近隣ケア/お誕生日ハガキ

近隣ケア/お誕生日ハガキ

★いつもながらの書き出しですが、暑い!、いつまで続くのでしょうか。
毎年、8月の終わりに名古屋で行われているあるイベントがあります。今年もその案内状が届きました。冒頭挨拶文にあった主催者の一行目です、『猛暑もやわらぎ、幾分しのぎやすい時節となりました。~後略~』と…。
この一行を見て我が家は大笑いでした。35℃以上が連日続いているのに、この文章はないだろうと。
案内状を受けたみんなが同じことを思ったのではないでしょうか。

★多分、この挨拶文を書いた人、例年の文例に倣ってずいぶん以前に書いていたのでしょうが、今夏の場合は、そうは問屋が卸さなかったのです。事程作用に、過去の文例や時候の挨拶文など、いわゆる形式的なことばかりを気にし過ぎていると、それが通用しない今年のような夏もあるのですね。

★話が飛びますが、どこの自治会組織にも「近隣ケアグループ」というのが設置されています。地域のお年寄りを地域のみんなで見守り支えていこうという思いをリードしていく係です。私の町内では75歳以上の方々が近隣ケアの対象で十数人お見えです。
近隣ケアグループの活動は、当該の方々のお宅訪問、当該の方々へのお弁当のづくり、プレゼント配布、お手紙やお葉書、等々、町内によってさまざまです。
私の町内でもいろいろやっているのですが、その一つにお誕生日お祝いハガキというのがあります。

★今年から家内が、その近隣ケアグループ長の役を仰せつかりました。『ただ、文字だけでお誕生日おめでとう書くのでは形式的すぎるので、受け取ったお年寄りがニコッとするようなハガキにしたいのだけれど…』というので、二人で相談の結果、それぞれの方々のお誕生日の月に合わせたイラストを添えることにしました。とりあえず9月分までは済みました。

★ハガキ作戦も形式的と言えば形式的ですが、せめてお年寄りが一瞬でもニコッとするようなハガキという家内の思いは、間違っていないと思ったのです。
が、一年が済んで、また来年には今年と同じものを使うわけにもいきませんので、一から作り直しです。ちょっと悩みの種です。

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キャラクター

キャラクター

★ずっと以前にも紹介したことがありましたが、私の写真家の友人、綾部晋太郎(PN)氏が撮ってきた八ヶ岳の雄姿です。
この作品からそよいでくる高原の風で、せめてもの暑気払いをしていただきましょう。

★東海地方は、昼夜を問わず、まさに地獄の釜の底にいるような毎日です。それなのに、この三日ほど前から庭から虫の声が聞こえて来るではありませんか、私は『虫がいい音色で鳴き始めるのは、猛暑が治まり、涼風が吹き始めて、彼らにとっても心地よい季節が到来したからだ。』と思っていたのですが、大きな間違いでした。彼奴らは猛暑であろうが、酷暑であろうが、時期がきたら勝手に鳴き始めるのです。ちょっと私が抱いていた初秋の風物詩が狂いました。彼奴らに何の責任もありませんが…。

★さて、同じ「あつい」でも、こっちは「熱い」の方ですが、私たちの同窓会でちょっと熱い動きがありました。私たちの母校では美術学科を卒業していくものは毎年多くて20名そこそこしかいないのですが、その同窓生が今年でほぼ900名になったのです。最高齢は80歳を越えます。その仲間たちがお互いにどんな活動をしているかを交流することで、刺激し合い、自らの活動に繋げようということになり、その手段として同窓会のブログを立ち上げることになったのです。

★私が管理人になって、この6月にウェブに載せました。あちこちで開催している会員の個展やグループ展を取材したり、会員の出版物を紹介したりと、情報集めには苦労していますが、900名の熱い思いを背に奮闘しています。

★そのブログの写真や作品の片隅に、小さくポンっと添えるキャラクターを作りました。
スケッチブックを片手に抱えて『何処か絵になる所はないか…』と歩いているお絵かき坊やです。どこかでスケッチをしているこの子を見かけたら、声をかけてやってください。

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『無言館』という美術館/終戦の日を前にして

『無言館』という美術館/終戦の日を前にして

★今年はとりわけ猛暑の夏です。暑い日射が容赦ありません。
我々にとって忘れてはならない8月に入りました。あの8月6日が過ぎ、あの8月7日を明後日にひかえ、そしてまもまく終戦の日を迎えます。

★長野県上田市に『無言館』という美術館があることをご存じでしょうか。作家水上勉氏のご子息である窪島誠一郎氏が館長を務めるこの美術館は戦没画学生の慰霊美術館です。氏を中心にして全国の戦没画学生のご遺族を訪ね、残されている作品や遺品を収集してここに展示しているのです。息子の作品を大切に保存されているご家庭もあれば、世代が代わってその処分に迷っているご家庭、あるいは処分できずにキャンバスを枠から外して描かれたキャンバス地だけを丸めて物置に保存しておかれたご家庭もあったと聞きます。氏たちの収集のご苦労と熱意が伺われエピソードだと思うのです。

★先の大戦末期、敗色濃厚の日本は、次世代を背負う有意の若者たちをことごとく戦地に送りました。その中に、美術大学や美術専門学校、あるいは独学で絵を学んでいた若者もいました。彼ら多くは戦地で帰らぬ人となりました。殆どが20歳代の若者です。この『無言館』には、美術活動への志半ばで無念にも戦没した彼らの作品や遺品が静かに展示されているのです。

★数年前、家内と『無言館』を訪れました。そのときの悲しみの感動を忘れられません。
画家や図案家や美術教師になることを目指して描き続けていた作品の筆致は力強く明るいものが多いし、戦地から家族に送られた絵手紙や文書も内地の親兄弟への心遣いに溢れていて、それがまた私たち観る者をいっそう切ない思いにさせるのです。

★その中に『無言館』を象徴する一つの作品があります。
古く剥がれ掛けたキャンバスに未完成の裸婦が描かれているのですが、その下にこんなコメントが添えられていました。
『戦地の行くことが決まって、初めて妻の裸体を描いた。この続きは帰ってきてから、必ず描くからね…。そう言って戦地に赴いた彼は二度と帰って来なかった。』
館内には若い観覧者も多かったのですが、作品や遺品を前にあちこちから嗚咽がずっと聞こえていました。

★戦争が許されない行為であることなんて、言われなくても誰でも分かっています。ただそれが概念的な理解で終わらないようにしたいものです。
広島、長崎をはじめ、いまだに戦争の事実が現存したり、語られている所は全国に多くあります。私たちはそういう所に行って悲しみや怒りを共有し戦争の不条理を実感することこそ未来の子どもたちに戦火をくぐらせない強い意志となり、力のある世論となるのではないのでしょうか。戦争は遠い昔のことではないし、対岸の火事でもないのですから…。
その意味で『無言館』という美術館は、大きな力を持つ美術館だと思ったのです。

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