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それぞれの春

それぞれの春
★これは、中味はよく分かりませんが、環境にかかわるリーフレットの表紙としてつくったイラストです。リーフレットを手にする人に‘心地よい外の空気'を感じていただければと思いながら描きました。

★まだ、われわれ大人には戸外に出て遊ぶほどの温かさにはなっていないように思いますが、それでも、この前まで外出のときには必ずマフラーを巻いていたのに、ここ数日はマフラーを巻くのを忘れたまま家を出て、『アッ、もうマフラーなんか必要ない温かさなんだ…』と、気づくのです。昔から‘三寒四温’とか‘一雨ごとに春が来る’とか言われていますが、まさに日本の冬から春への移ろいを的確に表した言葉だと今更ながら感じ入っているこの頃です。

★先般、私の町の市会議員の選挙があり、投票に行ってきました。結果は投票率50パーセントそこそこの一向に盛り上がらない選挙でしたが、選ばれたもの、選ばれなかったもの、当落それぞれに温かい春、苦い春の始まりだったのでしょう。私も間もなく春の公募展への作品搬入です。そして1ヶ月後、その当落通知がくるのです。さて、甘苦いずれの春になるか…。

★投票の後、岐阜の梅林公園に行きました。約1300本もの各種の梅の木が林立しているところで、この時期、遠くから多くの梅見客が訪れるのですが、周辺に駐車場が全くないので、路駐をして駐車違反にひっかかり、『梅見どころではなかった!』と、怒って帰る人が多い所としても有名です(こういうのは有名とは言わんか…)。実は私も以前、その犠牲者(?)だったので、以来、遠くの美川憲一「柳ヶ瀬ブルース」でおなじみの柳ヶ瀬界隈の駐車場に入れて、ゆっくり途中の路地裏通りにも入りながらブラブラ遠回りをして行くのです。道すがら、シャッターを閉めた店、「空き室有り」の貼り紙のアパート、等々不景気感の多い光景の一方で、『たしかこの喫茶店、学生時代から在ったぞ…』という、何十年経った今も健在の店もあったりして、街並みにも、それぞれの春を感じたのです。

★さて、その梅林公園、梅の花はその種類によって満開の時期が少しずつ異なるのですが、今年は殆どの種類が満開前後の花を付けていて、見事な梅林でした。風もなく温かい陽気だったこともあって、梅の花の甘い香りが辺りいっぱいにただよっていました。が、ときどき露店の方からタコ焼きの芳ばしい匂いも梅香に交じり、地面に誰かが落としたタコ焼きの欠片には、小さな虫がかぶりついていました。ここには啓蟄の日を待たずして、もう前倒しの春がやって来ているようにも見えました。
さぁて、そろそろ、私も蠢き始めなければ…。

は~るよ来い、ポチッ!

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香炉

香炉
★長良川河畔で、先輩が今年も恒例の作陶展を開催している。以前もどこかで紹介したように思うが、この先輩、木彫もやっていて、大小併せて600体ほどの円空仏を彫っている、荒々しいノミの彫り跡を残す円空仏に憧れて、私もよく先輩の教えを請うた。いまでも、先輩のアトリエからはノミを打つ音が響いている。その一方では、自らに窯を持ち、作陶にも余念がない。とくに鉄分の多い土を長時間焼き締める備前焼に傾注している。その中でも、精緻な技術を要求される細工物に格別の力をいれている。

★細工物の焼き物は、器物と異なり、複雑な形態をしているがゆえに中をくり抜き空洞にするのが厄介である。が、くり抜いて表面の土を薄く均一にしなければ、窯の中で水分が抜ける過程に部分的なアンバランスが生じ、ひびが入ったり、ときには破砕してしまう。根気と抜群の器用さがないと出来ないのが細工物の作陶である。

★大胆なノミの跡を残す円空仏の木彫、緻密極まりない備前焼の細工物。私は先輩を学生時代から知っているが、そう言えば、先輩の人格にも、作品の一つ一つにも、その両極端が内在しているように思っている。

