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‘超’/少女Cの迷言

‘超’/少女Cの迷言
★先にご覧いただいた、深海のエビのようなモノを描いた作品と対の作品です。

★職場でこの作品のモニターを開いていたら、いつも部屋に寄ってくれるヤクルトレディーのお嬢さんが私の注文したタフマンドリンクを机に置きながら、チラッとモニターを覗き、『ワ~!凄い、なんか超コワイ!』と言いました。‘超’がつくほど恐いとは思いませんが、オドロオドロした雰囲気の画面にしたかったので、ヤクルトお嬢さんの感想は‘我が意を得たり’ってところです。
というわけで、きょうは‘超’つながりの一席を。

★超カワイイ、超カッコイイ、特に中高生の女の子を中心に‘超’を付ける言葉が蔓延し始めてから、もう随分ときを経ました。この表現に私は全く違和感を持っていません。
その事が‘超’を付けるほど凄いかどうかは別にして、この表現はもっともっと以前からありました。例えば「超弩級」「超特急」等々、『いまあるモノが最高に凄いと思っているだろうが、こんどのモノはもっと凄いのだぞ!』という意味で、宣伝の惹句などによく使われていました。

★でも、新語・造語づくりの名人の中高生の女の子は、ときとしてトンでもない使い方をするときもあります。
正月のテレビでのことです。名古屋の某デパートで、女物の衣類を何着も詰め込んだ福袋にドッと押し寄せる女性の大群(?)が画面に映っていました。やがて、女子高生とおぼしき茶髪ミニスカの三人連れがそれぞれに福袋をゲットして群れから離れて、福袋を開いて中を点検しているところにレポーターがマイクを向けました。
レポタ 『お好みのモノが入っていましたか?』
3少女 『…』(見るのに必死でレポーターを無視)
レポタ 『お好みのモノが入っていましたか?』
3少女 『…』(レポーターを意にとめず、3人が自分のゲットした衣類を見せ合い始める)
少女A 『ね~、ね~、このセーター、超カワイイ!超お気に入り!』
少女B 『私も!これこれ、みてみて超カワイイ!』
ここで無視されっぱなしのレポーター、その場を離れて、ちがうお客ほうに向かう。その直後、
少女C 『ワ~!、このティーシャツ!いい、いい、超 春着れる!』

ん!、いま、その端っこに居るバリバリ付けマツゲの子、ナンと言った?!、私も、家内も、遊びにきていた長男も、一瞬テレビに釘付けになりました。そして、大笑いをしたのです。
おい、‘超 春着れる’ってのはいくらナンでもひどいだろう、(着られる)をら抜きで〈着れる)と言うのは許せるにしても、何でも頭に‘超’をつけりゃいいってモンじゃないだろう!

★それ以来、我が家でも、ルール無視のメチャクチャな‘超’付け言葉をつくって楽しもうと思うのですが、なかなか少女Cのような見事な‘メチャクチャ超付け’の使い方は見つかりません。少女C、ある意味スゴイ!。

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缶バッジと「Club puff」

缶バッジと「Club puff」
★その事業名はテキトウに聞いていたので忘れたが、文科省が各地域にスポーツや遊びの交流を軸にして地域の子どもたちのふれあいと交流の活性化を目的にした総合型スポーツ組織設立を奨励しているらしい。
既に、子どもたちの健やかな成長を謳う団体・組織は多く既存している。例えば「スポーツ少年団」とか「青少年育成市民会議」なんてのはあるが、前者は競技の勝敗にこだわりすぎているがゆえの問題が多いと聞くし、試合のときなど保護者の時間的負担もかなりのもののようだ。
後者は国→県→地方自治体→地域の自治会まで組織的にはしっかりつながっているように見えるが、それだけに末端ではお上からのお達しで義務的に役職を決めて義務的に毎年変わりばえのしない広報紙作成や少々の活動しかしていないところが殆どである。要するに、子どもの健全育成という‘かけ声'だけが毎年同じように繰り返されているだけのように私には見える。

