2017 賀状展

2017 賀状展

★2017、我が家にいただいた賀状の中からピックアップしたこのブログ恒例の賀状展である。

★私の地域では昨日8日が左義長だった。近くの八幡神社境内に大焚き火の炎があがり、人々は正月のしめ飾りやお鏡餅を置いた台や昨年中掲げていた御札などを炎の中に投げ入れて正月が終わったことを実感した。
それにしてもアッという間の正月だった。そういえばこの賀状展にしても、昨年か一昨年にアップしたのがついこの前のことだったのに、と思いながら今年の賀状展をアップした。時間の移ろいはまさに疾風のような速さだ。

★時間の早さに抗うことは出来ないにしても、つい時間を忘れるような何かへの取り組みをしたいものだ。何かが何かは分からないが…。

★ともあれ今年が始まった。満足できる一年にしたい。

2017 楽しく行こう!

2017 楽しく行こう!

★もう干支を幾回りしただろうか、でも、こうして今年も干支のイラストを描き多くの友人に賀状を発送出来ることが幸せなのかもしれない。
★年々、何かに取り組むことが面倒になり、怠け者になりつつある自分の姿が自分自身にもよく分かる。
「こりゃいかん!」と、その時々に思いながら、でも結局なにも出来ない、その繰り返しの1年がまた始まった。
★ともあれことしもよろしくお願い申し上げます。

昔の中学生二人の展覧会

昔の中学生二人の展覧会

★この夏は猛暑の炎天下に飛び出す勇気もなくエアコンの室内でジッとしているだけの老体であった。最近朝夕の風が涼しくなり始めてようやく「こんなことではイカン!」と思っていたところに、名古屋で開催されるの展覧会案内が二通届いた。いけばなの展覧展とイラストの個展で、双方とも会場は別だが会期が重なっていて、しかも偶然にも二人とも私の大昔の教え子だった。
というわけで11日に早速行ってきた。

★名鉄百貨店で開催されていた「いけばな展」に出瓶しているIさんは私が30代後半の頃の中学生で頭の良い絵の上手い少女だった。現在は立花講師として活躍しこのいけばな展にも出瓶いるのだ。
上掲は彼女の作品である。見受けるところ流派の東海地区の指導者たちの作品が展示されているようで、その観客の多さに驚いた。

★「いけばな」に全く不案内な私なりに惹かれたのは、その表現方法の多彩さである。草むらの中に潜む楚々とした自然情景をイメージさせるようなものから、強烈な大自然のエネルギーをイメージさせるような、まるでオブジェのような作品まで、自然界の解釈と表現の幅の広さに驚かされた。さらにそれぞれの出瓶者が自分の表現をいっそうアピールするために花器、剣山、水張り等々「いけばな」に付随するさまざまにまで行き届いた神経が見えた。

★上掲下段のイラストは長年「中部経済新聞」連載小説の挿絵を描いてきたOさんの原画展である。名古屋市民ギャラリーで開催されていた。Oさんは私が20代の横着教師だった頃の中学生だが、当時「こんな上手い絵を描く中学生がいるのか…」と感心したものだ。イラストレーターの彼は特に江戸時代の風俗を描くのが得意のようで、衣類、髪型、持ち物等々その時代考証の見事さも評判である。彼の軽妙洒脱なイラストはどこか懐かしい感じもして惹かれる。

★Iさん、Oさんの作品を鑑賞した後、ぶらぶらと秋に向かう名古屋の街をしばらく歩いた。二人のおかげで久しぶりに外に出た。
私も秋の展覧会の準備を急がねば…

チョッと喫茶店バッグ/№5と№6

チョッと喫茶店バッグ/№5と№6

★過日、今年の「年賀状展」をアップしようと思ったのだが、何故か画面化けがおこり、前の私の賀状画面までトンでもない変形を
起こしてしまった。理由がよく分からないので、新しい「年賀状展」の記事も前の私の賀状イラストの記事もいったん削除してしまってアップやり直しをした。多分「年賀状展」記事の縦サイズの許容越えが原因だと思うが、ハード音痴の私には不明である。そんなわけで今年は「年賀状展」を見ていただく機を逸した。

★話は変わるが、昨年の夏から秋にかけてコツコツと作っていた「チョッと喫茶店バッグ」の№5と№6を見ていただく。

★№5の方は2トーンカラーでおしゃれなやつを作ろうと意気込んだのだが、制作の段取りを間違ってしまい、方々に素人っぽさが見える。なんかカルチャースクールの革細工教室ではじめつくったような作品になってしまった。これは絶対に使いたくない!!

