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「紙切れ」から「証」へ

「紙切れ」から「証」へ

◆子どもの頃、学校のイベントや応募など、何らかの賞状を貰ったことありますね。印刷文字がタラタラとあって、お終いにハンがポンを押されたやつ。だいたいA4サイズが主流でした。学校に限らず、大人対象の賞状も同じです。

◆主催者は、いつまで経っても賞状を‘付与’するという意識なのです。「主催者として、あなたに賞状を与える」という上から目線なのです。あんな味気ない紙切れ一枚を付与されても…、と思いませんか?

◆役所の各課が主管するいろいろなイベントでも賞状を発行します。賞状ですから、そこにある程度の威厳も保ちながら、一方で『この賞状は、あなたが頑張ったことの証です』と言う気持ちのこもった賞状が出来ないものかと、いろいろ試みているところです。

◆絵やポスター応募での賞状だったら、その作品をデジカメで撮って賞状に載せる。若干面倒ですが、本人や親には大変好評でした。
また、そのイベントの広報ポスターに描いたイラストやロゴを賞状にも入れて、大人になった日に、頑張って参加したイベントを思い起こすよすがにする、などなど…。

要は、A4白紙に黒字印刷だけの、形式の権化のような紙切れ賞状は、もう止めよう、ということです。

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十五夜

十五夜

◆先日、ブログ友人の画面を開いたら、波打ち際で遊んでいる彼のお嬢さんのすごく可愛い笑顔が飛び込んできました。見ている私も思わず微笑みながら画面にしばらく惹きつけられたのです。

◆そこで私も、見ていただく人をニコッとさせるようなアップ作品はないものかと、過去の作品展に出したものの中からさがしてきたのが、この「十五夜」です。ちょうど時期のタイミングもいいし…。

◆さて、この歌ご存じではないでしょうね。若い方々は当然ご存じないにしても、私と同年代の人に聞いても『知らん』と、ほとんどの方が言うのです。〈雑木林に月が出た〉って歌です。

雑木林に月が出た
月が出たならソッと見な
抜き足 さし足 ソッと見な
耳をすませば歌ってる
オケラに ミノムシ モグラの子
イモムシ ネッキリ ヤモリの子
そ~れ そ~れ 歌ってる
いつも暗がり意気地なし
それでも生きてる 歌ってる
出てみろ 出てみろ 出てごらん
雑木林に月が出た

◆もっと長い歌ですが、後は覚えていません。多分、反抗期が始まる小学校の高学年のころだったと思います。これも多分ですが、NHKの「ラジオ歌謡」ではなかったかと…、もう一つ多分ですが、良からぬ方向に突き進んでいく当時の私が、歌詞中の
【いつも暗がり 意気地なし出てみろ 出てみろ 出てごらん】
というあたりに心が残って、いつまででも忘れられない歌として私に定着したのではないかと…。いま思えばですが。

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ランナー

ランナー

◆来春早々に行われる、年度最後のわが町のイベント、シティマラソンのポスターをさっき仕上げたばかりです。昨年まではリアルな陸上選手のような人物イラストのポスターを描いてきたのですが、今年はガラッと雰囲気を変えて「ぬくもりとコミカル」を意識してみました。

◆シティマラソンは選手ではなく一般市民がランナーです。いろんな人が参加しています。
★『アッ、あの子!』毎年参加している真面目な陸上青年が今年も
トップを走っています。
★『ニッポンサイコウ!』と、地域行事に積極的な外国人が走って
います。(わが町も多くの外国人が居住しています)
★『わしゃ、病院など滅多に行ったことがないわい!』と、厚生労
働大臣が涙を流して喜ぶような元気なご老人が走っています。
★『あなた、危機的状況ですよ!』と、きれいな女医さんに言われ
て、体脂肪を落とすべく頑張っているメタボリック症候群さんが
走っています。
★『親子の断絶、考えられないわ!』と、若い奥さんが我が子と手
 を取り合って走っています。(今はね…)
★『よし、まだ追い抜けるぞ!』と、ラストスパートをかける受験
 生も走っています。

◆シャカリキになって走る人、マイペースで走る人、手を振って余裕で走る人、でも、どの人も今より、今の自分より一歩先の自分を掴もうとしているように見えます。

◆市井に生きている人々は全てがランナーです。今の時代だから、一挙にそこに近づけないことは承知しています。だけど、少しずつ、一歩一歩、これ以上不条理のまかり通らない、これ以上不幸の生まれないゴールに近づいているのだという確認が欲しい! でないと、みんなコースから外れて勝手な方向に走っちゃいます。

