約束

約束

年賀状は虚礼の権化と毎年悪口を言いながらも、結局年賀状作りに相当の時間をかけてしまうのも毎年のことです。今年は例年になく早く投函出来ました。さて私の年賀状作りにはある理由から一つの約束を課しています。それは必ず家内のイラストを登場させるということです。20数年前、家内が交通事故に合って救急車で搬送された病院でお医者さんが彼女の体を見て、クッシング病に冒されていることを看破してくれました。その病は当時、難病指定から外れて間もない難しい病であることを後で知りました。結局大きな手術を受け、6ヶ月の入院で病は癒えました。しかし、間もなく今度は脳梗塞におそわれ再度の入院を余儀なくされましたが、
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LETS MUSIC

LETS MUSiC


某市の秋の音楽イベントのポスターのために作ったイラストです。私は人物のイラストを描くとき、いつも自分の身の回りの人々を想像します。どちらかと言えば特徴的な人物の方が脳裏に浮かびます。この絵の場合は「あいつがもしトランペット吹いたら…」「あの子がバイオリンを持ったら似合うのに…」と言った風です。いつも面白い服を着ているあの若者、泣いたり笑ったりわがままな可愛い孫、カラッとしたショートカットの女性、みんな私の中でモデルになって楽器を奏でているのです。

出発

出発

イラストの後ろに船の絵を添えました。出発の意味です。私の孫が6月頃、自分の名前の中の一文字のひらがなを覚えました。夏頃、自分の名前を全部ひらがなで書けるようになりました。以後、いろいろな文字を覚え始めて、今は電車の窓から駅名を一字一字読んでいます。最初、自分の名前の一字を書けるようになったのが彼女にとって文字文化の世界への出発だったのだろうと思います。私たちは生きている限り、毎日たとえ些細なことであっても何か新しい経験を積んでいます。だから日々出発の連続なのです。毎日が船出です。でも、座礁や沈没に気を付けて!

だからロボットなのに

だからロボットなのに

某公共機関の受付ロボットのデザインを3種提示したときの話です。一応3種提示しましたが、私はA案に決めていてB案とC案は付け足しのようなものだったのですが、あに図らんや検討会議ではA案が真っ先に外されました。その理由は「頭から手が出ているのが気持ちが悪い」と言うことでした。生身の人間の五体とバランスや形を自由に変えて『アリャ?』と思わせるのがロボットの存在感なのに…。結局C案が採用されて、いま受付に立っています。まあいいか。

ターニングポイント

ターニングポイント

よく北陸街道を通ります。あの関ヶ原合戦場の横を過ぎて伊吹山の麓の林道辺りに、こんな野武士が徘徊していたんだろうと想像しながら、このイラストを描いてみました。さて、この中部地方は関ヶ原を筆頭に歴史を大きく動かした舞台になった地域も多いし、信長、秀吉、家康をはじめとして歴史を創りだした人物も多いのですが、彼らはここにずっと腰を据えることはなかったようです。彼らにとってこの地は起点でありターニングポイントでした。私たち凡人にも人生のターニングポイントは在るはずです。カッコ良く言えば【過去を引きずらない】ことがターニングポイントを見逃さないスベでしょうか。なかなかそうはいきませんが…。 

雪

私は飛騨の育ちなので少々の雪はどうってことないのですが、仰天する程の豪雪の地に勤務したことがあります。そこは長野県、富山県、岐阜県が隣接する秘境の温泉地でした。宿直室で炬燵に入っていると、シャシャシャと雪の降る音がするのです。朝起きると3メートル程の積雪です。ここは一冬中こんな日ばかりでした。でも温泉の熱気で所々が落とし穴のようにポッカリ雪の穴が空くのです。覗くとそこに暖かさを求めてやってきた冬を生き抜く虫が何匹かいます。それをねらった雀が降り立ちます。子どもたちはそこにザルで罠をつくり雀を捕獲して、焼き鳥にして食べるのです。私も何回かご相伴にあずかりました。あの旨さは忘れられません。雪国の遠い日の思い出です。

雪の降る街



灯りの街に雪が降るといつも思い出す映画があります。カリスマシャンソン歌手ジルベール・べコーが若かりし頃主演した『遙かなる国から来た男』というフランス映画です。舞台はフランスの小さな田舎町でした。雪の降りしきる夜、クシャクシャのレインコートを着たべコーくんが街灯にもたれてクリスマスの飾りに彩られた幸せそうな家々の窓辺をジッと見ているのです。向こうから女性が歩いて来ます。やがて…。この映画、内容も映像も中学生だった私の心を激しく揺さぶったものです。大人になってから誰に聞いても「そんな映画知らない」と言うし、ネットで調べても出てこないのです。どなたか検索で当てたかたお見えになりませんか?

