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木っ端仏

木っ端仏
★以前にも私の円空仏(いや、円空仏を真似た彫り方の木造仏)をいくつか見ていただきましたが、これもそのときに作った一つです。実寸は8㎝×25㎝ぐらいの小さなものです。たしか赤松の木だと思いますが、道に張り出して邪魔になった枝を打って捨ててあったのを拾ってきて作ったものです。本当は木地の色のままで放っておいて自然に変色させた方がいいにきまっているのですが、私はせっかちですので、すぐオイルステンやワニスを塗って、乾かないうちに拭き取ったりしながら、何とか古代色を出そうと試みたのですが、うまくいかなかったのでそのまま棚に置いたままにしていました。

★先日、円空仏を600体ほど彫っている先輩のアトリエの本棚に偶然、ある本を見つけました。
もう半世紀以上も前に円空仏を最初に見いだした岐阜大学の土屋常義教授と当時高名な劇作家の飯沢匡氏の円空論争を取り上げた本です。概略は、円空は宗教学に精通した高僧であったという土屋氏に対し、いや円空は人間的な人物ではあったが宗教学には無知なただの乞食坊主だった、という論争です。二人とも円空を愛するが故の論争なので、私にはどっちでもいいのですが、ただ、中央の高名な飯沢匡氏が地方で地道に研究している学者を小馬鹿にしたような態度が気に入らないと感じながら、その本を読んだのでした。
そんなわけで、私の作ったいくつかの円空仏を眺めながら、江戸の昔の円空さんに思いを馳せているのです。

★このような、枝の切れっ端やそこの辺に転がっている薪などから作る仏様を‘木っ端仏(こっぱぶつ)'と言います。円空さんは全国各地で一宿一飯のお礼に、その場で鉈や小刀を取り出し木っ端仏を彫って、その家に置いていったのです。私の県が円空さんの出生地というのが定説で、県内の彼方此方の寺社、旧家、展示館で本物を見ることが出来ます。ガツ~ンと鉈で彫った後で、きれいにしたり、彫り直したりといったチマチマした跡は一切ありません。本物に見る迷いのないその彫り方の迫力たるや凄いものです。
いにしえの為政者たちが仏師に作らせた各国宝級のお寺の仏像も凄いのですが、全国を布教行脚しながら生涯12万体を彫ったという当時無名の円空さんの生き様も凄すぎます。

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わが町自慢/公園

わが町自慢/公園
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★この時期にしては少々温かすぎる日中ですが、それでも勤めの帰り道、喫茶店によってテラスからその公園を眺めていると、風が吹き抜け、巨木が鳴り、落ち葉が舞いはじめています。虫の音もめっきり少なくなりました。季節は確実に動いているのですね。

★私の町にはちょっと自慢の公園があります。多くの町は郊外の山の手になら自然公園のようなものを持っていますが、私の町のそこは町の中心部にあるというのが自慢なのです。そこは以前、国立大学の農学部と工学部の施設校舎があったのですが、余所に移転してしまったので校舎を全て撤去して、その広大な土地を町が買い入れて公園にしたのです。普通の小中学校の広めの校庭が10個ほどスッポリ入るぐらいの広さでしょうか。農学部の跡ですから、公園のあちこちに珍しい樹木や巨木がそそり立っています。遊具も施設も何にもありません。多くの公園に必ずあるわけの分からないオブジェ彫刻もありません。ベンチもほんの少し置かれているだけです。だだっ広い地面には見渡す限り芝生が敷き詰められているだけです。

★最近は、市外の幼稚園や小学校がバスを連ねて遠足にやってきます。先生たちはここに子どもたちを放って見ているだけです。危険な遊具も、死角になる建物も、ケガを心配する遊具も、頭をぶつける石の彫刻も無いので、これほど安心な公園はありません。まぁいわば牛や馬の放牧と同じです。でも、だれよりも喜んでいるのは子どもたちです。芝生に転がったり、取っ組み合いをしたり、ボールを蹴ったり、やりたい放題の一日を過ごしています。

★町の中に少し広いスペースがあれば、すぐ○○館といった箱物施設を建てたり、公共駐車場に変えてしまう自治体が多い昨今、町の中心部にこんな、何にもない広大な芝生と樹木だけの公園があること自体、自分の町のことながら信じられないほど嬉しいことです。
私はここで遊ぶ子どもたちを見ていてフッとも思うのですが、人はかって、こういう自由な行動のなかで自らが必要な道具をつくり、規則やルールもつくっていったのだろうと…。
そんな意味でも、少しオーバー表現ですが、この樹木と芝生以外に何にもない公園は雑踏の中に慣れてしまった市民の人間回帰の公園です。

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孫の絵・カニ

孫の絵・カニ
★久しぶりの孫の絵です。もう6歳、来年は小学校1年生です。

★幼稚園最後の遠足がありました。晴れた日と雨の日の場合の行く先が異なっていたのですが、彼女は当日雨が降って大喜びだったそうです。雨が降ったときの行く先はの水族館だったからです。彼女は水族館が大好きでこれまでもあちこちの水族館に連れて行ってもらっています。

★この絵もその遠足で水族館にいったときのことを描いたものです。なぜカニをモチーフにしたのか分かりませんが、水槽の中で動いているでっかいカニの姿がよほど印象に残ったのでしょう。