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自立

自立

◆いつだったかTVの「はじめてのおつかい」と観ていて、さまざま思いを馳せたことを…。

◆「自立」、辞書を引くと「他の援助や支援を受けないで、独立すること」とあります。まあ、辞書的にはそうかも知れませんが、実社会の中ではこういうことは皆無の近いと思います。自分の行動に対し有形無形に他との関わりがないということはあり得ないと思います。

◆でも、私たちは日常の中で「自立」という言葉をよく耳にします。私はこんな風に受け止めています。《自分にもこれだけのことが出来るという自信と可能性への期待》、そう言うことを総じて「自立」或いは「自立心」と。

◆だから、子どもから大人への成長に追随して「自立心」が培われていくというものでもないような気がします。いわば、人の一生を通して、その時々に、自立心が燃え上がったり消えたり、自立心が芽生えたり萎えたり、の繰り返しなのでしょう。

◆さて、人が最初に経験する自立は離乳でしょうか、彼にその自覚らしきものがあったのかどうかは分かりませんが、母親への依存から少し離れる小さな小さな「自立」の始まりでしょう。数年後のあの「はじめてもおつかい」も自信を育む小さな「自立」なのでしょう。

◆問題はその後です。世間が広がり、自意識が膨らみ、先述の《自立心が燃え上がったり消えたり、自立心が芽生えたり萎えたり、の繰り返し》が始まります。自分の可能性への期待と挫折、慢心や驕りと落ち込み、楽観と悲観、それらを交互に経験するのが人生だと思うのです。そして、その過程で、生き甲斐も生成されて行くのだろうと。

◆私は、自分の身の丈を理解しているかのごとく、さも謙虚に自分を語る人を信用しません。誰でも、内心では「もっと!」「今より!」思っている筈です。自分の身の丈を本当に理解するのは人生の終焉が近づいたときでしょう。『精一杯やったが、ここまでだった』と。
それまでは頑張らねば、私の場合は展覧会の作品づくりに!

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キノ

キノ

◆何年か前、ある出版社が某小説の読書感想文ならぬ読書感想イラストを募集していたので、お遊びで暇を見つけて応募しようと思い、その本を買いに本屋に行った。結構なシリーズ本だった。その中の一巻を買い読んだ。何とも荒唐無稽な内容で、詳しい内容は全く覚えていない。

◆ただ、そのとき『こんな本は、そう誰もが読んでいるわけがない、イラストの応募だって、きっと少ないぞ、もしかしたら…』と、取らぬ狸の皮算用をはじいたことを覚えている。そして応募、そして見事に落選。このイラストはそのときの落選イラストである。データのままずっと、日の目を見なかったので、ここにアップした。
後で知ったが、この本、多くの若者の支持を受けていると聞いた。その後、アニメにもなっていると聞いてビックリした。
その本の内容が分からないと、このイラストの意味も分からないが、内容を書いていると長くなるので省く。まあ、こういう情景画としてご覧いただきたい。

◆やっぱり、もう少し、この本のことを書こう。主人公の無国籍スーパーマン、虚無的でニヒルな男、名をキノという。バイクに乗って町から町へ放浪の旅をしている。街々で遭遇する事件を冷徹に素早く解決というか、処理をしていく。その街々で遭遇する事件一つ一つが、現代社会の矛盾の縮図と作者は言いたげに見える。構成としては名作「ガリバー旅行記」や私の好きなアニメ「銀河鉄道999」に似ているようにも感じるが、バイクや拳銃などの何げな説明が妙に詳しくてオタクっぽい。

◆ただ、キノくんならずとも、「一人旅、放浪、知らない町、未知との出会い」っていうのは、そんな機会がある筈がないからこそ誰でも憧れる。

◆小説「キノの旅」、もし興味があったら。でも私のように一冊読みきらないうちに『つまらん…』と投げ出すかも。

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四季

四季

◆これまでに仕事上で創ったポスターや自分の作品のためにつくったイラストのパーツを寄せ集めてつくった絵です。

◆「古今集」だったか「新古今集」だったか覚えていませんが、藤原ナントカさんの歌に秋来ぬと 眼にはさやかに見えねども 風の音にぞ驚かれぬる’という歌がありました。昭和庶民の名曲「小さい秋みつけた」の二番では、‘お部屋は北向きくもりのガラス うつろな目の色とかしたミルク わずかな隙から秋の風…と、サトウハチローさんは書いています。

