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「チョッと喫茶店バッグ」を作った

「チョッと喫茶店バッグ」を作った

★久しぶりに革細工道具箱を引っ張り出してきて新作を作った。
以前にも手作りの通勤カバン類やスケッチブック用のショルダーバッグをアップして見ていただいたが、今回は私の日常の必要に駆られて作った小ぶりのバッグだ。チョッと外出して喫茶店で友人と会ったり、展覧会を見に行ったりする小用でも、持ち歩く小物類は結構多い。私の場合だと、財布・手帳・携帯・筆記用具・ハンカチ・テッシュー・タバコ・ライター、時にはデジカメ、等々が小さい手提げバッグやポケットに分散して押し込まれている。だから、何かを取り出そうとしても、あっちこっちのポケットや手提げをかき回して、『どこに入れたかな?…』と焦ることがしょっちゅうだった。

★てなわけで、こんな‘チョッとお出かけ喫茶店バッグ’を作ってみた。小物がバラバラにならないように三つの個別ポケットと側面にチケット入れの小さなポケットを付けた。
周囲を巻く革紐は同じ色のが売っていたのでよかったが、縫い糸は同色が無かったので白いタコ糸を買ってきて茶色に染めた。
今回はわりと丁寧に型紙をとり、制作手順をしっかり決めて取りかかったので、まぁまぁの仕上がりだ。

★ここ数週間、夜中にコンコン、コンコンと革に穴をあける音がご近所迷惑だったかもしれないし、まだ夏だが「秋深き となりは何をする人ぞ」と芭蕉の心境にさせてしまったかもしれない。お許しあれ。


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ちっとも変わらない声とキャラ

ちっとも変わらない声とキャラ

★少し前の人ならご存じでしょうが、かの美川憲一さんのヒット曲に「柳ヶ瀬ブルース」がありました。当時は全国に名を馳せた岐阜の歓楽街「柳ヶ瀬」です。私も若い頃はこのネオン通りを徘徊したものです。
その「柳ヶ瀬」の中華料理店に、昔の若い仲間たち40人ほどが集まり宴会をするということで招かれました。
狭いアーケード街を通り、昔と少しも変わらない佇まいのその中華料理店を懐かしく思いながらドアを開けると、そこにはさらに懐かしい面々が待ち受けてくれていました。

★昔の若い仲間といっても、今年50の峠を越えた彼と彼女たちです。毛フサフサ、ゴマ塩、バーコード、外見は昔と変わらないとは言えませんが、この厳しい時代と果敢に戦っている最前線の彼らとそれを支える彼女たちです。

でも、10代のあの時と少しも変わらないのは彼らの声とキャラです。

『ずっと前から、この会を楽しみにしていて、そのためのお洋服も、お化粧も決めていたのに、すっかり明日の4時開催と思い込んでいて、家でくつろいでいたら、さっき電話が入り、慌てて走って来たの。だから、ゴメンナサイ、お洋服もお化粧も、普段のままで。』
と、挨拶するA子さん。あの頃もオチャメで明るく人気者でした。

『一生独身と固く決めていたのですが、数年前に年頃の娘を持つシングル婦人と恋愛結婚をして、その娘が結婚して出産したものですから、一気に、独身から孫を持つ身となりました。』
と、挨拶するBくん。あの頃も、ヌーボーとして穏やかな男でしたが、ときどきアッと驚く側面をみせる男でした。

★ともあれ、終始笑いの絶えない最高の宴でした。
私は所用があり、少し早めに退席しましたが、「柳ヶ瀬ブルース」を口ずさみながら、アーケード街を後にしたのです。

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夏、8月…

夏、8月…

★以前のスケッチです。久しく奈良に行っていないので今の状況は分かりませんが、この二月堂周辺の風景はあまり変わっていないと思います。冬の二月には修二会で賑わうこの辺りも、炎天の夏は人も少なく、メインの東大寺から少々離れたところにあるために、ただ深緑の中でジッとしていた当時の風景でした。