★その点、今回のこの何とかいう事業名の組織活動は、趣旨文を読む限り結構いいものように思える。お上のブラサガリ事業であっても、各組織の主体性を重視して、お上はあまり口を出さない事業のように推測できる。(もちろん、その事業を各地で主宰する人物の力量が全てであることは言うまでもないが…)。
その何とかいう事業名の組織活動を私の町でいち早く、私の若い友人がリーダーになって「Club・Puff」という組織を立ち上げた。彼曰く『若い頃、随分横着もしてきて、仲間や隣人に世話をかけっぱなしでここまで来たので、せめてもの恩返しのつもりで、子どもたちと遊んでやりたい』と。もう活動をスタートしているそうだが、先ず、子どもたちが決めたルールのスポーツゲームで規則の遵守意識を培わせたり、大人と子どもが混在したチームでスポーツゲームをして親子同一体験のふれあい効果なども模索しているらしい。併せて、活動の中で、礼儀礼節、言葉遣い、親への感謝、等々の失われつつある日常の社会規範も、なにげに身につけていかせたいと彼は言う。
彼は昔から、前面に出るタイプではなく、後ろにいて実質的な仕事をするタイプだったから、もしかしたらこの「Club・Puff」の活動、地域の共感を呼ぶのではないかと期待しているのである。こういう地道な活動はデシャバリ大人がリーダーでは敏感な子どもたちはすぐソッポを向くからだ。

★その彼が、「Club・Puff」の広報宣伝を兼ねてカンバッチをつくりたいと私のところに相談にきた。聞けば、4月の桜祭りのときに「Club・Puff」の広報テントを張ることになったので、その時にカンバッチの販売もしたいと言う。『いくらで売るの?』と聞くと『100円』と言う、『100円じゃ、売れ残りも考えると、材料代も回収出来ないし、、大赤字になるぜ』と言ったのだが、『自分たちの活動を知ってもらうだけのカンバッチだから、赤字で結構』と言う、その意気に感じて、結局、私が「Club・Puff」の会員バッチと販売用バッチのデザインを引き受けた。まぁ、デザイン料はタダなので、若干気軽に考えて、過去につくったイラストや孫の落書きをパクった絵などをカンバッチ用に仕立て直しながら作っていたら面白くなって次から次へと出来てきた。最終的には20種類ほどつくろうと思っている。

★カンバッチは、くるみボタンの作り方と同じで、実寸の絵の周囲に数ミリの巻きしろも印刷した紙を、カンバッチ用の工具を持っているボタンやさんに持っていけば、すぐ作ってくれる。安上がりで手軽に出来るものだからイベントなどで配られることが多い、どこの家でも子どもの机の引き出しに数個のカンバッチが転がっている。が、お金を払ってまで買おうとしないのもカンバッチである。しかし、桜祭りに来た親子が『アッ、このカンバッチ、かわいい!』と子どもにせがまれて『まっ、100円ならいいか…』と、買ってしまうことをねらっているのである。そして、やがて、彼の「Club・Puff」が、多くの人の知るところになることを期待しているのだ。

『アッ、このカンバッチ、かわいい!』と思っていただけたらポチッとお願い!


メッセージ

メッセージ
★春の公募展に2点出そうと思っているのですが、その1点です。

★海底油田の掘削、海底ケーブルの敷設、深海水の汲み上げ、等々、陸をナメ尽くした小さな魔物たちが深海に触手をのばし始めました。深い深い海の底から届く悲鳴にも似たメッセージに耳を傾けることもしないで、その触手はドンドン伸びています。
さて、いつもながらの無理な記事づくりですが、きょうは強引に‘メッセージつながり'での記事を書きます。

★昨年末、何年ぶりでしょうか、「紅白歌合戦」を観ました。
そこで、見方感じ方はそれぞれの自由ということで、言いたい放題の一席を!

ときどき観る若い歌手やグループの歌を聞いていても、言葉の句切りの句読点や日本語の言葉のイントネーションを無視したり、日本語に慣れていない帰国子女みたいな巻き舌風発音をしているようで、いったい何を語っているのか聞き取れなかったのですが、歌詞のテロップを読みながら『あ~、こんな歌詞を歌っていたんだ…』と、初めて知ったのがたくさんありました。でも、彼らがマイクを口に触るように近づけ、猫背になって顔をゆがめて、絞り出すように熱唱する姿を見ても、彼らのメッセージは伝わってこないのです。むしろ『その歌詞を、そんなに眉間にシワをよせて、苦しげに感情たっぷりに歌われても、困るんだけど…』と、思いながら観ていました。
ほとんどの若い歌手がシンガーソングライターのようでしたが、その歌詞も耳ざわりのいいカッコいい言葉を少しひねって文章にしたように思えるのです。彼にとってそんなに深刻でない出来事や思いを、あえて深刻に表現した小手先の歌詞というように見えて仕方がありませんでした。

