暑中お見舞い

暑中お見舞い
★暑中お見舞い申し上げます。

★子どもたち、多分、夏休みの宿題や課題をすっかり忘れて、今が一番楽しい夏休みのピーク。
暮れなずむ夏の夕陽に遊ぶ昭和村の子どもたちの姿をご覧ください。(以前、童謡の歌詞のバックイラストに描いた作品です。)

★今夏の酷暑はそうとうなものです。ちょっと外にいただけで、骨の芯まで焼きが入ったようなカンカン照りの毎日です。
家内とのウォーキングの時間を少し下げて陽が落ちてからにしたのですが、アスファルトから立ち上る熱気は全くおさまらず、歩いているうちに汗まみれのランニングの中にカビやキノコがすぐ生えてくるのではないか、と冗談が出るほど高温多湿の日が続きます。
また今夜も熱帯夜か…。

☆エアコンでガンガン冷やしながら、『この異常な暑さはCO2の地球温暖化のせいね!』などと言っている人。(キミこそ温暖化元凶のひとり…)
☆『オレ、エアコン嫌いなんだ、家では窓を開けて寝てるよ』というくせに、会社では『ぜんぜん冷えていないな!もっと設定温度を下げろ!』とわめいている、ただのケチな人。
☆『うちのエアコン、室外機は壊れていないので、室内機の方だけ換えてもらえないかしら…』と、出来ない相談を持ちかけて家電店でねばっている人。
☆もう十数年も頑張っているエアコン、数年前からカタカタと変な音がしはじめ、この夏は持ちこたえるかな…、とヒヤヒヤしながらエアコンのスイッチを入れる私の家。

★〈今夏の酷暑はそうとうなもの〉と書きましたが、思えばずっと前から夏になるたびに同じ事を言っているような気がします。子ども頃だって暑さにヒーヒー喘ぎながら登下校の長い道のりを歩いた事を思い出しますし、中学校のとき、校庭での一学期の終業式で暑さのために頭がボーとなって今でいう熱中症一歩手前までいった記憶もあります。
考えようによっては‘酷暑'と‘厳寒'があるからこそ、四季の移ろいをハッキリと感じることが出来るし、そのことで日本人独特の感性が形成されてきたのかもしません。
 とでも無理矢理思いながら、あと一ヶ月、我慢、我慢。

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月下美人

月下美人
★ず~っと前から欲しかった‘月下美人’、昨年の秋、家内が友人から一鉢いただいてきました。それが昨夜、一房(一輪というより一房と言った方が適している容貌だったものですから…)ですが見事に花開きました。

★二週間ほど前に、鉢の下の方の葉に花芽らしき突起が出て、その突起の根元が日に日にゾウの鼻のように伸びて花芽を押し出していき、同時に先っぽの花芽は風船のように膨らんでいきます。
昨日の午後5時半、帰宅して車から降りると家内が待ちかまえていたように飛び出てきて『今夜、咲くかもよ!』と言うので、見るとポンポンに膨らんだ蕾の彼女が玄関の横で揺れていました。

★それから何回彼女を見に外に出たでしょうか、もう8時頃からは玄関の出入り口をふさぐように鉢を置いて、イッパイやりながら網戸ごしに監視です。
そして最も美しくも妖しい姿を見せてくれたのが深夜11:30です。
花が開く不思議な過程といい、見事なその容貌といい、こんな花がこの世にあるのか…、と思いながら、午前1時頃まで見とれていました。

★今朝6時、花はすっかり萎んでダラッとぶら下がっていました。
‘月下美人’…、まさに彼女は一夜限りの夢の花です。

☆今夏の終わり、涼風が吹き始めた頃、もっといい土に換えて、もっといい鉢に換えて、伸びすぎた上の葉を剪定してあげて、ギリギリまで寒さにあてて、冬はしっかり家の中で養生してやり、来夏の彼女は幾房の花を一夜に見せてくれるか…、楽しみでなりません。

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古池や…

古池や…

★この作品も過去に使った別々のイラストを少し手直しして組み合わせたリサイクル作品です。まだ見ぬ宇宙、イメージはどんな勝手なイメージでもありです。

きょうの話題、ちょっと無理矢理ねじ込んだ感がありますが、イメージつながりです。

★先日、松尾芭蕉の生涯を辿った某局の番組を見ました。わずか17文字の表現で、それを読む人々に限りなくさまざまなイメージを広げてくれる芭蕉の偉大さを再確認させてくれた良い番組だった、と私は思いました。

