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旅行報告

旅行報告

◆海風に落ち葉の舞い上がる初冬の瀬戸内海界隈を旅行して、昨夜帰宅したところです。

◆自治会の仕事を通して知り合った気の合う十数人の地域の仲間たちと年に一度の旅行が恒例になりました。今年はなんかの拍子に姫路城の話になり、ほとんどのものが過去、旅行の行程の中で乗り物の中から見たり、近くまで行ったことはあるけど、天守閣に上がったことのある者は一人も居ない、ということが分かり、それならということで今回の旅行のメインは‘姫路城の天守閣に上がる’でした。

◆えてして、行ってみれば期待していたほどの感動がなかったというのが皮肉れ者の私の常だったのですが、今回の姫路城には度肝を抜かれるほど感動しました。高い丘の上に聳える巨大なお城の遠景の美しさもさることながら、天守閣の入り口に着くまでに見る巨大石の石垣の積み方、分厚い漆喰壁の見事さ、通路設計の緻密さに感嘆することしきりでした。

◆城は天守閣に上がるスペースしか開放されていないように見受けましたが、急な階段を登ると各階層の窓から急角度に反り上がった屋根が重なり、いにしえの瓦職人や大工職人の究極の技の跡を間近に見ることが出来ました。天守閣を貫く築城当時のままの二本の心柱に触れることが出来たのも幸せでした。
天守閣最上階からは、見晴るかす瀬戸内海まで眺望出来て、きっと、この風景を睥睨しながら、国盗りの遠謀術策を練ったのだろうと、当時の武将たちに思いを馳せました。

◆私は三十代の終わり頃、イギリスに行く機を得て、あちらの幾つかの古城を見ましたが、外観の華麗さ、美しさ、内部の細々にわたる機能的な工夫、そしてそんなところにまで施された造形的な細工のこだわり、等々において、西洋のそれとは比べるまでもなく我が姫路城のほうが勝っていると思ったのです。世界遺産にはなるべくしてなったのでしょう。

◆この後、山陽路の方へも足を伸ばしましたが、またいずれ。

◆最後に余談ながら…、帰りのバスでキムタクの「武士の一分」を鑑賞、前に見に行こうと思いながら見れなかった映画だったものですからラッキーでした。ジーンと胸を打ちました。厳しくて温かいいい映画ですね。この前、家内と「HERO」も見に行ったけど、いいなあ、キムタクくん。

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通知表

通知表

◆今でも、ときどき当時の仲間たちとの笑い話に出てくるのですが、私は高等学校の卒業式をサボって欠席しました。だから、高校卒業という感慨を味わっていません。出席できないこともなかったのですが『受験先の宿泊する親戚が、家を留守にするので留守番も兼ねて、少し早めに来て欲しいと言っている』というようなウソを学校に言って、卒業式の数日前から欠席したように記憶しています。ナンとも中途半端な高校生活の最後でした。それほど『卒業式なんて…』と、うそぶくヒニクレ高校生だったのでしょう。

◆受験から帰ってきて、3月の半ば、もうすっかり高校のことは忘れてしまった頃、友人から一通の封筒が送られてきました。開けてみるとナンとクシャクシャにシワの付いた私の高校最後の通知表が入っていたのです。そういえばまだ通知表を貰っていなかった、と初めて気づきました。その通知表のあちこちには「元気でな!」「またな!」といったような寄せ書きとも落書きとも分からないキタナイ文字がいっぱい書かれていました。私が居ないことをいいことにクラスのみんなが私の通知表を回して見ながら書き込んだそうです。

◆『なんじゃ、アイツ‘化学’と‘英語’最低やな』『オイ、この点数で受験かよ!』などと笑いこけながら、私の通知表を見ているクラスのヤツらの顔が浮かんできましたが、同時に、やっぱり楽しかった3年間の仲間たちのことが一挙の思い出されて、胸が熱くなったものでした。

◆私は、いまでも『過ぎたことはどうでもいいや』と思う反面、しばらく時間を経てから『しまった、あの時に…』と、悔悟することが多いのです。人生にキレがないと言うか、やりかけばかりの積み上げというか…。

◆でも、まぁイイカ…、人生それぞれだから。

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ドウマル

ドウマル

◆この子が着ている綿入りの上っぱり、私たちの子どもの頃は冬の遊び着の定番でした。飛騨ではこの上っぱりのことを‘ドウマル’と呼んでいましたが、いま住んでいるところでは‘デンチ’と言っていたそうです。それぞれの土地で呼び名が違うみたいです。