そして、昭和が限りなく懐かしく思えたのです。
★好き嫌いはともかく、反社会、反権力のメッセージがビンビン伝わってきたロックの時代。どうしようもない社会の流れに逆らうことも出来ない無力さのようなものを切々と語った少しデカタンス調の後期フォークソングの時代。堪え忍ぶ女を歌いながら、実は男へきつい怨念のメッセージを送った艶歌の時代。あの時代は、ハッキリとしたメッセージを歌のなかに感じ取ることが出来ました。

★が、紅白の若い歌手の諸氏、いまの時代の喝采を受けて売れに売れまくっているのだから、多くの人々は彼らの歌に大いなるメッセージを感じているのでしょう。私の感覚はもう遠いものなのです。
私は、いまだに「神田川」「学生街の喫茶店」を聞いては『切ない…』、「天城越え」を聞いては『女性は凄い!』と感動しているのです。

玉!お前のセンスこそ問題だ!と怒りのポチッをいただけば…




オーラ

オーラ
★12日、愛知県美術館で私の大好きな作家「アンドリュー・ワイエス展」を観てきた。会期は3月まであるので、所用のついでに行こうと思っていたのだが、待ちきれなくて行ってきた。きょうも職場で仕事もろくにせず、その図録を開いて観ているところである。

★感じ方はそれぞれに違うだろうが、私はワイエスの絵に不思議な魅力を感じる。ただ平凡な普通の光景を見えたとおりに描いているのだろうが、『この画家は、どんな気持ちを絵に託したかったのだろう…』と、風景の向こうに‘ただならぬ雰囲気’‘何かがうごめく気配’を感じるのだ。現在91歳のワイエス氏がどんな人生を歩んで来たのか、図録の解説に書いてある以外ことは分からないが、なんか壮絶な人生を経験したのではないかと、つい勝手に思いを巡らせてしまうのがワイエスの絵だ。
こういう絵のことを、オーラを感じる絵というのだろう。
私などは、絵を描くとき先ず、『どう描けば他人に好まれるだろう』と考えたり、公募展に出す作品をつくるときにいたっては『どういう作品が審査員にアピールするか』などと、頭の中すべてが邪念に取り憑かれている。作品の向こうにオーラならぬ、ボーフラがいるのを見透かされないようにしたものだ。

★オーラ…、では、絵の話題から離れて、人が放つオーラって何だろう?「その人が持っている独特の雰囲気」文字で書けばこれだけのことだが、なかなかそういう人に出会うのは難しい、と思いきや、案外そうでもないと思うことがあった。

その人、Aさんは現役の頃は同職だったが、そんなに親しくもなく、顔を合わせれば挨拶程度の間柄でしかなかった。先日、そのAさんとバッタリ会い、お互いに暇だったので、コーヒーでも、と喫茶店に入った。彼がよく中近東を旅し、あちらの写真を撮りまくっているとの噂を聞いていたので、そんな海外旅行の話でも聞かせてもらえるのかと思っていたら、彼はそのことには一言も触れず、別の密かな趣味の話を始めた。彼は、ずっと以前から日常でフッと心に触れた些細な出来事を短歌にして手帳にメモっているという。そう言いながら、ポケットから鉛筆で汚れた手帳を出して見せてくれた。一句一句にその時々の、喜び・ユーモア・感激・不安、等々が、五七五七七の31字に込められていた。もっと早くから彼と親しくしておれば良かったと思うと同時に、彼の顔が眩しく見えた。

オーラを感じるって言うのは、それを放つ人のことと言うよりも、それを感じる側の心の問題だと、そのときしみじみ思った。当たり前と言えば当たり前の話だが…。

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賀状ベスト7/友人紹介(その2)

賀状ベスト7/友人紹介(その2)
☆☆正月気分も遠くに去ったのですが、私のところにいただいた年賀状ベスト7を見ていただきながら、友人紹介(その2)の記事にしようと…。

