
★ず〜っと前から欲しかった‘月下美人’、昨年の秋、家内が友人から一鉢いただいてきました。それが昨夜、一房(一輪というより一房と言った方が適している容貌だったものですから…)ですが見事に花開きました。
★二週間ほど前に、鉢の下の方の葉に花芽らしき突起が出て、その突起の根元が日に日にゾウの鼻のように伸びて花芽を押し出していき、同時に先っぽの花芽は風船のように膨らんでいきます。
昨日の午後5時半、帰宅して車から降りると家内が待ちかまえていたように飛び出てきて『今夜、咲くかもよ!』と言うので、見るとポンポンに膨らんだ蕾の彼女が玄関の横で揺れていました。
★それから何回彼女を見に外に出たでしょうか、もう8時頃からは玄関の出入り口をふさぐように鉢を置いて、イッパイやりながら網戸ごしに監視です。
そして最も美しくも妖しい姿を見せてくれたのが深夜11:30です。
花が開く不思議な過程といい、見事なその容貌といい、こんな花がこの世にあるのか…、と思いながら、午前1時頃まで見とれていました。
★今朝6時、花はすっかり萎んでダラッとぶら下がっていました。
‘月下美人’…、まさに彼女は一夜限りの夢の花です。
☆今夏の終わり、涼風が吹き始めた頃、もっといい土に換えて、もっといい鉢に換えて、伸びすぎた上の葉を剪定してあげて、ギリギリまで寒さにあてて、冬はしっかり家の中で養生してやり、来夏の彼女は幾房の花を一夜に見せてくれるか…、楽しみでなりません。
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★この夏、郊外の山の中にある森林公園で‘夏まつり’が開催されるとかで、チラシをつくりました。そのイラスト部分だけをここに載せました。原稿によるとまつりのメインは300メートルの‘そうめん流し’のようです。なので、それをマンガ風イラストにして見ました。
★さて、どんな光景にしようと思ったのですが、私の勤めている建物の最上階がレストランになっていて、昼食時はバイキングになります。私もときどき、そこで昼食をとるので、そこで見たさまざまな光景を‘そうめん流し’に参加する人々に転用しました。
・多分、恋人同士らしき二人、女の子が男の子の皿に食べ物をとってあげています。自分で取れ!
・よく見る子、昼食は毎日ここと決めているようなバイキング慣れした近所の青年がいます。
・箸と皿を持って、飛び回って好きなものをかき集めているガキがいます。
・親がお皿にのせてくれたものが気に入らなくて怒っている赤ちゃんがいます。
・「おいしいね!」と言いながら、楽しそうに食べているご夫婦がいます。
・なかなか口に合ったものがなくて、いじけているガキもいます。
それやこれやのバイキング昼食風景をそのまま‘そうめん流し’に連れてきました。
★300メートルの‘そうめん流し’?、昨年もやったようですが、私は行ったことがありません。行ったことがなくて言うのもなんなんですが、どうも心配です。箸に付いたカップの中の刻んだネギがそうめんと一緒に流れてくるなんてことは、マサカないでしょうね…。
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★7月に開催される私の町の恒例の花火大会のポスターのイラスト部分だけをみていただきます。
★この花火を上げる池、以前は池いっぱいハスが浮いていて、ピンクの花がとてもきれいでした。この時期多くの見物客が鯉にエサを投げながら池の風景を楽しんだものです。
しかし、いま以前の面影はありません。ほとんどのハスが死滅してしまったのです。いろんな原因があげられています。『池底のペドロが水中を酸欠状態にしたため』『いや、ヘドロの浚渫工事がハスの根を断ち切ったため』『違う、この池に捨てたミドリガメなどが増えに増えてハスの根や茎を食いちぎったため』等々です。
私は、どの理由も『なるほど…』と納得します。
★営々と築かれ、引き継がれてきたこの池という小さな‘宇宙'、少しの変化がきっかけとなってガタガタと池宇宙の生態系が崩れ始めるのです。まるで環境問題の象徴のような、この池です。
★でも希望はあります。いま、往事のハスの再現をめざして関係者の努力が続いています。池の一カ所に少しですが新しいハスが根付きました。
★昼は池いっぱいのピンクの花火、夜は空いっぱいの色とりどりの花火、そんな夏の夜が遠からずやって来ることを願っているのです。
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◆『行かないで、夏休み』と思った頃のイメージを描いた。
◆私は、今年のような、どうしようもなく暑い夏は早く行ってしまって、涼風の秋が待ち遠しいのだが、子どもや学生諸君は、そう言うわけにはいかないだろう。デザインの専門学校に通う、若いブログ友人の
リガサキさんは【行かないで、夏休み】という記事を書いてから、学生時代最後の旅行を楽しんでいるらしい。
◆花火大会、夏祭り、山、川、海、キャンプ、何よりも友人と自転車で深夜の徘徊、等々、そりゃ名残惜しいに違いない。もう学校が始まった地域もあるが、こちらはあと一週間、せいぜい楽しめ!