★ここにあげたのは、細工物の作品群のなかでも、私が注目している‘香炉'である。②③④は香を焚くと蓋になっているコマ犬の口や台座の空けられた穴から香りの煙がほのかに立ちのぼってくる。
①は鳥籠の編み目を通って香りがただよう。写真の方向がまずかったのでよく分からないが、籠の上にある取っ手は雄鳥で、籠の中にはタマゴを暖める雌鳥がいるという凝りようだ。

★観覧に来たご婦人が、この①の香炉を見ながら『これは…』と、多分、作り方とか香炉について聞きたかったのだろうが、先輩は『雄鳥が屋根の上で家族を守っているように見えるけど、実は、邪魔なので家から追い出されているのかもね。亭主元気で留守がいい、って言うでしょ、これは今社会の構図ですよ』と、ご婦人は笑い転げて、いっそう香炉を丹念に鑑賞していた。
作品への興味の喚起はいろいろあるものだ。さすが、と思った。

亭主元気で留守がいいって、思わないこともないなぁ、ポチッ…



タントでスキーに

タントでスキーに
★先週の金曜日、スキーに行ってきました。昨年のスキーでご覧いただいた所と同じ飛騨のモンデウススキー場です。毎日、新聞のスキー場積雪欄を見ていたら、日に日に積雪量が少なくなっていくので、閉鎖してしまわないうちにあわてて行ってきたのです。が、飛騨地方は曇り空で、北風が強く、まだ冬真っ只中といった感じでした。
寒いから早く切り上げたいけど、一日リフト券なので元を取るまで使わないと損だし、と思いながら、ただピストンのように滑りまくっただけの今回のスキーでした。

★でも、お昼の食堂で、最高に気持ちのいい光景に接したのです。
バスを連ねて、どこかの小学校の多分4~5年生が大勢スキー研修にきていました。この子たちと食堂で一緒になったのですが、彼ら、食事が終わったとき、みんなが食堂の厨房の方を向いて手を合わせて『カレーライスおいしかったです !、ごちそうさまでした ! 』 と大きな声を言うのです。見えない厨房の方から『ありがと !』 『また来年も来てよ !』 『元気でな !』 という返事が戻ってきたことも感動しました。
この子どもたちと厨房の人たちとのやり取りを聞いていた辺りに居たボーダーの兄ちゃんたちも、ニコニコして思わす拍手を送っていました。さらに驚いたことは、彼らが食堂から引き上げたあとを見たら、そのテーブルの上もきれいに拭かれていて、使った椅子もキチンとテーブルの下に収まっているのです。
多分、引率の先生たちの気遣い指導も立派なのでしょうが、最近あまり見たことのない光景でした。
彼ら、午後からはスキーを脱いで、ゲレンデの隅の方で雪合戦などで腹ごなしをして、バスに乗り込み帰って行きました。

★私も、タントで着替えとお片付けです。昨年はCRVでしたが、今年はタントです。昨夏、ガソリン価格が急騰し始めた頃、『貧乏隠居が二人とも普通車に乗っているのはもったいないね…』 と家内と話していたのですが、思い切って夫婦二人とも色違いのタントに乗り換えました。
私は展覧会に出すB1サイズのパネル何枚かを横にして乗せるスペースがあることと冬の雪道をスキーに行けること。家内は各施設でボランティアの踊りをやっているので衣装ケースなどを積んでおけること。これだけならタントは十分な車です。
それよりも何よりも車にかかる経費が安い ! 。ただ、排気量が小さい分、長い坂道はヒーヒー喘いで登ります。横をでっかい車がビュンビュン追い抜いて行きます。その時、軽に乗る人は『クソッ!』と頭に来ないことが肝要です。

と言うわけで、無事帰宅しました。あの子たちも今頃、楽しかったスキー研修のことを家の人に話しているだろうな…。

今年の冬もおおいに楽しまれた方、ポチッといただけば感謝感激です!