地球のシワ



先月の終わりに近在の山に登りました。山と言っても2~3百メートルの山です。私の街の北端に十キロにわたって連なっていて、端から端まで尾根道が整備されています。近県の山好きも訪れるちょっとした登山スポットです。まあ、その山紀行はいづれ書くとして、今日はたかが二百数十メートルの頂上からの望外の眺望に感動したことを書きます。その低い海抜の頂上は意外にも三河湾の海から北アルプスの連山まで、まさに360度の視界が開けていました。三千メートル級の山の眺望と根本的に異なっていたのは人々の生活している地面が眼下にはっきり見えたことです。北方に窮屈に重なり合う山々がこちらに近づくにつれて少しずつバラけて隙間が出来て、その隙間に田畑が見え、さらに山がまばらになると、平地が工場や家で埋められていきます。そして山はすっかり姿を消し広大な濃尾平野となって太平洋へ続いていました。まるで地球のシワです。そのシワの間やシワの伸びた所に人々の生活があるのです。そんなことを眼で実感した素敵な山行きでした。

写真家・綾部晋太郎氏のこと



この写真は綾部晋太郎氏の撮ったものです。私は写真の専門的なことは、よく分かりませんがこの写真が好きです。厳冬の川辺で、早朝の寒気が日の出と共に少しずつ和らいでいく様子が見事に表現されていると思います。彼の写真はいつも自然に中に同化しながら撮影している感があります。さて、私と綾部氏の出会い辺りのことを話しましょう。三つ驚いたことがあります。一つ目は彼が知人と話していた時の情景です。その人が何かを訊ねました。すると彼は『わしゃ、そんなこたぁ~、しるけぇ~』と江戸っ子のべらんめえ調で言うのです(私なら「そのようなことは存じ上げません」と言うのですが、ホントか!)。会話中ずっと、まるで江戸時代の長屋にタイムスリップしたような彼の口調でした。二つ目は、彼の職業が中学校の校長先生であったと言うことです。驚きました。でも、この学校のワルガキをビビリあがらせるには丁度いいと、そのとき思ったものです。三つ目は、彼と少し親しくなったある日、彼が上記の写真を見せてくれた時です。その繊細な自然観に驚愕しました。聞けば、多方のコンクールにも出品し入賞しているのです。彼はべらんめえ校長の一方、自然の瞬間の変化を撮り続ける写真家だったのです。多面性を持った人間の魅力を彼に見ました。彼と私は【一遇会】というグループを立ち上げ、彼は写真、私はCG、という作品展をもう7年間続けています。




晩秋上枝

晩秋上枝

杉や檜のような常緑樹が植林された林は嫌いです。四季を通して薄暗く変化がないからです。そりゃ林は栗、クヌギ、欅、ブナ等々の落葉樹の林でしょう。いわゆる雑木林でもかまいません。薄緑が芽吹く早春、林を真っ暗にするほど葉っぱが密集する夏、色づいた葉を少しずつ落とす秋、そして明るい林に戻る冬。私が大好きなのは地面にまだ色づいた落ち葉が残っていて、見上げると葉の一枚もついていない樹々の上枝が交錯しながら風に揺れ、その上枝の間から濃い青の空が見える、といった晩秋のロケーションです。青を背景にして、さまざまな樹々の上枝が重なり合って風に揺れるさまは言葉でも、絵でも、写真でも、何をもっても表現出来ない美しさです。11月半ばの一ときという限定付きの光景であるのもまたいいですね

向こう岸の村

向こう岸の村

5歳のときから18歳まで育った飛騨のすべてが私の原風景です。飛騨の自然風景も人々の暮らしも私の記憶の中では陽光燦々たるものではなく、どちかといえば暗いものなのですが、それがまた郷愁を一層かき立てるのです。私の家は川を挟んで、やや北東の山の斜面に貼り付いていました。午後3時になると太陽は向かいの高い山に遮られて日陰になるのです。川向こうにある村を見るといつまでも太陽があたって明るいのです。子供心に向こうの村の方が店も多いし、祭囃子の音もこちらの村より大きく響いているように思ったものです。学校でも向こう岸の連中の方が威張っているように思えて、よくケンカをふっかけたものです。
でも、高校の頃近くに橋が出来て、向こう岸の部落に行きこちらを眺めると意外に明るく美しい山村風景でした。