だからすぐに№6を作った。以前何処かの店で見たアウトドア用の小物入れを思い出しながら、記憶を辿りながらスケッチをして、髪型紙から順を追って丁寧に作った。内皮はもう必要の無くなった現役時代のネクタイを解いてパッチワーク風に繋いで貼った。
まあまあイメージに近いバッグになった。この革色も望外の良さだ。年末年始の集まりや宴会にはこのバックを持って参加した。



チョッと喫茶店バッグ No4

チョッと喫茶店バッグ No4

★四つ目の「チョッと喫茶店バッグ」を作った。これまでの三作もここで見ていただいが、しばらく使っているとその度に不都合が出てくる。不都合の殆どが容量に関しての問題である。だから、一作目から三作目まで少しずつ大きなバッグになりつつあった。
最近、出先で待たされる時間が多く、新書版の本、イヤホーンで聞く小さなラジオ、500MLコーラのボトル、等々を入れる大きさが必要となり今回の四つ目バッグとなった。何でもかんでもバッグに押し込める根性は‘モノグサ老人’の典型である。

★が、ともあれ革細工は楽しい。あちこちに皺があって、ビロ~として薄汚い平面の革を、機能を持った道具に変えていく過程は面倒だけど面白い。
特に今回の革は手芸屋さんの店頭バーゲンで買った安物で、薄いヨモギ色の冴えない革だったが、完成後に保革油をタップリ塗り込むと油分を吸い込んだ革が少しサップグリーンを帯びたような濃い渋い目の革色になった。私の大好きな色目のひとつだ。

★さ~て、今日はどこの喫茶店に出掛けようか…。

はつなつの風

はつなつの風

★昭和20年代から30年にかけて活躍した木版画作家であり詩人でもある川上澄生さんの「初夏(はつなつ)の風」という作品が好きだ。
このイラストもその木版画に添えられた「はつなつの風」という詩をイメージしてつくり以前アップしたイラストなのだが、今回はそれを少々アレンジして再度のアップである。

★心地よい「はつなつの風」の筈が突如荒れた風雨に変わることがある。気象予報士によれば、この時期の天空は冬の名残の寒気と南からの暖気が鬩ぎ合ってとても不安定な大気が渦巻いている。それが突如の荒天をもたらすそうだ。おりしも山々は若葉色から深い青みを帯び始め夏色に変化する。だから、この時期のこの荒天を「青嵐」と言う、とその気象予報士は言っていた。

★思えば、穏やかに見える私たちの社会も安閑としていられないのかもしれない。国の内外に漂うさまざまな不穏状況が大きな影を落としつつあるようにも見える。願わくば、青嵐はもうイイから、いつまでも穏やかな「はつなつの風」だけが吹く社会であってほしいものだ。

小径

小径

★私がこの地に居を構えてから、もう30年以上経つ。当時と比べれば町の様相は大きく変わった。この辺りは浅い丘陵地帯で田畑がうねるように続く風景が大好きだった。今はそこにビルや民家が密集して、この地独特の丘陵風景は全く目立たなくなった。
また次々に建設された広い道路が町を縦横に分断しこの町の風景を更に変えつつある。その中の一本の道路は北に真っ直ぐ伸び、山を削り赤土の上に造成された巨大団地に向かっている。が、この団地、老齢化が進み空き家がドンドン増えている。何処の地方都市にも見られる道路と団地の象徴的な光景だ。

★だが、30年前の風景をそれほど変えることなく今に繋いでいる貴重な地域が私の町の一角に在る。畑と竹林の中に農家が点在し、その中を縫うように軽自動車がやっと通れる狭い道が迷路のように張り巡らされている。
私はほぼ毎日、家内とウオーキングをしているが、時々タイムスリップしたようなこの地域にまで足をのばす。その時に見つけた素敵な小径がこの写真だ。
想像だが、昔そこに住む数軒のお宅が道に出る近道として竹林を通り抜けていたために長い年月で踏み固められて、この道になったのはないかと思うのだ。

★確か魯迅の言葉だったように記憶しているのだが、『もともと地上に道はない。歩く人が多ければそこが道になるのだ』と言うような一節だった。
この竹林の小径がまさにそれではないだろうか。昨今の道路建設とは真逆の意識だ。


名ハンター「ヤモリ」

名ハンター「ヤモリ」

★少し前の話題になるがヤモリのことだ。

★今年は遅くまで気温が高かったせいか10月の半ば頃まで、ほぼ毎夜わが家のDKのガラス戸にやってきた。
此奴は昨年の夏も来ていたし、確か一昨年の夏にも、その前の夏にも来ていたのも此奴だったように思う。この10センチ程の小さな小動物がそう何年も生きているとも思えないが、尾っぽの具合や腹のふくらみ具合などから、ここ数年やって来るのはずっと同じ此奴のような気がする。

★此奴がガラス戸に夜ごとやって来るのはDKの電灯明かりに集まる虫を捕らえるためだ。此奴は贅沢にも生きた虫しか食さない、飼育しようとしてもなかなかうまくいかないのも適当な生きた虫エサを供給出来ないからだ。

★食卓の椅子に座って左側にあるテレビを見る、コマーシャルになると右側のガラス戸に張り付いている此奴の動きを見る。暇男の夏の夕食後のひとときだ。
小さな蛾、小さな蜻蛉類、蚊類などが此奴の好物だ。蛾がまだ羽をバタバタしているとき此奴は遠くからジッと見つめている、羽をとめて動かなくなると、此奴はユックリ一歩一歩蛾に近づく、そして5~6センチの距離までくると一気にスピードを上げて蛾の羽に食らいつき、パクパクと飲み込んでしまう。
この1メートル四方のガラス戸上で繰り広げる此奴の名ハンターぶりは、ちょっと大げさに言えばテレビ画面で見るのアフリカの野生動物たちのそれと変わらない。