途中で幾度かの再建事業があったものの、1000年を越える歴史がうかがえる古都が現存していることは、我々の誇りでもあります。

★でも、一方で、我が国は全国の各地で、数え切れない多くの命と膨大な文化遺産を戦災で失いました。私の住む町も基地が在ったために、昭和20年6月~7月に3度の大空襲に遭い焼け野原と化しました。
そして今年もヒロシマの日が過ぎ、ナガサキの日が来て、終戦の夏を迎えます。

★先日、新聞コラム欄の次の一節を読んで考えさせられました。
ある投稿句だそうです。
『 ヒロシマは夏の季語か 』 と問うサラに 冬には詠まむ我を恥じたり
日本文化を研究しているサラという名のフランス人の素朴な問いに、作者はハッとしたそうです。
そういえば私たちは ヒロシマ、ナガサキ、戦災、終戦、の辛苦の過去を思い起こすのは夏のこの時期だけです。
この時期にだけ、せっせと戦争のことを取り上げる風潮を皮肉って「戦争ジャーナリズム」という言葉もあるそうです。

★べつに昭和史の負の部分にもっとスポットを当てた教育をとか、先の大戦忘れまじとか、叫ぶつもりは毛頭ありませんが、その時々の歴史の事実をジッと見つめてきた奈良の風景のように、私たちもその事実はジッと心に留めておきたいものです。そんなに昔のことではないのだし…。

ポチッ!

今年の夏

今年の夏

★昨日、「暑中お見舞い」のハガキを投函した。
が、今年の夏は、今のところ昨年の夏とは様子が違う。昼はムシムシとして結構暑いが、夕方になるとザアーと雨がきて、過ごしやすい夜になる。おかげでクーラー要らず、せいぜい扇風機をときどき回すぐらいだ。
子どもの頃の夏休み、川で泳いで、その帰り道に夕立に遭って、夕立が通り過ぎると涼しい風が吹いていた。そんな遠い昔を思い起こさせるような、気持ちの良い爽やかな今のところの今年の夏である。

★先日、スーパーに買い物に行ったとき、いつもの何人かが今年の夏の天候を話題に井戸端会議をしていた。
『今年の夏は異常気象ね。』 『夏はもっと暑くなきゃ!。』 『なんか、天変地異が起こる前兆じゃないだろうね。』 等々。
(アンタら、去年ように暑けりゃ暑いで異常気象と言うし、今年のように暑くなくても異常気象と言うし、ちょうどいい夏ってどんな夏じゃ?。)と、心の中で言いながらオバちゃんたちの前を通り過ぎた。

★現存している気象の記録を見ても、干ばつに苦しんだ暑い夏、冷夏がもたらした作物被害、そんな異常気象の記録はイッパイある。私たちの生活にさまざまなリスクを与えもするが、それが自然界だと思うしかない。
もっとデカイ地球の歴史を長いスパンで見れば、我々の大地大気は温暖化と寒冷化の周期の繰り返しだと聞く。

★CO2→温暖化→異常気象、さらにそれらが暗い世相と結びついて、いっそう不安を煽るような話題はゴメンだ。
私たちの地球は全ての負を浄化し、いずれ平穏を取り戻してくれるスゴイ星だと信じている。
願うことなら、三陸の放射能汚染を浄化してくれまいか…。

★アッ、そうそう、そういえば昨年になかった異常が今年の夏にあった。
アオカナブンの大量発生だ。こいつ、かなりの悪漢で私が春以来、種から育てたアスターがようやく花を付け始めたのに、葉を食い荒らし始めた。毎朝夕、アースジェットを吹き付けて戦ったが、効果抜群でアスターの根元にはこいつらの死骸がゴロゴロ転がっている。おかげでここ半月の間にアースジェットを2缶使い切ってしまった。
自然界の営みと言えども、こいつらだけには寛容になれない私だ。

このままの気候で秋まで行ってくれ!

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