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能登半島最北端 「禄剛埼灯台」

能登半島最北端 「禄剛灯台」

★東京にいる二男が今年もまた恒例の秋ドライブ旅行に私たちを連れて行ってくれるということで、先週はじめに帰省してくれました。

★ところで、殆どの人がそうだと思いますが、職場や仲間とのチョイ旅行は随分何回も重ねました。本州で一応名が知れている所は多分全て行ったように思います。ときにはそこのお土産物産を買ってきて家に帰ると、同じものが既に棚にあって『アッ、ここは以前行ったことがあったなぁ!』と、後で気づくこともよくあります。職場や仲間とのバス団体旅行というのは場所を変えて飲みに行くだけで、ちっとも印象に残っていない私です。

★そこで今回は、能登半島の海岸線をたどる一周旅行を二男にリクエストしました。
先ず、山国岐阜を出発して、富山県の高岡市の海岸に突き当たって、氷見の海岸線を走り、石川県に入って和倉温泉、能登島に渡ってから、また半島の東海岸を北上して、最北端の禄剛埼灯台を見て、今度は半島西海岸を南下して塩田、千枚田、輪島。そして金沢に、最後は家内の養母が眠っている福井の永平寺で回向をして帰ってきました。
地図上ではチョコンとした能登半島ですが、入り組んだ海岸線の道を行ったのでかなりの距離と時間を要しました。こういう長旅のドライブは若いもんにしか出来ません。
おかげで私と家内は日本海の海岸のさまざまな風景や漁港や漁村の味わい深い光景をじっくり見て、夜は彼方此方のある能登半島独特の塩っからい温泉でゆっくり休みました。

★半島の東側と西側とでは、海岸の風景や地形も、そこにある海の幸も、そこに成り立っている産業も、全く異なっていることを実感として見ることができて少々賢くなったような気がしたです。
また、禄剛埼灯台のある狼煙町の食堂に【韓国釜山まで7000キロ】と書かれたポスターがあり、いま北端の町に居るという何ともいえない感慨がこみ上げてきました。
二男にさんざん我がままを言いながら散財させて、ちょっと普段では味わえない良い旅でした。

★旅行後、二男は家に一晩いただけで土曜日の夜、東京に帰りました。小規模な会社をやっているのですが忙しくて大変なようです。私たち夫婦は旅の楽しさに漬かっていて、彼が忙中の合間をみて、わざわざ旅行のために帰省してくれたことをスッカリ忘れていました。

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真空管ラジオレコードプレーヤー

真空管ラジオレコードプレーヤー

★真空管ラジオレコードプレーヤーだ。
家内の養母が生前大事にしていた持ち物だったそうだ。それも養母がまだ独身時代から愛用していたというから、おそらく、昭和20年代頃の製品ではないかと思う。引っ越しや改築のときの整理や処分を逃れて、いま私のアトリエの棚の上にインティリアとして鎮座している。

★十年程前のことだが『壊れたという記憶がないので、もしかしたら、まだ聞こえるかもしれないね。』と家内がいうので『まさか!』と思いながら電源を入れると、ちゃんとアナウンサーの声が聞こえてきた。多分いまでも聞こえるのではないかと思うが、棚の上からコードがとどかないのでその後はこの真空管ラジオの音を聞いたことはない。
真空管さえまだ切れていなければ、電器屋の連れにチョッと内部のサビと取って貰ったりして修理をして、この骨董ラジオを聞きながら仕事をするのもオツなものだと思ったりもしている。

★ところで、私は骨董の趣味はあまりないのだが、私の仲間にはけっこう骨董に凝っている人がいる。中には目玉が飛び出るような値段の古い時代の碁盤碁石を買ってしまい、いまだに奥さんには『うん、ビックリするほど安価で手にはいったよ。』と、シラを切り通している先輩もいたりして面白い。
テレビの「何でも鑑定団」などを見ていると、とんだ偽物をつかまされてガッカリする御仁もいるが、古い茶碗や掛け軸などを大事に大事に愛おしんでいる人たちの気持ちは十分わかる。
もしかしたら、こういう人々も伝統文化の維持・保存・継承の大切な一翼を担っているのだろう。

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郷愁

郷愁

★秋の個展が近づいてきたのに、なかなか作品が描き貯まりません。このイラスト作品も結構前からイメージしていたものを一つの光景に象徴化しようとしたのですが、思うようにはいかないものですね。

★まあ、それはともかく、この作品とは無関係ですが、先日、先輩がやっている「木曽川紀行展」という個展を見に行ってきました。私たちの地方には揖斐川、長良川、木曽川という三つの大きな川が県内を南北に縦断していて、最後はその三川が一つになって大きな河口をつくり伊勢湾に注いでいます。
私たちの県の大半が急峻な山々だものですから、無数の川や沢が三川に流れ込んでいます。流域には川と山の恩恵を受けながら形成されてきた町や村が点在し、自然と人の美しい風景が、まだ彼方此方で見られるのですが、一方で過疎化や限界集落が猛スピードで増え続けていることも現実です。

★3・11の取り返しのつかない科学技術の暴走を見て、自然の恩恵に頼って生きていた遠い日の生活に少しでも立ち戻ってみる試みをしようと思うことしきりです。

先輩の作品のなかに、私が育った飛騨の小さな町の流域風景も二点掛けられていて、遠い日への郷愁を禁じえなかったのです。

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