◆ここ数日、図書館や役所に、小中学生がたくさん居る。聞くと、『夏休みの一研究の仕上げです』と言う。何、仕上げ?、ウソつけ!あと一週間となって、慌ててやっているくせに。ここにも『行かないで、夏休み』と叫ぶ子たちが…。なかなかカワイイ!
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◆暮れなずむ県都岐阜の上空です。あのときは見渡すかぎり焼け野原でしたのに、いまは隙間がないほどビルが詰まっています。でも、この夕陽はあのときとちっとも変わりません。それにしても、今日はなかなか日が暮れませんねぇ〜。あとすこし、あとすこし経てば伊吹山の方に陽が落ちるはずです。そうすると、このビルの窓々が輝き始めます。
◆さぁーて!もうすぐ絨毯タクシーの稼ぎどきです。
夜景見学のお客さんをお迎えに行く前に、きょうは少々早めに出ましょう。お客さんを乗せずにカラで赤く染まる空を一人で飛んでみたいと思いまして…。
◆えっ、そんな空飛ぶタクシーがあることを知らなかったって? あっ、そうですか、もし、これに、お乗りになりたかったら、
金華山頂上にある岐阜城までお越しいただき申し込んでください。岐阜城、ええ、そうです、
織田信長様がしばらくお住まいになっていたお城です。もともと、この商売も《変わった物好き》で有名な信長様が、アラビアから買い求めた《魔法の絨毯》を私がいただいて始めたのですよ。だからもう400年以上、こうして夏の夜に飛び続けていることになりますね。
◆ビルの屋上に上がって、夕陽が落ちる直前、空を見上げてください。
金華山の方向から西に向かってゆっくり飛んでいる少し大きめの鳥が見えます。それ、鳥ではありません。私の絨毯タクシーです。
是非、ご利用を、お待ちしています。
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◆広島にお住まいの
ブログ友人の写真を是非ご覧いただきたい。その灯籠流しの透き通った悲しみの美しさを感じることこそ平和への願いに通じる。
◆今年も、8月6日、8月9日が過ぎ、8月15日を迎える。折しも、今朝の新聞で、元アメリカ従軍カメラマンであったジョー・オダネル氏が85歳の生涯を閉じたとの報に接した。彼は原爆投下直後の広島、長崎の写真を撮り続けたが、そこに撮された映像のあまりの悲惨さをみるにつけ罪悪感から、その写真ネガを自宅のカバンに隠し封印した、そして、1989年にアメリカで反核運動が起こり始めたときにやっと、その写真を発表したという。
◆私の家族も、広島、長崎、或いは大空襲で亡くなられた方々やそのご遺族の皆さんの悲惨さには比べるべくもないが、一家は大陸からの引き揚げという、言葉に出来ない苦労を味わっている。まだ幼い私たちを守り抜いた亡き両親にはただ感謝しかない。
◆こういうことを書くと異論があることを承知で書くのだが、毎年、夏、8月に思うことがある。
今年もそうだ。原爆被災者追悼慰霊式〈平和祈念式〉の日に壇上に上がって話す、えらい人は何故、言葉の中に《怒り》を忍ばせないのか! 何故、白い紙を懐から引っ張り出して文章を淡々と読み上げるのか、広島市長のように、少しでも言葉に怒りを込めないのか。
◆原爆を投下したアメリカへ、泥沼の戦争を拡大した軍部へ、歯止めをかけなかったマスコミへ、そして、唯々諾々と従った我々日本人へ、さらに、いまなお戦争を繰り返している国とその支援国へ、それらへの怒りのメッセージを言葉の中に忍ばせないのか。
◆過去の不条理への怒りを持ち続けること、その怒りが子々孫々に受け継がれていくこと、だからこそ平和であることの尊さが実感できる。その怒りは、平和を目指すエネルギーなのだ。
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◆子どもたちはいよいよ夏休みに入りました。学校から離れ、親の目からも遠ざかり、自分を試したり、冒険したり、と、長い夏休みは子どもがドーンと成長する素材がそこかしこにころがっている極めて重要な期間です。そこをどう過ごすか、或いは、どう過ごさせるかは、子ども本人と親の責任も当然あるわけですが…。ところで最近、夏休み不要論を持ちだす親や大人たちの出現が気になります。このことに限らず、それぞれが持っている持論の論拠の背景には自分自身の体験があると言われていますから、夏休み不要論を持ち出す輩は子どもの頃から学生時代にかけて余程、無意味な暗い夏休みを送ったのでしょうか。まさか、学校に行っててくれた方が楽だからとか、勉強が遅れてしまうから、とかいったような矮小な理由ではないと思いますが…。
◆アッ、すみません、のっけから話題がそれてしまって、本題はアゲハ蝶のことでした。
キアゲハには春型と夏型があります。まだ春が終わっていない4月の終わりから5月頃、『あれっ、このキアゲハは子どもかな?』と思うような、小ぶりはなキアゲハが飛んでいます。これが春のキアゲハです。
夏真っ盛りの8月に飛んでいるでっかいヤツが、夏休み昆虫採集の餌食になる、いわゆるキアゲハです。
◆昆虫採集でこのキアゲハを捕ったことのある方はおわかりかと思いますが、その大きいことと、力が強いことに驚きます。私も二人の息子も子どもの頃キアゲハとの最初の出会いで同じ経験をしているのですが、最初に、捕虫網からキアゲハの胴体を自分の手で持ったとき、そのデッカイこと、意外に力強い抵抗、手に触れる足のバタバタ感触、そして間近に見るその異様なまでに飾られた羽根の模様、手につく鱗粉、それらに気味悪くなって思わず手放してしまったのです。少々誇張的に言えば、イメージと現実の違いの最初の認識だったでしょうか。
◆そんな些細な出会いのサプライズに始まり、やがて、さまざまな出来事やいろんな友人との出会いが生まれる、それが夏休みです。
幼稚園から大学生までの諸君、思いっきりの夏休みを!
