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マラソン

マラソン
★全国どこの市町村でも実施しているマラソン大会のポスターです。
私の町でも毎年3月に実施されるのですが、参加者募集の広報が今年の末から始まるものですから、もうポスターを作って、まもなく印刷屋さんに出すことになります。
自治体によっては、山道を走破する厳しいコースや足場の悪い砂地の浜辺を走るコースや、また有能な選手を輩出する注目の本格的な大会などもありますが、多くの市町村はジョギングコースからせいぜい10キロ前後のコース、といった2~3の種目を設定して、誰もが気楽に参加できるレクレーション的な大会になっています。

★私の町のシティマラソンも、若者からお年寄り、親子連れ、車椅子を利用して人、こっけいな仮装をして走る人、等々、何でも有りの大会です。

★そんなわけで、今回のポスターはコミックマンガに出てくるような女の子にゴールを切らせてみました。
街角でのこのポスター、子どもたちの目を惹いてくれることを願っているのですが…。

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壁
★今年も、先の5月23日に見ていただいた作品が二科展本展デザイン部門に入選し、全国巡回展作品に選ばれた。嬉しい限りだ。

★私たちの二科展では、全国を巡回するおりに、その地方の入選者が出身地の新聞の地方版(県版)のカットを2~3日分受け持たせてくれる。下段のカットは昨年掲載されたもので、上段のが今秋掲載予定のカットである。実際には新聞印刷なので、メッシュも荒く、こんなトーンは出ないが、「二科展」○○○○と載るので、、少しでも展覧会の宣伝に寄与できればと思っているところである。

★さて、朝、何気なく新聞のテレビ番組欄を見ていたら、「太陽と海の教室(最終回)」が目に入った。織田裕二くん主演のこのドラマ、2~3回見たことがある。内容は、十年ほど前に社会問題になった普通科高校の必修科目の未履修問題を取り上げていて、大学受験に不必要な科目を学習させず、その時間を受験に必要な理数などに当てている高等学校管理者の不正と対決する情熱教師、織田裕二せんせいの活躍を描いた、ちょっと変わったテーマの青春ドラマだ。

★最終回と言うことで覗いてみた。中盤、生徒たちに語る織田裕二扮する桜井先生の言葉が気に入った。ザッと以下のようだった。

★「大人は嫌いだ」「大人は勝手だ」と大人批判をする生徒たちに、彼はこう語りかける。
『君たちもこれから否応なしに大人になっていく、そして、多くの大人は〈魔法の言葉〉を身につけている。「まぁ、いいか…」「しょうがないか…」という〈魔法の言葉〉だ。君たちは、これからいくつもの壁にぶつかる、そのとき「まぁ、いいか…」「しょうがないか…」と壁をスゥーと抜ける。しかし、その〈魔法の言葉〉で壁を通り抜けた瞬間から、君たちは君たちがいま嫌いだと言っているな大人になってしまうのだ。壁と思っているのは壁ではないのだ、その壁はそのときの自分自身を映す‘鏡’なのだ。どうか君たちは、その時々に自分自身をしっかり見据えて、考えてほしい。「まぁ、いいか…」「しょうがないか…」なんていう生き方はしないで欲しい。』
と、言っていた。

★テレビを見ているものには少々クサイ理想弁であるには間違いないし、誰でも本当の‘壁’ってやつに実際にぶつかったことはある、が、その‘壁’が、そのときの自分の弱さを映す‘鏡’だったのだろうか、と思い起こすと、それも分かる気がする。
ともあれ、若者が見る青春ドラマ、これぐらいの理想人生論を思い切り述べるのもいい。大人になった日に、いつかどこかで、このドラマの先生の言葉を思い出すヤツもいるに違いない、と思った。

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夏の終わりに再び!

夏の終わりに再び!
★一昨日の十五夜、皆さんのところでは如何でしたか?、私の地方ではときどき薄い雲がかかったもののきれいなお月夜でした。

★月に供える‘萩’は以前、露店で買ってきて庭の端っこに植えたのが大きく伸びてメチャメチャ花を付けていたので心配は無かったのですが、問題は‘ススキ’です。最近はススキの穂の出る時期が遅れ気味なのに加えて、いま穂の出ている木曽川河畔や山際のススキは数日前にあちらこちらの花屋が取っていくとかで、なかなか良いススキがありません。ですからススキ探しはこの日の午前中の結構面倒な仕事なのです。でも今年は天気予報に反してきれいなお月夜でしたので、萩もススキ取りの苦労も報われました。

★この夜、もう一つ夏の終わりの素晴らしい出来事がありました。8月に一輪咲いた「月下美人」の鉢に再び、今度は二輪の花が開いたのです。満開は前回と同じく11時半頃でした。

★中秋の名月が中天にさしかかる深夜、それに合わせたように軒先の彼女が妖しく開く、その瞬間、庭の虫の声がひときわ大きく聞こえる…。平安時代の歌人ならきっと一句を色紙に残すでしょうが、私にはその才がありません。せめて彼女を写真に残そうと、真夜中に近所迷惑なフラッシュをバンバンたいて、いっぱい撮りまくりました。ご近所の人ごめんなさい。