◆まさか方言なので辞書には載っていないだろうと思いながら引いてみると‘デンチ’はありませんでしたが、‘ドウマル’は‘胴丸’でありました。読むと、「戦のときに着ける簡易な鎧」とありました。なるほど、ドウマルも寒さをしのぐための簡易な上っぱり、だから多分この‘胴丸’が語源なのでしょう。

◆これ、どの子も各家庭で母親の手作りでした。私が見ていた母の記憶では、布団の古くなった布をドウマルの形に前二枚、後ろ一枚、に二枚ずつ重ねて袋状に縫い、グルッと裏返しにして、綿を重ねて置き、その綿がずり落ちないように真綿で丁寧にくるんでから、布を元に戻す、といった具合だったと思います。

◆私のような古布団の表地の再生ドウマルもいれば、家の人の古着の再生ドウマル、中には古い毛布で作ったものだからカミシモのように肩の張ったドウマルを着ているヤツも居たりしました。当時、ドウマルはちょっとした子どものオシャレな遊び着だったのです。

◆今はダウンベストですが、味がありません。今でも、何処かでドウマルを着ている人を見かけたような気がして、数年前のことですが店を探したことがあります。ありました!。ディスカウントショップに。プリント地ですが、いかにもそれらしいカスリ模様で、合成綿ですがフカフカで、あのドウマルそのものでした。早速、家内と私の二枚を買いました。

◆家に帰って、羽織るとき気づいたのですが、ナント「中国製」の文字が!。『お前、とうとう俺の記憶の世界まで入りこんできたか…』と、思ったものです。でも、重宝していますが。

◆◆こちらは昨日今日、いきなりの真冬日です。『おかあさん、寒いから、あの中国製を出してよ』『どこに片付けたかしら、あの中国製…』と、方言の‘ドウマル’まで乗っ取られてしまいました。

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21世紀を見られなかった氏から

21世紀を見られなかった氏から

◆先般アップした「訓練」の中で司馬遼太郎氏の文章の中から、『いたわりの情は日頃の訓練云々…』と言う一節を紹介しました。実は、この文章、某教科書出版社の小学校6年生の国語教科書に載せらた「21世紀に生きる君たちへ」と題する文章の一部なのです。文章の前後の脈絡を述べないで、あの部分だけを取り上げたものですから、分かり難かったかと思います。ですから、きょうは、短い文章なので、その全文を《続きを読む》に載せました。(無断掲載、問題あるかもしれませんが、まぁブログのことなのでお許しいただいて、問題指摘されれば消去するつもりです)

◆氏が亡くなられる少し前の執筆です。氏はこの文章を書いた後で『歴史小説を書くよりもはるかに難しかった』と述懐されていたのを当時の新聞で読んだことがあります。関係者によると、この原稿は、書き直しに継ぐ書き直しで真っ赤になっていたといいます。それだけ氏の意気込みがすごかったのでしょう。

◆『自分は多分、21世紀の世界を見ることが出来ないだろう』『21世紀の街角には立てないだろう』と、おっしゃる氏が、子どもたちに向けた精一杯のメッセージです。自然界への認識、人の生き方、について氏の心からの希望と期待、願いが優しく、熱く語られます。私には氏の叫びのようにも聞こえます。胸が熱くなります。

◆小学校6年生には、若干、難解な感じがしないでもありませんが、この教材を扱う教師次第でしょう。この教科書を採択している地域の子どもたちは、国語の時間に、この文章に出会ったという素晴らしい財産を持って、自然や社会に眼を向けながら大人になっていくでしょう。
私は、歳を経てから出会ったのですが…。

是非、全文をお読みください。
【“21世紀を見られなかった氏から”の続きを読む】

冬ソナ通り

冬ソナ通り

◆いままでの小さな妖精から、少し成長した思春期妖精をたくさんつくりましたので、きょうはその何人かを登場させました。妖精といえども成長すればお色気も出てくるし、好奇心も旺盛です。人間界の奇妙な現象に興味津々なのです。

◆私の町には、市街地には珍しいほどのデッカイ自然公園があります。数年前、その公園内道路の両脇にメタセコイアを植樹し、石畳の散策道路にしました。メタセコイアの街路樹?、もうお気づきの方がお見えかもしれません。そうです、‘冬のソナタ’のシチュエーションです。私の町と連携都市となっている韓国の某市がそのドラマのロケ地になっていたとかで、こんな迷所、いや名所をつくるにいたったのでしょう。さらに、そこに木のベンチテーブルのようなものが置いてあるので『あれは?』と聞くと、なんでもドラマのさわりの場面に出てくる重要な小道具だとかで、それと寸分違わぬ物をつくって置いてあるそうです。あ~!。