矛盾

矛盾

ちょっときついイラストですが、環境問題のポスターです。環境問題への取り組みの矛盾をジッと見つめる怒りと悲しみの表情です。私たちの身の周りにも環境保全への矛盾はいくつでも見ることが出来ます。例えば、X市の場合、行政の強いリーダーシップで植樹が盛んです。簡単に樹を切ることさえ許されません。ビルの屋上から街を見ると、その成果は歴然です。林立する樹々の合間に色とりどりの屋根が見え、それはそれなりに美しい風景です。しかし、眼をず~と街の端にやると、土を採取した赤土の無惨な山が大きく横たわっています。おそらく、高速道路や海の埋め立てに削った後の残骸でしょう。こんな風景は全国の至る所にあります。緑なす街を見下ろしているのは樹々を剥がれた赤土の山ということです。誰もが分かっていることですが、便利さの享受の裏で着々と進行している破壊を我々はジッと見つめているだけです。

子どもの好きなことをのばせ

子どもの好きなことをのばせ

この前、ある学習塾の依頼で塾のパンフレットの表紙のために作ったイラストです。私は高校や大学に合格するための学習の意欲喚起を願って作ったイラストではありません。これからの学習塾たるもの、ただ希望校に進学させるために偏差値をあげることにのみ終始してはいけないのです。もし軟弱な学校教育の向こうを張るのであれば、なにげに見せる子どもの仕草や言動から、親でも見つけることが出来なかった、その子の個性や得手を見つけてやる鋭い塾経営者の眼が望まれます。そして小さいときからその個性や得手を存分に伸ばしてやる、そんな専門化した塾が地域の小さなコミュニティーの中に出来るといいですね。子どもたちをジッと見ていると確かに千差万別の個性がキラキラしています。このイラストはそんな子どもを描きたかったのです。

展覧会

展覧会

いま個展をやっています。私はB1サイズとA3サイズのCG作品を12枚並べました。毎年、2回の個展と春秋2度の公募展への出品を定期的にやっています。「制約説」という論理があります。自分に何か制約を課さなければ自らを律することは出来ないと言うことですが、まさに私はこの年間4回の制約が無ければ、怠惰な日々を送っているでしょう。
自らの意欲の喚起は制約の中にしか生じてこないと感じることしきりです。

ホワイトナイト

ホワイトナイト

私の居住する町はメジャーな史蹟も名所もなく、日本地図の中にひっそりと佇んでいる小さな地方都市です。ただ自慢と言えば、市の縦横に走っている並木道でしょうか。道筋によって、それは銀杏であったり、ナンジャモンジャの樹であったり、ハナミズキであったりして、統一性を欠くところがまた面白いのです。おかげで道行く人は芽吹きの初春から、落ち葉の晩秋、さらに葉の落ちきったオブジェのような冬の上枝まで、季節の移ろいを並木から感じ取るのです。
さて、その一画にメタセコイアの小さな並木道があります。今年も12月に入って、その木にイルミネーションが飾り付けられました。200メートルほどの光ロードはこの辺りでは珍しく、とても美しいものです。しかし、夜遅くなると誰もいません。人気のない道の上でキラキラと光っているだけです。でもご心配なく、それからが冬のフェアリーたちの出番なのです。

森の奥で

森の奥で

私を育ててくれたのは飛騨の山奥です。5歳から高校を卒業するまで、御嶽山の飛騨側の登山口にあたる山峡の村で過ごしました。
霊峰で知られる御嶽山も今は6合目まで車道が出来ていますが、当時は麓から歩いたものです。私も毎夏御岳登山に挑戦しました。いくつもの山を巻き、谷を越え、原生林の中の山道を歩いていると、それはこの世のものとは思えない別世界の風景に出会うのです。
深く暗い原生林の中に突如滝が現れて、その滝壺だけに一条の陽光が注いで、そこに小さな虹が架かっているのです。森の妖精たちが宴を張るステージに違いないと思ったものです。

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