富士山

富士山

★「二人展」が終わって、気分的にも少々楽になったので、先週の24~25日、一泊二日の旅行に行ってきた。
地元の仲間たちと伊豆・箱根方面への旅だ。

★私の地方からの一泊旅行では、北陸方面や伊豆箱根方面は定番のコースで、私も何回か訪れている。湯河原温泉も馴染みのところだが、今回の山手の奥湯河原温泉は初めてだった。
ちょうど紅葉が最盛期で、ホテルの従業員も訪れていた観光客も『今年はホントに紅葉が美しい!』と感動していたが、私の郷里である飛騨の紅葉の美しさに比べれば比較にならない。鮮やかさも赤色や黄色の彩度がかなり鈍いし、ちょっと言い過ぎかもしれないが、山を覆う色のバランスも飛騨地方のそれと比べれば落ちる。

★しかし、ここに来なければ見ることが出来ない富士山という珠玉の風景がある。
幸運なことに、つい三日前に大きく冠雪した富士山の姿に会えた。夕日に映えるやや赤みがかった富士、青空にそそりたつ富士、何度見ても、何回訪れても、その存在感には誰もが息をのむ。
自分の存在がいかに小さいか、自分の抱いている悩みや怒りがいかに取るに足らない小さなものかを強烈に感じさせる富士の山である。

★富士山、学生の頃、友人と二人で登ったことがあるが、結構きつく苦しかった。遠くから眺める端麗さとは、およそほど遠い厳しい山だった記憶がある。でも、それも何だか厳優を包括してそそりたっているようでカッコイイ。

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二人展終わる/45年ぶりの出会い

二人展終わる/45年ぶりの出会い

★昨日まで、隣町の関市で陶芸に取り組んでいる先輩とグラフィックデザインの私との「二人展」を一週間やっていました。これで今年の個人的な展示は全て終わり、ホッとしているところです。

★前にも書きましたが、このギャラリー、ビル街によくあるお高く留まったギャラリーとはちょっと趣を異にしていて、商店街の中にあるものですから、奥さん方が夕げに支度の買い物帰りに買い物袋を下げたままついでに立ち寄ったり、ウォーキング途中のお年寄りが覗いてくれたり、時には、お茶とお菓子だけをつまんでサッサと出ていくオッさんもいます。それほど敷居が低くて街の人たちに馴染んでいるギャラリーなのです。
毎年やっているものですから、街の人たちはほとんど顔見知りです。そんなギャラリーの魅力に惹かれて、10年間も続けて来ました。

★今回も街の人たちだけではなく、遠方からも多くの方々に観に来ていただきました。
いつも思うのですが、人それぞれに自分の時間があり、自分のためにその時間を使っているのですが、その貴重な時間を割いて、わざわざ私たちの作品を観に来ていただくことは感謝以外の何ものでもありません。

★今回、最も嬉しかったのは、飛騨高山に居る知人と45年ぶりに会えたことです。お嬢さんとお母さんと一緒に親子三人で訪れてくれました。ほぼ半世紀ぶりの出会いですから、見かけにはお互いに隔世の感があるのは当然ですが、遠い昔に引き戻してくれるのは声です。声というのは年を経ても本質的には変わらないものなのですね。
出会った人々の声が頭の中の何処かにインプットされていて、例え年月を経ても、その声の引き出しから当時のあれこれを思い出させてくれるのでしょう。

★絵を描き続けていたからこそ、さまざまな人に出会えるし、一方で新たな出会いを広げることが出来る。
特に私のような人見知りの激しい男は、絵が孤独を救ってくれていると思うことしきりです。
そんなことを思いながら、「二人展」を終えたのです。

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「城崎にて」に行ってきた

「城崎にて」に行ってきた

★今秋も東京にいる次男が恒例の『何処か2泊3日の旅行に連れて行ってやるから』ということで、休暇を取って来てくれた。
家内は2回ほど行ったことがあるが、私はまだ行ったことがなく一度行ってみたい温泉地がある。城崎温泉だ。
現役時代は職場や職場のセクションごとの旅行が毎年あったり、友人とドライブしたりして、本州のほとんどの温泉地は行っているのだが、なぜか城崎温泉だけは行ったことがなかった。
学生の頃に読んだ、志賀直哉の短編「城崎にて」はずっと印象に残っていたし、私なりに城崎のイメージも描いていた。
そこで、今回はそこに連れて行ってもらうことにした。

★高速名神から新名神に乗って、神戸から舞鶴若狭自動車道を北上し、春日JCTで降りて、出石、豊岡、を経て城崎温泉に着いたが、家からほぼ350キロのだった。乗っている私たちは快適なドライブだったが、運転の次男は前日の東京からの家に帰って来た距離を併せて800キロほどになるから大変だっただろう。

★さて、その城崎温泉、街も宿も、なかなか良い。少し昔の街並みに昭和初期の空気が漂っていて、志賀直哉の短編「城崎にて」に描かれている雰囲気がまだそのままある。小説に出てくる主人公がケガの治療で数ヶ月逗留して見た城崎のさまざまを私もいま見ているのだ、と思いながら川の両岸を散策した。

★が、食事、日本海はいまカニの最盛期、城崎でも、次の日の由良浜でも、朝夕食ともカニのテンコ盛りだった。『こうも食えるか!』と言うほどカニが並ぶ。でもせっかくなので食べまくった。おかげで当分はカニを見ただけで吐きそうだ。

★帰りは、丹後半島を横切って由良浜に泊まり、舞鶴から小浜を経て北陸道で帰ってきたが、水平線に立つ虹を見たり、北朝鮮か何処からか流れ着いた貝殻の付着したブイを拾ってきたり、実に楽しい全長750キロの3日間だった。

★次男は、仕事が忙しくすぐ東京に帰り、私は明後日から二人展を始める。
『さぁて、ちょっと遊んだので次男に負けないように頑張るか!』

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木枯らし一号

木枯らし一号

★ちょっと前、11月1日の夕方から夜にかけてだったと思いますが、この辺りにも「木枯らし一号」が吹き荒れました。聞くところによれば、気象台が木枯らし一号を広報するのは関東地方と近畿地方だけだそうですが、ちょっと早いかな?、とは思うものの東海地方ではきっとアレがそれだったと思います。

★その日、部屋の窓から、近くのスーパーの駐車場が見えるのですが、車を降りて夕食の買い物に行く若い夫婦が思いもよらない強風にビックリしながら店に向かっていました。
私は毎年、木枯らし一号を実感するわけではありませんが、私の感覚では、この冷たい北風が吹くとすぐに冬に突入というわけではありません。この風の後、しばらく穏やかな小春日和が続き、12月に入ってから本格的な寒風が吹きはじめます。
木枯らし一号はいわば「さぁ、冬の準備は出来てるか?」という予告の北風です。でも、今年は、あわててコタツを出したり、ストーブの灯油を買ってきたりと、その準備に戸惑うほどのアッという間の季節の移ろいでした。

★私どもの美濃路に木枯らしが吹き始めると、銀杏並木が一気に黄色に輝き、やがて伊吹山に初冠雪がみられるはずです。
いつものウォーキングのコースも、夏とちっとも変わらない排気ガスの道路なのに、晩秋の道路は何となく清々しく感じるから不思議です。
夏には暑さに喘ぎ、短い秋を過ぎると、今度は「今年の冬はいつまで経っても暖かくならないなぁ。」と、ぼやく自分が見えています。

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