★①手描き→イラストレーターとフォトショップ
彼は写真教室を幾つも持って後進の指導にあたっている正真正銘のプロの写真家なのに、年賀状や冊子のカバーデザインなどはいつも絵です。なぜか手描き感を大事にしていて写真を使わないのです。写真センスと手描きセンスの相乗作用を自分自身に言い聞かせながら仕事をしているようです。その彼が昨年の秋、イラストレーターソフトにはまり込んでしまいました。ところがなかなか操作が思うようにいかず、何度もつまづいたのですが、そんなとき彼は近くの書店に出かけてイラストレーターソフトの扱いに関する本に読みふけりました。そして店員の目を避けながら、本に書いてある要点をサインペンで自分の手のひらや腕にメモして帰るのです。この繰り返しをしながら、とうとうイラストレーターをモノにしてしまったのです。自分の体を文字だらけに…、まるで「耳無芳一」です。
この賀状、わずか数ヶ月で、もうすっかりイラストレーターソフトの扱いはベテランの域です。

★②木版画
友人ではなく学校の大先輩です。学生のときから、『何と、うまいデッサンをされる先輩だろう!』と、憧れていたのですが、最近は木版画に没頭され、版画の公募展に出品され活躍されています。メチャメチャ複雑な多色木版画なのに寸分のズレもありません。すごいですね。

★③鉛筆デッサン
友人ではなく学校の大先輩です。1960年代~1970年代、各美術雑誌を賑わした某美術団体の創設者のお一人ですが、現在でも新聞に紀行画を連載するなど大活躍です。よく一人でヨーロッパに絵を描きに出かけられますが、米やインスタント食品をどっさり送っておいて、安いアパートを借り自炊しながら、自転車をリースしてパリ郊外に出かけ絵を描き続ける、こんな生活を毎年一ヶ月ほどしています。でも、この先輩、失礼ながら、英語もフランス語もダメです。やっぱり創作は度胸でしょうか、私には最も足りないものです。

★④手描き→イラストレーターとフォトショップ
毎年、自分たち夫婦の似顔絵をその年の話題の人に重ねたイラストを描いていて、私も楽しみにしている賀状です。彼は中学校の頃から、石森章太郎(後の石ノ森章太郎)氏が主催するマンガ作品コンクールに応募して入賞するなどの賞品稼ぎをしていました。やがて東京の美大に進み、東京でディザインディレクターで活躍中です。もしかしたら、まだ賞品稼ぎの裏稼業をしているかもしれません。

★⑤手描き→イラストレーターとフォトショップ
名古屋のイラストレータークラブに所属し、活躍中の彼女です。彼女は昨年、私の町で個展をやりましたが、卒業以来ウン十年の中学時代の仲間がそれを聞きつけ、搬入や飾り付けの手伝いに駆けつけました。人望でしょうね。この絵にも、お人柄がにじみ出ているようです。

★⑥シルクスクリーン
最近はあまり流行りませんが、私の県は過去シルクスクリーン印刷とそのためのインク製造の全国シェアを殆ど占めていたのです。ただ、シルクスクリーンとは言わずにグランド印刷と言う独自のブランド名で有名でした。その名残で、シルクスクリーン印刷業者が結構多いのです。彼も、そのプロです。カチッとエッジの決まったシルクスクリーン独特の表現は、私も大好きです。

★⑦色鉛筆
ついでに、東京にいる二男からの賀状です。年末にアップした、あの脳ドッグをすすめてくれた彼です。絵とは縁のない仕事をしていて、『また年賀状か、めんどくせー!』と言いながら、いつもちょっとシュールな、凝った賀状をつくっています。

☆☆私も、年賀状を減らそうと毎年画策しているのですが…、こうして面白い賀状を皆さんからいただくと『さぁて、寅年はどんなのに…』と、もう思ってしまいます。

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2009年挨拶・耕す

2009年挨拶・耕す
★2009年、明けましておめでとうございます。
今年も皆様からさまざまな刺激をいただくことで自らに活を入れてまいりたいと思っているところです。よろしくお願い致します。

★『もう痩せこけた土、こんな土では何も収穫できないよ、いや、耕せば、肥やしを施せばまだまだ収穫が期待できるよ!』と、自らの中にある土を信じて耕し続けていこうと、毎年、新年に思います。

★などと、出来る出来ないにかかわらず、心に期することを表現できる‘正月’はいいですね。
でも、もう今年も三日が過ぎてしまいました。徐々に、心に期したことも薄れ、グチや怒りや欲望の日常に戻っていくのでしょうね。
落語にこんな名セリフがありました『あと一年たてば楽しいお正月』ですって…。

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