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100人に聞きました?

100人に聞きました?

◆ブログ友人から【あなたの印象を100人に聞きました】http://yan-cocktail.sakura.ne.jp/100labo/28/ というサイトがあるということを聞いたので、早速開いてみた。なんと125000件以上のアクセスがあるではないか。《ちょっと気になるあなたの印象を100人に調査しました》とある。

◆氏名(ニックネーム)、生年月日、血液型、を放りこみ《占い》をクリックする、なにっ!《占い》?、100人アンケートではなかったのか、
まぁ、そんなことはドウデモイイ。《占い》をクリックすると瞬く間に100人アンケートの結果が出る。誠に優秀な調査機関である。

◆以下、私のヒトトナリに対する100人のアンケートだ。

たまさんの事を45人はおもしろいと思っています
たまさんの事を31人は尊敬できると思っています
たまさんの事を15人は小心者だと思っています
たまさんの事を4人は根暗だと思っています
たまさんの事を1人は何考えているかわからないと思っています
たまさんの事を1人は女らしいと思っています
たまさんの事を1人は過去に何かありそうだと思っています
たまさんの事を1人は気がきく人だと思っています
たまさんの事を1人はテンションが高いと思っています

アレッ、他の人の結果を何人も見たが、同じような項目が結構あるな。設問域が狭すぎないか?まぁ、そんなことはドウデモイイ。

◆面白い…45人、俺は人を笑わせたり楽しませたりするのが特に苦手だが、失笑や嘲笑をかうことはあるが、そうか、面白いということは《ヘン》ということか、ヒガムナ!。
◆尊敬…31人、まぁいいだろう、ノボセルナ!。
◆小心者…15人、根暗…4人、そうかもしれん、日頃の虚勢を見抜かれているかも知れない。
◆ナニッ、女らしい…1人、《たま》という名をネコか女に限定するな!俺は男じゃ、イヤ、まてよ、もしかしたら、ワタイの秘密がバレたかも。・・↑オェ~!

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What kind of music do you like ?

What kind of music do you like ?

◆以前、早とちりでお話しした無駄になったイラスト、ギターのお兄ちゃんとドラムのあんちゃんをここに登場させることが出来ました。

◆この秋に私の町で一週間にわたって開催する《音楽週間》のポスターのイラスト部分です。今度はクラシックからジャズ、邦楽に至るまで、何でも有りの音楽行事です。

◆さて、《What kind of music do you like ?》とポスターの上に書くつもりですが、書いてみてフッと思いました。『どんな音楽が好きですか?』と、問われても、なかなか答えにくいものですね。特に、私なんか、子どもの頃音楽の成績も悪かったし、楽器も出来ないし…。それぞれのジャンルに、この曲は好きだけど、これはイヤ、ってものがあるし。

◆まあ、そのジャンルが総じて好きというものをあげれば、私はタンゴです。この前、ブログ友人がタンゴの演奏楽器バンドネオンの写真を載せていたのを拝見して、『アッ、若い子の中にもタンゴファンっているんだ』と、嬉しくなりました。

◆以前、写風人さんと一緒につくった私の町のシンボルマーク、そのとき、そのマークの趣旨説明のアニメもつくってBGMに始めから最後まで、タンゴの《碧空》をながしました。評判上々でしたよ。

◆激しい情熱と望郷の念をかき立てるような哀愁、タンゴ大好き!皆さんは、《What kind of music do you like ?》

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キアゲハ

キアゲハ

◆子どもたちはいよいよ夏休みに入りました。学校から離れ、親の目からも遠ざかり、自分を試したり、冒険したり、と、長い夏休みは子どもがドーンと成長する素材がそこかしこにころがっている極めて重要な期間です。そこをどう過ごすか、或いは、どう過ごさせるかは、子ども本人と親の責任も当然あるわけですが…。ところで最近、夏休み不要論を持ちだす親や大人たちの出現が気になります。このことに限らず、それぞれが持っている持論の論拠の背景には自分自身の体験があると言われていますから、夏休み不要論を持ち出す輩は子どもの頃から学生時代にかけて余程、無意味な暗い夏休みを送ったのでしょうか。まさか、学校に行っててくれた方が楽だからとか、勉強が遅れてしまうから、とかいったような矮小な理由ではないと思いますが…。

◆アッ、すみません、のっけから話題がそれてしまって、本題はアゲハ蝶のことでした。
キアゲハには春型と夏型があります。まだ春が終わっていない4月の終わりから5月頃、『あれっ、このキアゲハは子どもかな?』と思うような、小ぶりはなキアゲハが飛んでいます。これが春のキアゲハです。
夏真っ盛りの8月に飛んでいるでっかいヤツが、夏休み昆虫採集の餌食になる、いわゆるキアゲハです。