マンガのことから…

マンガのことから…
★これは、私の町にある文化財に指定されている子供歌舞伎などを演じる舞台が修復されましたので、その舞台の引き幕の原画をつくりました。これを看板絵のプロが、11メートル×3メートルの大布面に手描きでかいてくれるそうです。手描きは筆の勢いが加わりますので、これよりはずっといいモノになることを期待しています。

★この中央の武将、‘壬申の乱’で大海人皇子側を勝利に導いたムラクニノオヨリ(村国男依)という古代史のヒーローです。このヒーローが私の町あたりの豪族であったということは、ほぼ定説だそうですが、そのムラクニノオヨリを祀っている神社の中にある舞台なので、こんな引き幕の絵にしたのです。
実際のところ、私にとって古代史というのはなかなか理解できません、というより憶えられません。先ず、読めない漢字の長い人名が憶えられませんし、親子兄弟の確執や裏切りの人間関係も複雑怪奇で解りがたいのです。
この‘壬申の乱’も、おぼろげながら理解したのは「歴史マンガ」からでした。それも大人になってからです。この、某出版社が出していた「歴史マンガシリーズ」は、全ての時代とそのときどきの歴史上の人物についてのマンガがズラッと揃っていました。中・高校の専門家ぶった歴史の先生の授業よりもはるかに分かりやすいと、思ったものです。

★さて、マンガですが、昔も今も大好きです、記憶にあるマンガとの最初の出会いはやっぱり手塚治虫さんでしょうか。我が家は母親が徹底したマンガ否定派で、オヤジが徹底したマンガ肯定派でした。私たち兄弟が友だちから借りてきたマンガを読んでいるのを見て、よく夫婦喧嘩をやっていました。いま思えば、オヤジの方が正しかったと思うのですが、昔は、マンガ=反教育的、という大人が結構多くいました。確かに当時はマンガや雑誌が唯一の子どもの情報源でしたから、『こりゃ、読んでいるところを母親に見られるとまずいな…』というようなマンガもありました。が、私の場合ですと「マンガ」がその後の読書へのきっかけを作ってくれたように思いますし、「マンガ」が清濁併せ持つ社会や大人社会を早めに教えてくれたようにも思います。

★いまの時代、どこかのPTAの何とか委員会が子どもに悪い影響を与えるワーストテレビ番組なんてのを発表しています。子育てを遠い昔に終えた私は思うのですが、マンガ、テレビ、ゲーム、某サイト等々を反教育的とか言って騒ぐ大人たちがいてもいいし、密かに親の目を盗んでそれらを覗く子どもたちがいてもいい、と思っています。ただ、子どもたちがそれにのめり込んでしまいそうになったときに、烈火の如く怒る親や大人がそこにいればいいのです。少々例えが悪いのですが、広い牧場で自由にのびのびやっている牛馬が柵を越えそうになったら柵の針金にビッビッ―!と電流が走るってのと同じです。『それなら初めから悪い情報源をシャットアウトしておいた方ほうが…』、いや違うと思います、それはどこか近くの某国でしか通用しません。シャットアウト出来る筈もないし…。

★少年犯罪が起きると、ニュースの司会アナウンサーが『最近の青少年は仮想の世界と現実が混濁として区別がつかないから、云々』などと、したり顔で言いますが、そんなバカな子どもたち居ないと思います。ただ、彼らの近くに烈火の如く怒ってくれる親や大人がいなかった不幸が彼をそうさせてしまったのだと思います。
でも、殆ど全ての子どもたちは、大人に近づくにつれて、自由の限界、情報の取捨選択、自由と規制の矛盾の理解、をちゃんと体得していくものだ、柵を越えそうになるまでは放っておけばいい、と私は楽観しているのです。

子どもはそう心配せんでも、ちゃんと成長するんじゃ、とお考えならポチッとください。


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