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この子たちの

この子たちの
★各自治体が地球温暖化地域推進計画を策定し、地球環境の改善に向けた活動を展開しようとしているようです。
この作品は、私の町のその計画書の表紙です。

★さまざまイラストを描いてみたのですが、どうもピタッときませんでした。ある時、手持ちの「人物素材集」ソフトを何気なく見ていたら、イメージ通りの写真を見つけました。この二人の子どものステキな表情の写真がそれです。後の樹々は、落葉広葉樹、針葉樹、常緑広葉樹等々多種の樹々の写真を一カ所に集めて「森」を象徴しました。結構、イメージに近い表紙になったと、今の時点では満足しています。写真のリアリティーが持つ訴求力に今更ながら感じ入っている自分です。

★印刷物というのは、中味を見るか読みかはそれぞれの勝手です。ましてや役所の出す冊子やパンフレットの類の吸引力はホントに弱いのが通常です。でも表紙だけは、好むと好まざるにかかわらず、そこにいる人々の眼に触れてしまいます。

★この冊子、印刷部数も少ないようで、あちこちに出回るものではないようですが、それでも、チラッとでもいいから、この表紙上に遊ぶ二人の子どもの屈託のない表情を見た大人たちが、フッとほほえんで、この子たちの未来に思いを馳せ、『この子たちのために…』 『今のままではこの子たちが…』と、瞬間でも思ってくれればいい、と願うことしきりです。

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ライフワーク

ライフワーク
★今回はいつもと毛色の異なったイラストです。

★実は名古屋に家元を置く某流儀の詩舞の組織があって、その支部組織が私の町にもあります。
そこが来年の夏に家元や他地区の支部も招いて記念大会を開催するそうです。家内もずっとそこで詩舞を教えていただいています。途中、脳梗塞で倒れ左半身にやや後遺症が残ったのですが、詩舞を続けることが何よりのリハビリになり、いまでは殆ど左半身の不自由が消えてしまいました。
そんなことから、せめてもの恩返しの意味で来年の詩舞の大会の冊子やパンフレット、プログラム、ポスターの一切を私が無償(強調!)でやらせていただくようにしました。

★この絵は、その大会の冊子の表紙のイラスト部分です。でも、いつもと勝手が違うテーマなので少々戸惑いました。結局、ここで私が描いたのは扇子の絵だけで、御所車や蝶々は「和紋様集」という素晴らしいソフトが手に入ったものですから、そこから引っ張ってきて加工したものです。

★さて、彼女たちの活動を見ていると「ライフワーク」という言葉に思いを馳せます。本来、ワイフワークとは「天職」「本業」という意味だそうですが、必ずしも好きなことを‘生業’に出来るとは限りませんので、一般的には「生きていることの実感や喜びを、周りと分かち合っていく生き方」の活動をライフワークと言っていいでしょう。

★彼女たち、家事の合間をぬって週何回かの練習をして、老人養護施設や病院や各地域自治会の老人会などで踊るボランティア活動をして、さらに年間数回のさまざまな発表会の舞台に立って、その都度、衣装を考えて縫って、ということの繰り返しが二十年以上続いています。
家事プラスですから、私よりはるかに忙しく、創造的な生活をしているようです。

★そんななかで、『いつも無表情でジッと見ている○○さんが、きょうは笑いながら手をたたいてくれたの!』 『おばあちゃんが、帰り際にまた来てね!っていってくれたの』など、各施設のボランティアでのお年寄りとのかかわりから力をいただいていることが彼女たちが詩舞を続ける最も大きなエネルギーになっているようにも見受けます。

☆で、その日の活動を終えると、彼女たち必ず反省会と称して喫茶店です。大挙多人数が店の一角を占めておしゃべりする彼女たちの様は、あまり想像したくありませんが…。
アッ、この項は蛇足か!。

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あしもと

あしもと
★前にも書いたが、以前、いろんな童謡や叙情歌の歌詞をモチーフにしたイラストを描いて、個展をやったことがある。

★この絵も、そのときに描いた一つだ。中村八大さんと永六輔さんのコンビになる『遠くへ行きたい』をイメージして描いたものだ。
見たこともない、行ったこともない、何処の国とも分からない、妙な風景になった。

★この歌の歌詞は、『知らない街を歩いて見たい、どこか遠くへ行きたい…』という言葉で始まる。
でも、知りきっている筈の自分の街の中の知らない顔、近くにあるのに実は遠ざかっているもの、を知ることが今の私の課題だ。

絵を描くとき、構想や新しいイメージ(実はちっとも新しくないのだが…)ばかりを広げて追っかけても這い回るだけだと、特に最近思う。
身の回りにある何気ないものを、ただジッと見つめているときの方がアッと思う発見がある。
絵だけではない、人との関係も同じように思う。
この年になって、少しは、見方考え方がまともになってきたと思いたい。足下を見るなんておよそ縁遠い自分だったから、今まで。

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