
◆いままでの小さな妖精から、少し成長した思春期妖精をたくさんつくりましたので、きょうはその何人かを登場させました。妖精といえども成長すればお色気も出てくるし、好奇心も旺盛です。人間界の奇妙な現象に興味津々なのです。
◆私の町には、市街地には珍しいほどのデッカイ自然公園があります。数年前、その公園内道路の両脇にメタセコイアを植樹し、石畳の散策道路にしました。メタセコイアの街路樹?、もうお気づきの方がお見えかもしれません。そうです、‘冬のソナタ’のシチュエーションです。私の町と連携都市となっている韓国の某市がそのドラマのロケ地になっていたとかで、こんな迷所、いや名所をつくるにいたったのでしょう。さらに、そこに木のベンチテーブルのようなものが置いてあるので『あれは?』と聞くと、なんでもドラマのさわりの場面に出てくる重要な小道具だとかで、それと寸分違わぬ物をつくって置いてあるそうです。あ〜!。
◆恥ずかしながら、その通りの愛称が‘冬ソナ通り’です。(ちょっと、やめてよ…)と内心思ったのですが、なんと、新聞やテレビで報道されるやいなや、その通りが一挙に雑踏と化しました。噂が噂を呼んで他県からの多くの見学者を集めました。驚いたことに観光バスが乗り付けるまでになったのです。訪れるのは、おばさん軍団ばかりではありませんでした。細い銀縁メガネをかけて微笑みながら歩く、思いこみペくん、ふわふわのマフラーをゆったり巻いた、なりきりチェ嬢もいました。そのドラマを見たことがない私は時流に取り残された気さえしました。そういえば、その頃、私の友人の奥さんからの電話の第一声は『アニハセヨー』でした。(ちゃんと日本語で言え!)と思ったものです。
◆でも、織田信長ではありませんが、‘夢まぼろしの如く’です。当時の喧噪はすっかり消えて、いまは、落ち葉舞う静かな市民の散策の道です。ある意味、やっと、あのドラマの光景に近くなったのかもしれません。いまなら、あのベンチテーブルで語らう若い二人も絵になります。やがて落ち葉が石畳をおおい、雪が舞い、メタセコイアの上枝に少し積もります。最高の光景になります。まもなく、このメタセコイアにイルミネーションな掛けられ、年末から新年にかけて、通りをロマンチックに演出します。この‘冬ソナ通り’決して、冬損な通り(山田クン、座布団取って!)ではありません。町にはこういう情緒空間が不可欠なのです。
ポチッとお願いします。!