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◆ありゃ、また花火の絵、この前も見たけど、と思わないでください。この前アップした花火の絵《
もう!》とは、違いますから…。
◆7月の二十日過ぎになると、毎週土曜日、日曜日の夜、何処かから、ドーンと打ち上げの音が聞こえてきます。これが9月のはじめまで続くでしょうか。私の居住するところは、木曽川、長良川が近くを流れていて、打ち上げに適した広い河川敷や中州がありますので、その流域の市町村が競うように夏祭りで花火を打ち上げるのです。花火って不思議ですね、私だけかも知れませんが、花火見学に行って、涼しい川風を感じたときから、もう夏の終わりを感じるのです。開放的な夏がもっと続いてほしいという気持ちの逆作用でしょうか…。
◆そういえば昔、郷里の花火大会でも同じ思いをしました。向こう岸をゆっくりトロッコが通ります。いまのようにジャンジャン打ち上げられるわけではありませんから、花火が上がって消えて、一瞬闇になります。次の花火が上がったときは、もうトロッコはかなり先の方に進んでいます。トロッコのコマ落としを見ているようでした。そのトロッコが山の端に消えたとき、さみしく感じたものです。夏を運んで行くようで…、またすぐ、次の花火があがるのですが…。
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◇展覧会用につくった作品です。姪っ子がモデルです。イラストレーターで描いてから、フォトショップに配置し、好きな柄の古布をそのままスキャナで撮って、加工しながら、はめ込みました。
◆こちらは、もうとっくにホタルの季節は過ぎました。近くにホタルの名所がありますので、行こう行こう、と思っているうちに過ぎてしまいました。アッという間のホタルの時期でした。
◆私の地方で本格的な夏の到来を実感させるのは、やっぱり《ホタルが舞った》との報です。静岡あたりの茶所では、歌にあるように《茶摘みが始まった》の報でしょうか。ある古人が香具山に白い布が干されている光景を見て夏の到来を感じたとは、万葉集の一句です。私がずっと昔勤めていた北アルプスの麓の温泉地では、登山の装備をした最初の客がバス停に降り立ったのを見て、《いよいよ今年も夏が始まった》と地元の人たちは言ったものです。
◆各地方で、あるいは人それぞれに、さまざまな事柄の始まりと終わりを実感したり、予感する、感受計を持っているのでしょうか。
◆人と人との出会いや別れはどうでしょうか、振り返ると、私感ですが、出会いの方は、この感受計、うまくはたらかなかったようです。自分の感受計の針は大きく振っても、相手の感受計の針は微動だにしなかったり、その逆だったり。でも、別れのほうでの感受計の精度は抜群でした。ウソ、食い違い、ある一言、話しかけても生返事…、どちらかの持っている感受計がピッと、それらに反応すれば、もう終わりの始まりだったように思います。
◆いまは、もう錆び付いてしまって、よほどのことがないと作動しません。でも、いまの状態の感受計が一番いいのかも…。
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◆北海道にお住まいの、
響さんや
水無月さんのつい先日のブログ便りでは、ようやくサクラも満開を迎え、これからが春本番ということでしたが、こちらは、もう!、夏の花火大会のポスター制作です。なんと、気せわしいことでしょう。
◆私の町のこの行事は、新聞社がイニシアチブをとって行われるものですが、でも、いくらなんでも、7月の花火大会のポスターをいま、というのは、チョッとサバのよみすぎ、と思われるかもしれませんが、印刷にかかる日数や宣伝広報の期間等々から逆算していくと、やっぱり、そろそろ仕上げておかなければならないのです。
◆『花火大会のポスターかぁ〜』なんて、仕事の選り好みなどしておれません。仕事ですから、なんでもOKです。でも、通常、夏が近づくと街角でみる花火大会のポスターとは、多少なりと趣を変えようと考えたつもりです。子どもたちが見て、『ありゃ〜、なんじゃ、こりゃ〜!』と、喜んでくれるような画面に…、と。
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