★今頃、此奴はどうして居るだろうか。壁板の間に張り付いて寒い冬が通り過ぎるのをジッと我慢しているのだろうか、そして来夏も生き延びて再びこのガラス戸に来て名ハンターぶりを見せてほしいものだ。
此奴の学名「ヤモリ」は「家守」と当て字で書かれるとおり、家の守り神だそうだ。絶対に来夏も来てほしいものだ!

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チョッと喫茶店バッグ・NO3

チョッと喫茶店バッグ・NO3

★性懲りもなく、また作った。「チョッと喫茶店バッグ・NO3」である。
今度は質の良い革が手に入ったので、革の素材感を大切にするために、外側にポケットやチャックを付けずシンプルなバッグにした。全体の形は、上部を少し狭くし、底部を広くしてドッシリ感をねらった。角はアールをつけて柔らかい感じにした。内側は、ご婦人方のバッグの内張に使った黄色い花柄プリントの裏革端切れが手芸店に売っていたので、それを買って貼り、内ポケットも二つ付けた。最後に周囲はダブルステッチで巻いた。
良質の革なので、少々凝って作った。

★長男一家が遊びに来て、『オイ、どうだ今後のバックは…』と見せると、『おお、良いなあ!』と長男は言い、チャックを開けて中を見た途端、派手な黄色い花柄の内張を見て『オヤジ、これはやくざのバックか!』と言うので、みんなで大笑いになった。

★私は、ほぼ毎日、日替わりで自作のバックを抱えて何処かに出かけている。私は他人の持ち物や髪型や服装の変化は目ざとく気づく方なのだが、他人は、なかなか私のバックに気づかない。先日、歯科医院の受付の人が初めて『あら、素敵なバックをお持ちですね。』と言ってくれた。
バッグの限らず、自作の持ち物というのは、誰にも気づかれず密かに持ち歩くのも楽しいし、ときに気づいてもらうのも楽しい。

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せせらぎ街道

せせらぎ街道

★今年第一号の作品だ。昨秋のスケッチを元にアレンジして描いた。

★今の時期、この辺りはすっかり雪に覆われていると思うが、私の家から100キロ少々北に行ったところに美濃地方と飛騨地方をつなぐ坂本峠という標高約1000メートルの深い峠がある。そこを越えて飛騨に入り数分行くと、小さいけど味わいのある山小屋風のカフェがポツンと佇んでいる。『こんな所に…』と思うが、秋の紅葉狩りや辺りの自然を愛でにくる人たちが結構訪れるようだ。
私も毎年、晩秋の頃にこの辺りの美しいカラ松の風景を見に行くが、必ずこの店で昼食をとることにしている。店に入ると、いかにも山好きとうかがわれる若いご夫婦の経営者が迎えてくれる。街では決して出会うことのないステキな店だ。

★どこの地方でも同じ経緯をたどって自然が少なくなりつつあると思うが、この標高約1000メートルの坂本峠を越える道は、トンネルが出来る以前はかなりの難所で、狭い道幅と絶壁の頂上付近にはいくつかのケルンも積んであった。多分、ここで事故や遭難した人たちのためのケルンではないかと思ったものだ。夜の一人ドライブでここを通る度胸はとても私にはないと思いながら、早く通り過ぎたかったことを思い出す。

★やがてバブル期に入り人の交流や物の流通が盛んになり1980年にやっとこの峠にトンネルが通った。以前とは比較にならないほど飛騨への旅が楽になった。それでも、この峠をはさんだ登り道も下りの道も道幅は狭く、トラックなどの大型車の進入は禁止されていた。峠の分水嶺から両地方に流れ下るせせらぎに沿って蛇行しながら長い時間をかけてゆっくり峠のトンネルに着き、峠を下りて飛騨に向かった。道々窓を開けるとせせらぎの音と木々の葉擦れの音が聞こえた。私はこの道が大好きで四季を問わずよく出かけた。

★まもなく、この狭い蛇行道路が改修されて広い国道472号線に生まれ変わった。急なカーブ部分は直線でつながれ、ダンプやトラックがジャンジャン走り抜ける高速まがいの道路になった。以前のせせらぎ沿いの道は今でもところどころに残骸のようになって残っている。
大自然の中に簡単に車で突っ込んで行ける便利さから、峠周辺には別荘地も多く出来たし、秋には車を停めることもままならないほど紅葉狩り客で混雑するようになった。
そりゃ地元の方々にとっても嬉しいことだろうし、私たちもその便利さを十分に享受しているのだが…。まぁ実に勝手な願いだが、開発もここまでにしてほしい。この美しい峠にこれ以上ブルドーザーのうなり声を響かせないでほしい、と思うのである。

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