スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

幻影

幻影

◆北アルプスの岐阜県側の麓に新穂高温泉群があります。その突き当たりの場所と穂高連峰の西の端の尾根を繋ぐ長い長いロープウエイに乗ることが出来ます。あまり長いためか、斜面が急なためか、あるいは危険防止の理由からか、このロープウエイは海抜1200メートルあたりの所でいったん降りて別のロープウエイに乗り換えるようになっています。
この中継場所一帯が広い高原状態になっているので、観光客はすぐに乗りかえないで、しばらくここを散策して自然を満喫することをおすすめします。

◆この場所、秋の日、運が良ければまさに紅葉天国です。白樺と赤や黄色のコントラストが映える林の中を歩くと命が洗われる気がします。
でも、この場所の紅葉はホンのいっときで、一週間ほど経ってから友人を連れて行くと違った場所に来たのかと思う程、色の褪せた林になっています。まるで、あのときの紅葉が林ごと麓に向かって移動したのかと思うほどです。美しいときは一瞬です。

◆さて、紅葉狩りに行ったとき、どうしても自分が過去に見た最も美しかった紅葉が頭の中に残っていて、他人が『きれいだなぁ』といっても自分としては、その紅葉の色合いに不満だったり、ということはありませんか。私は、そのロープウエイの中継場所の紅葉の美しさが頭にあるものですから、どうも、近在の紅葉名所にいっても納得がいきません。

◆でも、こういうこと‘人間’には禁物ですよね。過去は全て‘幻影’ですから…。あの時出来たから今でも出来るはず、とか、久しぶりに会った彼を、昔の彼を見た尺度で判断するとか、いったことはよくあることですが、いけません。と、自分に言い聞かせているのです。過去は二度と戻らないけど、そのときどきにに何か新しい可能性が芽生えて居るはずだ、と、信じなければ人間生きていく力が湧いてきません。

◆【追記】…この人物のイラスト、以前も使いましたが、ブログ友人の写風人さんのお嬢さんをがモデルです。数年前ですが。

ポチッとお願いします。!
スポンサーサイト

敷居

敷居

◆今週いっぱい、銘刀‘関の孫六’で有名な町、関市の小さな画廊で細工物陶芸を得意とする先輩作家と私のCGとの二人展をやっています。

◆ちょっと話は変わりますが、以前、新しく出来た某県の某美術館に友と行ったことがあります。えらくシーンと静まりかえった会場に少し違和感を覚えましたが、ズラッと並んだアメリカを中心とする若い作家たちの現代美術に圧倒されました。その中で気に入った一つの作品の前に立って二人でその絵の感想を話し合っていたときのことです。近くの椅子に座っていた会場監視のコンパニオンが近づいて来て、『会場では静かに鑑賞してください』と言うのです。

◆そりゃ、会場を下駄で闊歩したり、子どもが走り回ったり、赤ちゃんが大声で泣いたり、と言うのなら、そう言う注意の言葉も当然でしょうが、むしろ小声で絵の感想や感動を鑑賞者が話しながら絵を見ると言うことは当たり前のことだと思うのですが…。

◆そのとき思いました。こういう訳の分からない輩がいるから、美術館や博物館の敷居を高くしてしまうのだと。せっかくみんなに開かれた文化施設を、ハイブロウなところと誤解させる輩は許せません!

◆美術館と画廊とでは質が違いますが、画廊にも敷居の高い、庶民を寄せ付けない雰囲気を持ったところもあります。その点、この小さなギャラリーは商店街の中にあるせいか、敷居がありません。
店に買い物にきたエプロン姿の奥さんが寄ってくれたり、ウォーキング途中の老夫婦がイップク代わりに立ち寄ってくれたり、してくれるのです。

◆毎年やるので顔なじみの方も多くいます。私のCGを見て『こりゃ、どうやってつくるのじゃ』と聞かれるものですから、簡単に説明すると『はぁ~、聞いてもわしゃ分からんワイ』と言います。(たしか、この人、昨年も、一昨年も、同じ会話をしたけど…)と、なんてこともあったりして、私はこの敷居のない画廊をこよなく愛しているのです。

ポチッとお願いします。!

