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孫の運動会に行って/ビーチパラソルの渦

孫の運動会に行って

★早いものです。孫がもう小学校2年生です。先日、運動会に行って来ました。
昨年は急がしくて、ちょっと顔を出したでけて帰ったので、今年はゆっくり観てきましたが、その観客の状況に驚きました。観覧風景の雰囲気は少し昔とは隔世の感があります。

★殆どの家庭は、野外キャンプで使用するパラソル付テーブル持参です。木陰に置いたパラソルのもとで、親、ジジババ、親戚、がそこに腰掛けてゆったりとおしゃべりです。

★親はカメラを抱えて子どもの出場する競技を撮ろうと走り回っていますが、ジジババたちは初秋の風を受けながら物見遊山の気分です。近くのテーブルに知り合いが居ようものなら、ジジィたちは、釣りの話から、土地の値段の話、今年の収穫の話、更にそこに居ないヤツの噂、などなどへと楽しい会話は飛びまくります。
孫の運動会に来ているのだということさえ忘れて、まさに野外サロンです。
昔はトラックの周りの指定場所にシートを敷いて応援したものですが、炎天下での応援に体調を崩す親やジジババも居ました。その点、最近の運動会は素晴らしい!

★昼食時間には、親が昨夜遅くまでかけてつくってくれたお弁当を囲んで、一族郎党がやっと一つになります。
孫の競技を観ていても観ていなくても『○○ちゃん頑張ったね~!』『リズムお遊戯、うまかったよ!』と、みんなで言いながら運動会本来の会話が弾みます。

★運動会が終わって、帰宅すると孫から電話が入ります。『運動会に来てくれてありがとう!』と。ジジィはこの電話を聞いて不真面目な観客だったことを反省するのです。

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時代考証?

時代考証?

★二科展への作品も終わったし、若干涼しくなったので、先輩と関市で行う「二人展」の準備もしなくてはと思うのですが、暑いという理由で怠けに怠けた生活はなかなか元に戻りません。
紙を前にしていろんな落書きをしながら、何か出来ないかと鉛筆を走らせている途中で、フッと人物イラストの形が出来そうだったので、早速、その落書きをスキャナで撮って、イラストレーターに敷いて少し丁寧に描いてみました。べつにテーマも、思うところも、何もない落書きの延長の人のイラストです。

★人物イラストは和洋にかかわらず、衣服も髪型も身に付けているものも、勝手に好きなように作っていけるので、描き始めたら楽しいものです。
でも、時代考証の専門家たちにかかると大変なことになります。
以下、このイラストとは関係のない話です。

★ずっと以前のことですが、ある町の文化課が発刊している機関紙のイラストを描いたときのことです。確か、鎌倉か室町時代の出来事の文章に添える挿絵でした。主たるイラストがあって、その背景に数人の人物を描いたのですが、その一人の人物について、文化課にいる歴史専門の学芸員が『玉さん、この人の髪型は変ですよ、この時代には、こんな髪型はありませんから。』と言いました。『アッ、そう。』と言って、彼の言うとおりに修正したのですが、私には、どうもその髪型に関するカチカチの歴史解釈が解せなかったことを覚えています。

★そもそも歴史解釈というのは多くの現存している資料や文献を重ね合わせて客観的事実として定着していくことは重々承知していますが、庶民風俗の生活の細々に渡るまで「その時代はこういうものだった」と言い切れるのだろうかと、いつも思うのです。
ましてや庶民の髪型なんかは、いつの時代でも、めんどくさい男やだらしのない男はボウボウにしていただろうし、几帳面なヤツはキチッと切っていただろうし、頭にデキモノの出来たヤツは剃って養生していただろうし、中には編み込みをきめるオシャレな男もいたかもしれません。
下々の庶民は貧しいなかでも精一杯自由を謳歌していたのではと、思いたいのです。

でも、その髪型を指摘した専門家さんは、私のようないい加減な者とは違って、学問に忠実な人だったことは確かですけど…。

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二科展/受賞

二科展/受賞

★先日、東京六本木の「国立新美術館」に行ってきました。
先般、見ていただいた2点のうちプロペラの付いた得体の知れない飛行物体を描いた作品の方が、二科デザイン部で今年も「奨励賞」をいただきましたので、その表彰式に行ってきたのです。ともあれ作品を認めていただくということは嬉しい限りですし、併せて、これからも作り続けて行こうという意欲もいただきました。

★この「国立新美術館」、黒川紀章氏の設計になるもので2007年に完成したのですが、巨大で前衛的な外観と内部の展示空間の広大さに驚きます。
つい最近までは、上野といえば美術のメッカで、作家たちの憧れの地でした。私も若い日、上京したときは上野の森の空気をいっぱい吸って岐阜に帰ったものです。しかし、時代は変わり、いまや全国公募展の多くは、手狭な上野の美術館から、この国立新美術館に会場を移しているのです。

★で、表彰式後のパーティーで、乾いたノドにいっぱいビールをいただいて、『ウーン、やっぱり帰りに上野の森美術館に寄っていこう…』と思い、上野駅に降りたのですが、なにしろこの猛暑が体内のアルコールを沸騰させてフラフラでした。結局、駅近くの喫茶店に飛び込んで、ゆっくり酔いを覚ましてから、アメ横をブラブラし、買わなくてもいいようなガラクタを買って帰途についたのです。
でも、何か、こういうどうしようもない行動って、昔もあったなぁ~、と懐かしくも感じる東京行きでした。

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