多くの方々が帰ることが出来なかった。
山で逝かれた方々の御霊が安らかでありますようにと、ただ祈ることしか出来ない。

★私の故郷は、御嶽山の岐阜県側からの登山口がある小さな町だ。子どもの頃、村の吊り橋を渡って、少し坂を登ると御嶽山麓の国有林から材木を切り出すために敷設されたトロッコ線路が通っていて、線路に沿って500メートル程上流に行くと、幾重に重なる山並みの最深に霊峰御嶽山がいつも見えた。夏は薄紫に美しく、冬は白く光っていた。私たちの誇りの山、憧れの山だった。

★最初に登ったのは中学2年生の夏だ。当時は6合目までの車道が開通していなかったので、麓から歩いて2泊3日の御嶽登山だった。今思えば、御嶽山への道も地理も詳しく知らない中学2年生3人だけの登山をよく親が許可してくれたと思う。
やがて6合目の濁河温泉までの車道が開通し、以来、幾度も御嶽山に登った。そしてそのたびに御嶽山への憧れが大きく膨らんでいった。原生林を抜け、低木地帯を過ぎ、這い松の道を登ると御嶽山飛騨頂上に着く、そこから各峰々を行く。
御嶽山の空気も、風も、辿る苦しみも、汗も、全てが私の人生を創る重要な要素になった。

★先回の噴火も今回も、幸いにも岐阜県側への影響は少なかった。山は遠からず治まり来夏はまた静かな美しい姿に戻るとを信じている。今の私には6合目から頂上を目指す体力は多分もう無い。だから、先日、せめて何時も登っている近くの権現山頂上から遙か東方に浮かぶ御嶽山に祈った。



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