ワッショイ ワッショイ

ワッショイ ワッショイ

◆多くの観光客を集める有名祭礼は別にして、昔は、小さなどこの町村でも地元の祭礼は結構大規模なものでした。私の郷里の祭りも、先頭に数頭の獅子が舞い、その後を笛、太鼓、鐘、の行列が続き、さらに少し遅れて、ワッショイワッショイのかけ声とともに四台の立派な御神輿が続いたものです。でも、そのお祭りに向けて、数ヶ月も前から夜遅くまで神社の社務所で笛太鼓の練習の音が聞こえていました。

◆地域に伝わる行事の伝承のためには、全てに優先して、それにあたるといった暗黙の了解があったように思います。しかし、時代が代わり、農林業が衰退し、若者のほとんどが勤め人になり、地域への価値観も代わり、お祭りの形も簡素化しました。かっての獅子頭や御神輿は神社の倉庫に眠ったままです。まあ、それは当然の変遷だろうと思います。

◆でも、現在、どこのお祭りでも、‘子どもみこし’が相変わらず盛んなのは嬉しい限りです。
御神輿に付き添っている子供会役員の元気のいいお母さんが『なにぃー!あんたち、もっと大きい声をだしゃー!』と叫びます。叱られた子どもたちは、大声で『ワッショイ!ワッショイ!』と出来る限りの声を張り上げます。そのお母さんは『よしよし、チャンと大きい声を出さんと、ご祝儀もらえへんでね!』と言います。
家々の前では、ご祝儀袋を手にした人々がニコニコしながら、子どもみこしを待っています。
伝統の祭りもいいけど、地域社会を実感する、こんな祭りの姿もいいと思うことしきりでした。

ワッショイ!ポチッとお願いします。!

終電車

終電車

◆先日、久しぶりに名古屋への往復、電車に乗りました。いつもは美術館に行く程度なので車なのですが、その日は終日、名古屋に居なければならない所用があり電車を利用したのです。理由は駐車料金が高いからです。都市の公共駐車場の料金というのは、そのあたりの地価で算出しているらしく、中心部と周辺部では大きく違います。私の用務先の近くのその公共駐車場、なんと10分で100円です!。地方から来た人が自分の地域の常識的な駐車料金が頭の中にあるものだから、10分を1時間と勘違いをして『さすが名古屋、公共駐車場は安い』と喜び、そこに駐車し、一日楽しく遊んで、いざ帰りの出車のとき、その高額料金に卒倒しそうになった、と言うウソのようなホントの話もあります。

◆あっ、余分な話を…、そんなわけで帰りの終電車の中です。
人物観察面白いですね~。私の前にお見えの4人様。仮に、役所の課長
補佐のおじさん、その両脇に、今年入社の新入社員とまじめな女子大
生、同窓会帰りのご婦人は立ったまま。4人とも名古屋からの乗車でした。

◆ご婦人はすぐ読書を始めました。間もなく、課長補佐が週刊誌を開きます。それにつられるように新入社員と女子大生がバッグから本を取り出しました。女子大生は一心不乱に読書ですが、新入社員はあまり読む気がありません。チラッチラッと課長補佐の週刊誌を横目でのぞいています。やがて、課長補佐に睡魔が襲ってきて、週刊誌を膝に広げたまま爆睡です。新入社員は、もう自分の本はそっちのけで課長補佐の週刊誌に釘付けです。きっと面白い芸能人のゴシップネタが書かれているのでしょう。
それにしても、ご婦人は席がいっぱい空いているのに何故すわらないのだろう、ブランドの洋服にシワが付くからでしょうか。

◆たまには、電車も退屈しなくていいなぁ~。

ポチッと応援お願いします。!

十月の山

十月の山

◆昨日、伊吹山に日帰り登山をしてきました。標高1377メートルの山です。滋賀県と岐阜県にまたがる平野部に近い山としては結構大きな山で、私の家からは日帰りギリギリです。
この山、夏に登ると、岐阜県側からの立派なドライブウエイがあるために、頂上はドライブで来たあんチャンやねえチャンと登山姿がごちゃ混ぜの妙な山でもあります。
私はいつも、滋賀県の米原市の端っこの奥伊吹まで車で行って、琵琶湖を背にしての登攀コースです。

◆山登りは、寄る年波をモロに感じるスポーツです。でも、いつだったかTVで間寛平チャンが言っていました。『マラソン前は喰うに限る、腹一杯食っておれば、何とかなる』と、以来、私も登る前は腹一杯に喰いだめをするのです。今年の24時間TVの欽ちゃんもこの寛平言に従ったそうです。
それが体に良いか悪いかはともかく、確かにこの方法は‘正解!’と実感しているところです。

◆1000メートル前後の十月の山は静かでいいですね。夏の賑わいが去ってシーンとして、冬を迎える身構えのような風情があって…。

ポチッとお願いします。!