◆昆虫採集でこのキアゲハを捕ったことのある方はおわかりかと思いますが、その大きいことと、力が強いことに驚きます。私も二人の息子も子どもの頃キアゲハとの最初の出会いで同じ経験をしているのですが、最初に、捕虫網からキアゲハの胴体を自分の手で持ったとき、そのデッカイこと、意外に力強い抵抗、手に触れる足のバタバタ感触、そして間近に見るその異様なまでに飾られた羽根の模様、手につく鱗粉、それらに気味悪くなって思わず手放してしまったのです。少々誇張的に言えば、イメージと現実の違いの最初の認識だったでしょうか。

◆そんな些細な出会いのサプライズに始まり、やがて、さまざまな出来事やいろんな友人との出会いが生まれる、それが夏休みです。
幼稚園から大学生までの諸君、思いっきりの夏休みを!

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孫のサルの絵

孫のサルの絵

◆5月に愛知県犬山にある《日本モンキーセンター》の園内で写生大会があり、5歳の孫が参加しました。その作品が、なんと《園長賞》に選ばれて、この16日に表彰式がありました。私は行きませんでしたが、夕方、たくさんの賞品を抱えて一家で喜びの報告に来ました。

◆展示されていたのを親がデジカメで撮ってきたので、ここに載せました。見てやってください。

◆これまでも、2回ほど彼女の絵を見ていただきました。身内のことをほめるのもジジバカで申し訳ありませんが、彼女の得意技は筆に墨汁を付けて、いきなりザザァ~と輪郭を描いてしまうことです。だから、結構、力強く、ハッキリした絵になるようです。

◆この年齢の子の対象のとらえ方は不思議です。対象の大きい小さいとか、遠い近いとか、物の位置関係などはどうでもいいようです。要は、そのときの印象が最優先した絵になるようです。小さな印象派です。
この絵の場合はこうです。最初、写生のポイントを探していたとき、遠くの猿山の上にかかる吊り橋の上で、いきなり『キィヤ~キィヤ~』と凄まじいボスサルの叫び声が辺りに響き渡りました。度肝を抜かれるほどビックリしました。結局、彼女の絵は、叫ぶボスザルと驚く自分をデッカク描くというものでした。

◆白い画用紙を前にして、なかなか最初の一筆が描けないという人がいます。やっと描けても小さな絵になってしまう…。この状態を画家や書家の中には《白の恐怖》と呼ぶ方もいるそうですが、彼女は墨でザザァ~と描くことを繰り返しているうちに、この《白の恐怖》はクリヤーしたようです。

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名刺

名刺

◆私の職場の部屋に『玉さん、名刺つくってぇ』と、ときどき職員がやってきます。職場で統一した名刺もあるのですが、画一性をあまり好まない職員が独自の名刺をつくるのです。私も暇を見つけて要望に応えています。でも、お役所ですから、あまり奇抜な名刺をつくるわけにもいかず、結構神経を使いながらつくります。結局、どこの町でも標榜している《自然保護》《環境保全》というような雰囲気を文字のバックにあしらうという程度になってしまうのですが…。いくつかつくった中から一部をここに載せました。

◆実際の出来上がりは、以前、写風人さんと一緒につくった我が町のシンボルマークが入っているのですが、ここでは省いています。

◆私は、現役のころも名刺というのはあまり使ったことがありません、というより、持って出ることを忘れてしまうのです。でも何年間かの内に名刺帳には数百枚のあちこちからいただいた名刺がたまっていました。全部、廃棄しましたが…。名刺の効用はよく分かりません。

◆それでも、字列だけの名刺よりは、色のある、絵や模様のある、きれいな名刺の方が、ポイッと捨てられるまでの時間が長いことは間違いありません。

◆ちなみに、下の左半分が茶色のヤツは私の名刺です。孫が4歳のときに描いた落書きをイラストにしました。『何これ?』と眼を惹いていますよ。

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過去

過去

◆この前、五歳になった孫が水疱瘡に罹りました。二週間ほど家に閉じこめられていたのですが、やっと『もう幼稚園に行ってもいいよ』と、お医者さんからお墨付きをもらい、病院からの帰り道大ハシャギだったそうです。

◆その夜、早速、一家が私の家に遊びに来て、長男(孫の父親)が『ところで、大人になってから水疱瘡に罹ると大変だ、と聞いたけど、自分は子どものとき、既に水疱瘡に罹っているのかな?』と聞くのです。『多分、罹ったと思うけど、う~ん…』と、家内と私は唸るだけでした。
30年前の「母子手帳」も、しばらくの間、引き出しの中で見た覚えはあるのですが、いまは所在不明です。『まぁ、罹ったときは、罹ったとき』と言う結論しか出ませんでした。

◆少々、スケールの小さすぎる例えを、さらに誇張して言えば、《母子手帳さえ有れば、過去の真実を知り、現在につなぎ、将来を予測し、その対応を考える》ことが出来た筈でした。
こんなことを考えると、歴史学、考古学などの高邁な世界も、我が家の《長男水疱瘡被罹記録不明事件》と本質的に、そんなに変わらないと思ったりしたのでした。(アホ!全然違うわ!)