◆平安の昔から、いまに至るまで、五感を澄まして季節の変わり目を感じ取ろうとした、我が日本人の繊細さを感じるのです。
特に、人々の季節への願いが集まるのは《暑い夏から爽やかな秋へ》《厳寒の冬から温かい春へ》でしょうか。

◆それもこれも、四季に恵まれた日本だからこそでしょう。日本文化の背景には四季の移ろいの美しさが大きく介在しているということは、言うまでもありません。

◆でも、でも、今年の猛暑は涼しい秋を期待するあまり、感性を大きく
狂わせました。九月に入って『オッ、今朝は涼しいな』と思いきや10時頃には33℃の急上昇、『やっと、風が出てきたな』と思いきや、台風の影響だったり…。きょう、9月9日、湿気と暑さのサウナ状態のなかで、こうしてアップ作業をしてます。お部屋は北向きですが秋の風は全く入ってきません。(=_=)

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朝青龍報道

朝青龍報道

★先日ブログ友人が「拝啓 朝青龍様」という記事を書いてお見えでしたので、その形式をパクらせてもらいました。

前略、あちこちでやってる「朝青龍報道」様

◆冒頭から。口幅ったいことを申し上げて恐縮ですが、朝青龍に関する報道やワイドショウ番組のヒートアップぶり、何とかしていただけませんか? 私たちは土俵にあがっている彼には大変興味がありますし、今回の件で彼が再び土俵に戻って来るのだろうか、ということについて関心もあります。でも、モンゴルでの彼の一挙手一投足まで知りたいなんて全く思っていません。
彼がどこの施設に居留しているのか、さらに、そこでの治療で施されるという「泥治療」とはどんなものであるかと、体験するレポーター、等々、いい加減にしてください。そんなことどうでもいいじゃないですか。

◆きっと、「日本の国技である相撲の横綱は歴とした公人、だからその報道は当然」「相撲を愛する国民のために、そこで生じたさまざまな問題を報道するのは当然」と、おっしゃるのでしょうか? しかし、モンゴルで彼の姿を追い求めるあなた方の姿は、ゴシップネタを追うパパラッチのように見えて仕方がないのです。

◆モンゴル草原で自由奔放に育ち、人一倍向上心に富んだ若者が日本の高校に留学し、相撲界に入り、その強さ故に横綱に上りつめ、その強さ故に増長していったのでしょうが、若い強者のそういう状況は、ままあることです。彼の驕りが大きくなっていく過程で相撲協会の強力な指導がなかったことにも責任があるのでしょうが、あなた方マスコミだって、彼の土俵上の強さを褒めちぎるだけで、彼の普段の行状なんて報道してこなかったじゃないですか。

◆そりゃ、仮病でモンゴルに帰り、サッカーに興じ、巡業をオサボリし、そのことを素直に謝れない彼に、大きな非があることは否めませんが、どうも、皆さんの報道は「不利を背負った者」に群がるようにしか見えないのです。彼が、強さに素直さを加えて再び土俵にもどってくるのだろうか、という期待感があなた方の報道から感じられないのです。そういうところがチラッとでも見えると報道の公正さを感じて、私たちは良い気持ちになるのですが…。

◆モンゴルで彼の姿をシャカリキになって追い求めないで、放っておいたらどうですか? 土俵に戻るか、戻らないか、ペナルティーの期間が終われば分かるのですから…。
                    一相撲ファン 拝

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やどかり

やどかり

◆また、孫ネタです。

◆私は、土曜日ごとに孫相手の「お絵描き教室」をやっています。一応その時々の出来事をテーマにして『〇〇をしたときの絵を描こうね』てな調子で始めるのですが、彼女が、気分が乗っているとき、乗っていないときでは、絵の様相が全然違います。(まあ、それは幼児の彼女に限らず、学童でも、大人でも同じことですが…)ましてや、テーマと描き手の気分がピタッと合うなんてことは、滅多にありません。

◆その点で、この絵は良く描けていると思います。
この怪獣のようなもの、じつはヤドカリなのですが、家族旅行をしたときに海辺で初めて出会ったヤドカリが、よほど珍しく、奇妙で、得体のしれない生き物に見えたのでしょう。
その記憶と印象の大きさが、墨汁の筆勢と構図に表現されていると思います。

◆ちなみに、この作品、国土交通省が所管する某関係団体主催の子どもの全国公募展で‘大賞’をいただき、過日、彼女と両親が表彰式に行ってきたところです。しかし、彼女はそれよりも、その帰りに連れて行って貰ったディズニーランドの方が、はるかに嬉しかったようです。

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