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葉脈の栞

葉脈の栞

★「作品B」がなかなか出来ませんので、中休みに、ささやかな別の作り物を見ていただきます。

★ずっと以前に、枯葉の一部分に葉脈だけがきれいに残っているサクラの葉を拾ったことを記事に載せたような記憶があります。その時は『なんで、こんなふうにきれいに葉脈だけが残るのだろう?』と不思議に思っていたのですが、昨年、私の家の散水栓の水溜まりに長い間落ちていた枯葉の変化を見て分かりました。
湿気や水気で、葉肉(?)が腐敗して、葉脈だけが残る。それだけのことでした。でも、葉脈ってきれいですね。

★そこで、葉脈の栞をつくることにしました。
 ①1月、傷ついていない状態の枯葉を水を張った皿に入れて放置しておきます。
 ②2ヶ月ほど経つと葉肉が腐りはじめます。
 ③葉肉の腐り具合を見ながら、絵の具筆で葉の表面や裏面を軽くこすりながら葉肉をこそぎ取っていきます。これを 気がついたときに繰り返します。水もときどき替えます。
 ④葉脈にへばりついて、なかなか取れない部分の葉肉もありますが、4月頃には、ほぼ、この写真ようになります。
 ⑤後は新聞に載せておおかたの水分を取ってから、本に挟んでキチッとした平面に整えます。

★あとは文房具屋さんに行って、ラミネート加工をして栞の出来上がりです。そして、孫にプレゼントです。

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作品A

作品A

★二科本展の搬入が7月なので、私のようなCG作品は、業者に大きい画面に出力してもらったり、パネルに水貼りをしてその作品を貼ったりする時間を考えると、2点とも、そろそろ仕上がりに近づいていなければならないのですが、なかなかうまくいきません。遊ぶ時間も必要だし、周囲の草をとったり花を植えたりする時間もいるし、ボ~とする時間も必要です。加えて、この寒暖の差の激しい毎日で、計画と実際がうまくかみ合いません。

★でも、どうやら一作目のほうが完成に近づきましたので観ていただきます。
まだ画題は決めていませんが、画面に入れるキャッチコピーを
『Can you stop collapse !』(倒壊を止めることが出来ますか?) としました。なんか、社会の諸々への批判とも受け取られるようなテーマですが、そうではありません。自分自身への叱咤の気持ちを描いたつもりです。が、まぁ、観ていただく人それぞれがそれぞれのイメージを抱いていただければいいのです。

★イラストレーターとフォトショップの配置を行ったり来たりしながらつくっていくのですが、一時、イラストレーターのレイヤーが38個になり、どこがどこだったかパニックになったりして、細かい作業だったので、ちょっと疲れました。
一息ついたら、二作目です。ゾッとします。

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母の日

母の日

★種を入れてから一ヶ月ちょっとのアスターです。朝の水やりと数粒の化成肥料と青虫が喰わないように少々の殺虫顆粒剤をやりながら、やっとここまで伸びました。あと一週間ほど経ったら地植えしようと考えています。
人間と植物を一緒にしたら怒鳴られそうですが、遠い母の苦労や家内や息子の嫁のことを思いました。

★昨日の「母の日」、家内は息子のところからカーネーションの寄せ植え鉢をプレゼントされました。私も少し甘口のワインを家内に贈りました。東京の息子は先になったら今年も「旅」をプレゼントすると言っています。

★母の日ならずとも、「母の力」の大きさは誰もがいつも感じていますが、とりわけ、誰も近づけないその凄さを思うのは、子どもが産まれてから、しばらくの新生児期の対応です。いつも自分の体に抱いて、早朝深夜を問わず、母乳、ミルクを飲ませます。この時期授乳や夜泣きで寝不足で、それが寒い深夜に続いても、カゼ一つひかないというこの時期の母親の体の神秘的な強さも不思議なことです。小さな命をつなぐのは母親しか居ないのです。常に一体になっている母子ですから、赤ちゃんのホンの些細な体調の変化を見つける看破力はお医者さんなどの比ではありません。
この時期を乗り越えてから、ようやくダンナが何か出来る育児の仕事を始めるというのが子どもを授かった家族の姿です。
遠い日、二人の息子を授かったときに家内を見ていてそう思ったし、息子の嫁を見ていても、同じことを思い、「母の力」の大きさを感じるのです。
そんなことを思ったのが私の「母の日」でした。

★このアスターも今夏のお盆、飛騨に眠るの私の母に持っていくのです。

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ヒヤヒヤにもほどがある

ヒヤヒヤにもほどがある

★私たちが木彫制作を主としていたサークル木屑会(もくそかい)で、以前に彫った円空彫りで、素材はヒノキ、と言っても建築現場から貰ってきた柱の端材である。像は、人々の安心、安全、安寧を願う聖観音像だ。

★「子どもの日」 は過ぎたが、子どもの安心、安全、安寧を願わない親はいない。その意味で、成人するまでは親にとって毎日が「子どもの日」だと思う。
私のところは二人の息子がいて、殆ど放ったらかしの子育てだったが、それだけに中学校のとき生徒指導の先生から呼び出されて、家内が出向いたこともあったし、行き過ぎた行動の息子たちをぶん殴ったこともある。放任主義とは言いながら、内心はヒヤヒヤものの子育てだった。ホントに子どものことがいつも頭の中にあって、中学を卒業するあたりまでは、年中が「子どもの日」だったと、いま思いかえしている。

★が、近頃の事情は、どうなっているのか?と疑う報道を、一ヶ月ほど前のニュースで観た。
名の知れた大学の入学式の情景から画面は始まった。大きな体育館の観覧席は新入生の父兄で満杯になっていた。両親や祖父母もいるとかで、新入生よりもはるかに多い観覧席だ。「もう18歳以上の大人だぜ」と思ったが、「まあ一緒に受験勉強を援助して頑張ってきたのだから、子どもの入学式に参加するのはいいか…」と観ていた。驚いたのはそれからだ。

★式のあと、なんと親向けのガイダンスが設定されていて、そこで親たちが盛んに挙手して大学職員に質問をしているのだ。
『うちの子は、友だちつくりが小さいときから苦手ですが、どのようにして仲間づくりを指導したらいいでしょうか?』
『大学に入ったので、PCを買ってやるのですが、ウインドーズとマックと、どちらが良いのでしょうか?』
『どれぐらいの頻度で、子どもの下宿を訪ねたら良いのでしょうか?』
まだいろいろあったが、およそこんなレベルの質問が飛び交っていた。まるで小学生か中学生の子どもを持つ親の個人懇談レベルだと、思いながら観ていた。それこそ、そんなことは大学生なのだから任せて放っておけばいいのだ。

★親が子育てにヒヤヒヤするのも限度がある。社会の凹凸に突き当たってヒヤヒヤするのは大学生の君たちでなければならないのに…。

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