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伊勢・志摩を行く

伊勢・志摩を行く

★先週、仕事の合間を見つけて東京から帰ってきた二男が今秋も私たちを恒例の二泊三日の旅行に連れて行ってくれた。近場の温泉でユックリ海の幸を腹一杯食べたいという私たちの希望で、隣の三重県の海を訪れた。一泊目は鳥羽、二泊目は浜島。三日間の殆ど海辺を走り、海を眺めて、海の幸を食いまくった。
鳥羽、伊勢、志摩一帯はそんなに遠くなく、海のない私たちの県からは割と手軽に訪れることが出来る。私も過去、学生時代の写生や職場の一泊旅行で何回か訪れたことがあるが、いずれの時も観光地をスポット的に観て、あとは夜の宴会といった思い出しかない。だから、今回のように三日間で一帯をユックリ見回る旅行もなかなか良い。

★おかげで、伊勢神宮では、外宮を参拝してから、グルッと山を回って内宮を参拝するという正式参拝を初めて体験させてもらった。以前、内宮のお社の中でお祓いをいただけるチャンスが当たったということで仲間たちと参拝したとき、私はジーンズを履いていて、その上ノーネクタイだったものだから、私だけが社の中に入れてもらえ
ず、境内との境の竹囲いの中で檻の中のサルのように一人恥ずかしかったことを思い出し、その時の無礼を詫びながら参拝した。

★浜島の外海の海岸でも珍しい生活風景を観た。台風が近づき大潮の高い波のときしか出来ないそうだが、荒波が砂浜に打ち上げた海藻(昆布?ワカメ?)を鈎の付いた竿で拾い集める老夫婦がいた。『波に巻き込まれるなよ!』と言う私たちの心配を余所に寄せ波引き並みのタイミングに合わせて見事に波打ち際を走る老夫婦だった。
台風の余波がもたらす思わぬ海の恵み海藻は、近くに止めた軽トラックの荷台いっぱいになっていた。

★懐かしい懐かしい大王崎に寄ることにした。何十年前のことだが、大王崎突端にある波切地区は東海地区の美術大学や美術系の学部、美術系の科に学ぶ画学生たちのスケッチのメッカのようなところだった。灯台、海、波、島々、魚市場、漁船、漁村、段々の崖に建つ民家、人々の活気の表情、私たちは民家に泊めてもらって一日中海辺で画架に向かったものだ。が、全く往時の面影は感じられなかった。家並みが今風になり、当時のガタガタ海岸道路が綺麗になったことは当然だが、街並みも海岸もシーンとしていて風が冷たかったし、海の街のにおいがしなかった。堤防突端の白い灯台が寂しかった。漁業の低迷は全国どこの海辺の街でも同じだ。
街を後にするときに気づいたのだが、街の入り口に【絵かきの街】と書かれたアーチ看板がかかっているのを見た、往時を知る私は若干むなしくも感じた。

★帰途、松阪城趾を観た後、松阪牛の老舗「牛銀」でスキ焼きに舌鼓を打った。よくテレビでも紹介されている有名な店だが、私たち夫婦ではとても訪れることはない。二男にお任せの旅だから上がることができる座敷だ。さすが松阪牛!、うまい!。

この三日間、今年も二男には散財させた。私たちは「あそこが観たい」「あれが食べたい」「あれが欲しい」と言うだけだ。さしずめ、二男にたかるハイエナといったところか。東京に帰り際の二男に『来年は、萩、津和野、お願いね。』と家内が言っていた。まだまだ、ハイエナぶりは続く。

しばらくさぼっていました。


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