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花火2

花火2

◆ありゃ、また花火の絵、この前も見たけど、と思わないでください。この前アップした花火の絵《もう!》とは、違いますから…。

◆7月の二十日過ぎになると、毎週土曜日、日曜日の夜、何処かから、ドーンと打ち上げの音が聞こえてきます。これが9月のはじめまで続くでしょうか。私の居住するところは、木曽川、長良川が近くを流れていて、打ち上げに適した広い河川敷や中州がありますので、その流域の市町村が競うように夏祭りで花火を打ち上げるのです。花火って不思議ですね、私だけかも知れませんが、花火見学に行って、涼しい川風を感じたときから、もう夏の終わりを感じるのです。開放的な夏がもっと続いてほしいという気持ちの逆作用でしょうか…。

◆そういえば昔、郷里の花火大会でも同じ思いをしました。向こう岸をゆっくりトロッコが通ります。いまのようにジャンジャン打ち上げられるわけではありませんから、花火が上がって消えて、一瞬闇になります。次の花火が上がったときは、もうトロッコはかなり先の方に進んでいます。トロッコのコマ落としを見ているようでした。そのトロッコが山の端に消えたとき、さみしく感じたものです。夏を運んで行くようで…、またすぐ、次の花火があがるのですが…。

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本

◆いつもポスターの類をつくっているばかりではありません。お役所ですから、こんな依頼もあります。例えば、道路を拡幅して街路樹を植える、施設を新設する、施設の内部をリニューアルする、等々のときに、その完成予想図を描くのです。地元の人たちや関係者に理解を求める資料にするそうです。『ホレ、こんなふうにきれいに作りますから』と。でも、この仕事好きなように描けませんのでイヤ。

◆この絵も、団地の裏山にある施設の一室を図書室に全面改修する、ということで描いた完成予想図です。(図中の木の部分は、材木屋さんのカタログからスキャンし、つないだり、伸ばしたりしながらはめ込みました) もう完成していますが、木の香が漂い、私の予想図よりもはるかにステキな図書室になっています。

◆さて、本のことですが、よく『感動した本は?』と、問われることがあります。私は、読み始めてイヤになった本は、途中で読むのを止めるものですから本棚のコヤシのままです。だから、最後まで読み切った本は、全て感動した本なのでしょう。

◆感動にもいろいろあります。
寸暇を惜しんで、松本清張さんの推理小説を読みあさっていた頃のことです。彼が昭和27年に芥川賞を受賞した【或る「小倉日記」伝】に出会いました。〔森鴎外が書き綴った日記の中で、鴎外が小倉に赴任した数年間の日記だけが発見されていないことを知った青年がいました。体に障害を持つ、この青年が母親の協力を得ながら、その欠落した日記の所在を求め歩くという物語です。〕結末はハッピーなものではありませんが、私は、この作品を読んで、生き甲斐、生き甲斐を支える優しさ、運命、を凝縮した短編だと思いました。同時に、私のイメージの中で固まっていた松本清張さんとは全く違った意外な清張さんに出会った思いでした。

◆意外、同感、共鳴、憧憬、本からの感動ファクターはさまざまですね。

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制約

制約

◆これも展覧会に展示したものです。そこに出口が見えそうなのに、なかなかそこにたどり着けない、といった、そのときの焦りのような心境を作品にしたものです。

◆さて、…をしたいのだけどやれない(やらない)。…をしなければならないのだけどやれない(やらない)。といったことで自分の行動力の無さや、決断力の無さ、に自己嫌悪を感じたことってありませんか?、私はしょっちゅうです。いざ、あることに取り組もうと思っても、時間が、金銭が、集中力が、などなどの負担感が襲ってきて、やり過ごしてしまう。負担感というと体裁はいいのですが、結局、めんどくさいということでしょうか…。

◆私の場合、どうしてもやらねばならないのは作品展なのですが、それすら面倒で嫌なのです。毎年、どのようにしてクリヤーしているかと言いますと、『今年の×月×日に、××の会場で作品展をやる』と、早くから周囲に旗をあげるのです。公言した手前、やらないとただのホラ吹きか大嘘つきになるものですから、必死で作品をつくります。作品を見ていただいた方にいただく感想に喜々とすることはあっても、決して喜々として制作をしているわけではありません。

◆作品展に限らず、自分で、自分に制約とプレッシャーを与えることでしか、クリヤーで出来ないことって、自分の生活の中では案外多いことに気づいている私です。

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