★が、専門家とか、研究者というのは私たちに余分な固定観念を押しつけるところもある、と若干思うこともあります。
その番組の中で、例の『古池や 蛙とびこむ 水の音』の解説をしていましたが、こんなまとめ方をしていました。
『悠久の自然の中に見る 一瞬の生の輝きとはかなさを17文字の中に表現した』 だそうです。
なるほど、うまいことを言うとは思うのですが、絵でも、音楽でも、文学でも、名作古典と言われるものは長い歴史のなかでこねくり回されて、専門家や研究者たちの言葉の博識を披瀝する素材になっているのではないか、と思うことがあるのは私だけでしょうか。この『古池や…』も、『一瞬の生の輝きとはかなさ』と、ピシッと格好良く論評されると、俳諧界での名声を捨てて、全国をボロボロ姿で彷徨した旅姿の私の芭蕉イメージが遠ざかってしまうのです。
俳句には全くのド素人の私にでも、それなりにその時の芭蕉目線をイメージ出来る、それが芭蕉の俳句のステキなところと私はかねがね思っているものですから…。

★では、私のこの『古池や…』のイメージはこうです。この句で私がいつも想起するのは高校生の頃に見た、飛騨の某地区の入植部落の廃村風景です。農家の廃屋の横に、かっては鯉が泳いでいただろうと思われる石で囲われた小さな池があって、そこに浮かんでいる落ち葉が微かに動いていることで、いまでもわずかな山水が流れ込んでいることが分かりました。『古池や…』の句の活字を見るたびに、そのときの廃村風景が脳裏に浮かび、締め付けられれるような自然の静けさを感じるのです。

★絵でも、音楽でも、文学でも、表現されたものは全てそうだと思うのですが、自分の体験や経験、あるいは原風景と知らないうちにつながり、その心の琴線に触れた作品が「好き!」になったり、なんにも触れない作品が「嫌い!」になったり、あるいは「何も感じない…」になったりするのでは、と思います。
えらい先生の論評に左右されないで、自分のレベルで、自分の感覚で、自由に表現されたものと接したいし、表現したいと、その番組をみたあとに思ったのです。

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前倒しバーゲン

前倒しバーゲン

★最近、ずっと先に行われる町のイベントのポスターづくりで忙しい日々です。どこの自治体でもそうですが、だいたいのイベントは秋に集中していることが多いものですから、その宣伝広報はもう始まっているのです。

★この作品も、11月に行われる音楽イベントのポスターをつくっているところですが、そのイラスト部分を見ていただきます。
出来るだけ晩秋の雰囲気が漂う画面に仕上げようと思いながら制作しているところです。

★作品中、‘枯れ葉'は、初冬のいつだったか道で拾った何枚かの落ち葉を、そのままスキャナで撮ってPCに保存していたものですし、‘楽器の木目部分'は某工務店が出している商品見本冊子にあったベニヤ坂の写真を少し加工して貼り付けたものです。コビトくんたちは、過去いろんな作品でつくったのが数十人いますので、そこから適当な子に登場願いました。この作品のために新しくつくったのは‘ギターを抱えた女の子'だけです。でも、この子も今後、髪型を変えたり、ブラウスを着替えたりして、あちこちに登場させるつもりです。私のポスターはいわば、イラストのリサイクルCGですが、バックの処理やレイアウトによって、この子たちはまた異なった雰囲気の中で活躍してくれるのです。

★さて、話は戻ります。イベントの宣伝広報が数ヶ月前からというのはいいのですが、今朝の新聞に入っていたチラシに驚きました。なんと【夏物最終処分バーゲン!】と、そのチラシにありました。まだ‘梅雨明け宣言'もされていないし、さぁて今年の夏休みをどう楽しもうか、とさえまだ考えていないのに、【夏物最終処分バーゲン!】にはビックリしました。
聞くところによれば、この業界も安売り激戦のあおりで、バーゲンセールがどんどん前倒しになっているとか…。

★深く考えなければ、季節が始まる前に、その季節に着る衣類が安価で手に入るのは嬉しいことですが、一方、どこかで社会システムの何かが崩壊し始めているのなら怖いことかもしれません。
が、私、前々から欲しいと思っているレザー風のジャケット、昨冬もその店に掛けてありました。なかなか売れないようです。今秋にもまたその店にかかるでしょうか。家内は『そんな高いものはダメです』と歯牙にもかけません。その店の【冬物最終処分バーゲン!】のチラシが夏の終わり頃にでも入ってこないかと待ち望んでいるのです。そりゃ、無理か…。

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