オートバイ

オートバイ

◆これも以前アップした落選3部作のうちの1点です。まあ、それはいいとして、きょうはオートバイ乗り(カブみたいなやつじゃなくてでっかいヤツ)の話です。

◆私はオートバイに乗ったことがありませんので、オートバイのことは全く分かりませんが、オートバイ乗りの連中をみていると、その一種独特の感性というか、こだわりというか、そんなものに羨ましくおもうことがあります。

◆私が大垣の職場に勤務していたときのことです。若い友人が‘根尾の薄墨桜'を見に行く途中、私がここの3階に勤務していることを思い出し寄ってくれたのです。久しぶりの出会いに、懐かしい昔話は尽きませんでした。その話の途中で、彼がフッと窓から外に目をやり、いきなり『アッ、アイツが待っているので、もう行きます』と言うのです。
私は、連れの人を外で待たせていたのかと思い、窓から下を見ましたが、それらしき人は誰もいません。駐車場の端に、でっかいチョコレート色のオートバイが停まっているだけでした。彼の言うアイツとは、そのオートバイのことだったのです。

◆3階から見ていると、彼は後ろに積んだ箱のような物の中から革ジャンを出して着込み、ヘルメットをかぶり、オートバイにまたがり、発進する前に、オートバイの腹の辺りを『よしよし』と言うように、ポンポンとたたいているように見えました。

◆後から、オートバイに乗っている何人かににそのことを話すと『そりゃ当然でしょ』と言わんばかりの答えばかりが返ってきました。彼らにとってオートバイは、まるで命を持ったマシーンなのです。

◆自分を待っていてくれると感じるような‘物'ってありますか?
私は無いなぁ、羨ましいと思いました。

ポチッとお願いします。!

友

◆これは、私が過ごした町の小学校と中学校です。もうとっくに鉄筋校舎になって、この木造の素朴さは微塵も残ってはいません。でも、どこへも抜けることの出来ない、どん詰まりの地理にある町ですから、中学校の向こうに見える部落も、山も、開発されることなく、今でもこの写真のままです。

◆飛騨高山での同窓会で、小学校5年生で転校していったT君との再会は40数年ぶりでした。物静かで、内に秘めた何かがあるといった彼の雰囲気は当時のままでした。そのときは昔話というよりも、お互いのその後の生活変遷についての話が多かったように思います。淡々と話す口ぶりに、当時の彼を重ね合わせながら聞き入ったものです。再会を約してメールADの交換をして別れました。

◆そして間もなく、この写真が彼からメールで送られてきました。写真の懐かしさもさることながら、小学校の5年生で転校したので、この町には10年ぐらいしか居住していない彼が、この写真を持っていたことに驚きました。もちろん私は持っていないし、当時の仲間との数少ない写真のほとんどが、もう散逸消失してありません。

◆さらに、この写真に添えられた文章を読んで、彼がこの町で過ごした幼少期の10年間を、いかに大切な思い出として留めているかが分かりました。サンショウウオの谷、ムシロ敷きの映画館、いつも登った高天原への山道、あの時の街並みの様子、地名、場所名、等々…、ずっと実家をこの町に置いていた私でさえ、記憶の端から消えようとしている数々が明確に綴られていました。彼の文章を元にして当時のこの町の微々細々の絵地図が描けると思うほどの彼の記憶でした。

◆友人というのはさまざまです。40数年のときを経て、いきなり会って、すぐ別れて、その後はメールでしか交流出来なくても、その40数年の空白が一挙に埋められる友人もいるのです。

◆彼から、先日、ある「写真誌」が送られてきました。設計士の彼が中心になって手がけた全国各地の建築物の写真集です。誰もが知っている有名ビルも、幾つかその写真集の中にありました。同窓会のときは、彼、そんなことは一言もは話さなかったのに…。それも彼らしいと思いました。

ポチッとお願いします。!

二科展

二科展

◆先刻、「二科展」展示作業を終えて帰ってきたところです。
二科展、先日まで東京六本木に新設された国立新美術館で開催されていましたが、明日からは名古屋に移動して愛知芸術文化センターの愛知県美術館で開催されます。

◆私、若い頃は「自由美術」という公募展に油絵の抽象画を出していたのですが、仕事も忙しくなり(いい訳ですが…)毎年でっかい絵を描くのがおっくうになり、しばらく公募展からは遠のいていました。

◆それが、二つ目に人生が近づいた頃、遅ればせながらCGを覚えたものですから、以前から憧れていた二科展のデザイン部への出品を始めたわけです。ラッキーなことに初出品以来、毎年入選をさせてもらっています。

◆おまけに、今年の作品は二科展全国巡回展作品の中にも選ばれ、名古屋をかわきりに来年の4月まで全国8都市を巡回するそうです。多くの人の眼にふれるのは嬉しいかぎりです。

◆二科のデザイン部の一般出品者の中では、多分、私は年長者の部類でしょうが、まだまだこれから、と気持ちを新たにしているところです。

◆ところで、写真にぼんやり見える私の作品、いつぞやのブログでアップしたやつです。出力サイズは103㎝×72.8㎝のB1サイズです。結構大きいでしょ。

ポチッとお願いします。!

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。