★彼女の絵の描き方というか、画面の作り方で、お絵かきを教えている私自身が教えられることはたくさんあります。最もうらやましいと思うのはイメージの展開の仕方です。
この絵でいうと、最初にとにかくでっかいカニを描く、その時はカニ以外のことは考えていないのです。先ず、カニを描いたら、別の水槽で見たヒトデを描き、さらに別の水槽のサカナを描く、途中で『観ている子たちは描かないの?』というと『アッ、そうか』と言いながら、人間を描き加える。さらに、色塗りの段階にいたっては、普通おとなたちは、カニの絵ですから、砂地っぽいバックを考えるのですが、彼女は躊躇なく広い海か川をイメージして青系統で塗りつぶします。カニの体の色付けはまるで模様感覚で彩色します。
かくして、無国籍カニの絵が出来ます。

そして、描き終えると、もう自分の絵を振り返ることはありません。『おじいちゃん、ホットケーキつくって!』と言いながら、私を台所に引っ張っていきます。私を絵の先生扱いするときとおじいちゃん扱いするときの区分けも明快です。

★さて、絵やイラストを描く私は往々にして最初に思い描いた画面全体のイメージ、作品設計図に固執し過ぎです。描いているうちに設計図よりステキな部品が思い浮かぶかもしれません。設計図がいいとは限らないのです。作品をつくりながらドンドンとイメージをつくり、イメージを変えていく、6歳の彼女の制作方法に学ぶこと大です。

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峠
★あれに見えるは、芭蕉か、牧水か、山頭火か、はたまた四国巡礼のたびに出ているブログ友人の枯雑草さんか…。
落葉松がほんの少し黄味を帯び始めた初秋の峠で夕陽を浴びながらたたずむ旅人がいます。

★どなたの詩だったか覚えていませんが、その一節に‘峠は決定を強いるところだ’というのがありました。多分、峠・決定・強いる、と言った単語の並びが印象的だったので覚えているのだと思います。もちろん、〈人生のその都度〉を‘峠’に例えた一節ですが、私自身は‘岐路’に立ったことも‘決定を強いられた’ことも無かったように思うのです。そりゃ思い通りにいかないことや自分の考えとは逆方向に進んで行くなんてことは今でも、いくらでもありますが、しばらく経つと、その当初の自分の思いとは違う真逆の状況になっても、その状況に慣れてしまって、そこで自分なりに頑張っていけるという、変節OKの節操・信条の無さを自分に感じることが多々あります。
仕事のこと、作品のこと、さまざま思いを巡らせて自分なりに動くことは楽しいのですが、そこを過ぎてしまえば興味も何もないというか…、です。

★さて、あたまに戻って、『めったに見られない美しい夕陽だから、このままここで見続けて、今夜は峠で野宿をしよう…』か、それとも『陽が落ちないうちに峠を下りて、宿でゆっくり明日に備えよう…』か。
私なら前者か、いや後者か、いやいや前者か、ウ~ン…、やっぱり決定を強いられます。この峠に宿があれば一番いいのですが。

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友人(その1)

友人(その1)
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★皆さんも多くの友人をお持ちでしょ。「友人」はいいですね。いつもブログでは自分のことばかりを書いているので、時々に友人のことも書いてみようと言うことで、きょうは「友人その1」です。

★上の写真、きょう話題にする写真家の友人綾部晋太郎氏が撮った木曽川河畔の風景です。私はあまり多くの友人を持っていませんが、常に刺激をもらったり、新しい行動を起こすきっかけをもらったりする友人は大事にしたいですね。彼も大事なその一人の友人です。この綾部晋太郎という名前は、じつは彼が学生時代に文学サークルに所属していたときのペンネームをそのまま使っているのです。そういえば、彼の作品は、いつもどことなく文学的というか、詩的というか、‘言葉'を持った作品のような気がして、私は好きです。

★が、そのこだわりもそうとうなもので、私のような凡人には呆気にとられる一面もときどき見せてくれます。彼の作品づくりのテーマは‘水と光'のようですが、その光景を求めて月に数回訪れるところが、家から250キロ先の八ヶ岳山麓を分け入ったところにある一筋の谷川です。私が『水の澄んだ谷川なら、100キロ先の飛騨の山奥にも、たくさんあるじゃないか、そんな八ヶ岳まで行かなくても』と言うと、『いや、飛騨と信州では、そこに差す木漏れ日の光の調子が違う』さらに『澄んだ水底の石に付着したコケの緑色の鮮明さが違う』とか言うので、私は、そのこだわりに抗弁の術もなく黙ってしまうのです。

★先日のことです。いつもの八ヶ岳の谷を撮影に行った次の日の朝、彼が興奮気味にこんなことを話してくれました。
『夜中の2時に家を出て、小淵沢あたりにさしかかったのが夜明け少し前、フッと東に連なる山脈を見上げた、その時、ピッ、ピッ、ピッーと黄金の光の糸が真っ黒の稜線を走ったんだ、体中がゾクゾクとするほど不思議な光景だった、瞬間、写真を撮ろうと思ったけど、高速道路で停めるわけにもいかず、残念だった。』と、さかんに悔しがっていました。
彼の見た光景と似たような不思議な体験を、ある登山家のエッセイで読んだことがあるので、彼が千載一遇の貴重な体験をしたことは分かります。が、しかし、それ以来、彼の往復500キロの八ヶ岳詣でがさらに回数を増したように思うのです。加えて、彼は最近、キャンピングカーを購入しました。アウトドア好きの息子が買ったと言っていますが、使用目的の本命は自分の撮影のためであることは間違いありません。
きっと、あの時に見た‘稜線を走る黄金の光の糸'に匹敵する希有の光景をキャンピングカーの中でジッと待つつもりなのでしょう。

★八ヶ岳山麓を走る列車小海線に乗って車窓から雄大な風景を眺めているアナタ、ずっと遠くの山の中腹あたりの林道にポツンと一台停まっている白いキャンピングカーがあれば、その中にジッとカメラを構えた綾部晋太郎さんが居るはずです。

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