◆恥ずかしながら、その通りの愛称が‘冬ソナ通り’です。(ちょっと、やめてよ…)と内心思ったのですが、なんと、新聞やテレビで報道されるやいなや、その通りが一挙に雑踏と化しました。噂が噂を呼んで他県からの多くの見学者を集めました。驚いたことに観光バスが乗り付けるまでになったのです。訪れるのは、おばさん軍団ばかりではありませんでした。細い銀縁メガネをかけて微笑みながら歩く、思いこみペくん、ふわふわのマフラーをゆったり巻いた、なりきりチェ嬢もいました。そのドラマを見たことがない私は時流に取り残された気さえしました。そういえば、その頃、私の友人の奥さんからの電話の第一声は『アニハセヨー』でした。(ちゃんと日本語で言え!)と思ったものです。

◆でも、織田信長ではありませんが、‘夢まぼろしの如く’です。当時の喧噪はすっかり消えて、いまは、落ち葉舞う静かな市民の散策の道です。ある意味、やっと、あのドラマの光景に近くなったのかもしれません。いまなら、あのベンチテーブルで語らう若い二人も絵になります。やがて落ち葉が石畳をおおい、雪が舞い、メタセコイアの上枝に少し積もります。最高の光景になります。まもなく、このメタセコイアにイルミネーションな掛けられ、年末から新年にかけて、通りをロマンチックに演出します。この‘冬ソナ通り’決して、冬損な通り(山田クン、座布団取って!)ではありません。町にはこういう情緒空間が不可欠なのです。

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葉擦れ

葉擦れ

◆いろんな‘妖精’をたくさんつくって、さまざまな場面のなかに活躍させる、妖精シリーズの作品をたくさんつくってきました。幾つかは過去見ていただきました。これも、そのなかの一つです。

◆街の中では、車の喧噪にかき消されて葉擦れの音など聞こえないと思っていたのですが、この前、夕暮れ、家内といつものウォーキングをしていたら、車が行き交う道路にもかかわらず、街路樹の葉擦れの音が妙によく聞こえました。晩秋、夕暮れ、冷風、そんな辺りの雰囲気がフッと自然界に耳を澄ませる余裕を持たせるのでしょうか。

◆それ以来、葉擦れの音に少々興味があります。葉が落ちる前の今の時期の葉擦れの音は樹によって微妙な違いがあります。例えば、イチョウの葉擦れはシャ~シャ~という感じの湿った音です。イチョウ、確かに落ち葉になっても水気が多くて落ち葉焚きも出来ません。それに比べて、ケヤキの樹はカラカラいった感じの乾いた金属的といっていいほどの音です。そういえば、ケヤキの落ち葉は乾燥しているので、土に混ぜるとすぐ壊れて細かくなり土に馴染んで、畑の土改良剤になる、と聞いたことがあります。

◆まあ、当たり前といえば当たり前の話ですが、葉の性質や形状、密集度、枝のしなり具合のよって、その葉擦れの音も微妙に違うのだ、と、やっと気づいた今年の秋でした。

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訓練

訓練

◆例の某出版社への応募落選三部作のトリです。キノくんとオートバイ以外の人物イラストは、過去別の作品のためにつくったイラストです。使い回しイラストでは落選もむべなるかな、と言うことです。

◆この場面は、キノくんが《相手の気持ちが全て分かり合える国》のような町に迷い込んで、そこに疑心暗鬼の社会の人眼関係を見るといったところを描いたのではなかったかと思います。

◆私も、『あいつはいったい何を考えているのか』と、他人の心の内を覗いて見たいことはよくあることですが、誰もがそう思い、しかも、それが難なく覗けてしまっては、そりゃ疑心暗鬼の世界でしょうね。

◆それはそれとして、よく、友人とのケンカやいさかいで叱られて、長い説教のまとめに『相手の気持ちを分かる人間になろう』といった類の言葉を先生や親から言われたものです。まあ、『相手の痛みを知れ』と、言うことでしょうが、理屈は分かっていても耳を通り過ぎてしまう言葉のようだったように思います。

◆歳を経てから、故司馬遼太郎氏の小文に出会いました。
氏は、人々が助け合って生きていくには‘いたわり’の感情こそ必要と説き、その感情は人がもともと持っている感情ではないので、‘訓練’によって身につけるしかない、と言います。その訓練たるや、例えば、誰かが転んだとき、『あぁ、あの人痛かっただろうな~』と、感じる気持ちを、その都度、積み上げていくことでいいのだ。と、おっしゃるのです。

◆痛みを知る、その言葉そのままの解釈といえばそれまでですが、得心しました。う~ん、訓練か…、なるほど。

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