パンフレット

パンフレット

★環境関連の事業を手広く展開している若い友人から、自社の会社案内を作り直したいという依頼があって創ったものだ。
彼は、『会社の営業実績とか優良企業ぶりとかいった宣伝ばかりを誌面に押し込まないで、ゆとりのあるあたたかい雰囲気のパンフレットにしたい。』とのことだった。
私も彼の意見に全く同感なので、その都度、制作過程を彼に見せ相談しながら、コンセプトを「子どもたちの未来」として、仕上げていったのが、このパンフレットだ。

★彼の会社のみならず、全ての者たちが、子どもたちの未来を見据えながら、大人たちは今どうしなければならないのか?、を問い正すときだ。
このパンフレットが、そのための目に見えないほどの小さな小さな啓発にでもなってくれればいいと思うのである。

子どもたちの未来にポチッ!

郷愁

郷愁

★秋の個展が近づいてきたのに、なかなか作品が描き貯まりません。このイラスト作品も結構前からイメージしていたものを一つの光景に象徴化しようとしたのですが、思うようにはいかないものですね。

★まあ、それはともかく、この作品とは無関係ですが、先日、先輩がやっている「木曽川紀行展」という個展を見に行ってきました。私たちの地方には揖斐川、長良川、木曽川という三つの大きな川が県内を南北に縦断していて、最後はその三川が一つになって大きな河口をつくり伊勢湾に注いでいます。
私たちの県の大半が急峻な山々だものですから、無数の川や沢が三川に流れ込んでいます。流域には川と山の恩恵を受けながら形成されてきた町や村が点在し、自然と人の美しい風景が、まだ彼方此方で見られるのですが、一方で過疎化や限界集落が猛スピードで増え続けていることも現実です。

★3・11の取り返しのつかない科学技術の暴走を見て、自然の恩恵に頼って生きていた遠い日の生活に少しでも立ち戻ってみる試みをしようと思うことしきりです。

先輩の作品のなかに、私が育った飛騨の小さな町の流域風景も二点掛けられていて、遠い日への郷愁を禁じえなかったのです。

ポチッ!

紙一重

紙一重

★秋の公募展に出品する作品です。今年から会の「会友」に推挙していただきました。だから必ず展示はされるのですが、その代わり1点しか出品できず、入選落選の対象外になります。公募展に出品して入落の通知を待つワクワク感はもうありません。
私は特定の美術団体に所属しているというステータスはさほど興味がありませんので、また別のジャンルで別の公募で1から出直して、あのワクワク感を新たに求めようかと思案しているところです。

★今回の作品は、いま誰もが思っている不安をテーマにしました。
善と悪、安全と危険、好転と悪化、幸せと不幸、そして、原子力エネルギー技術の進化と手の付けられない危険、本当に‘紙一重'ですね。いや、いつかはその薄い紙が破れることをどこかで意識していたのかもしれないけれど、私たちはそのことから眼を背けていたのかもしれません。
荒れ狂う危険を鎮めようと命を賭して戦っている人々に感謝しつつ、平穏が戻る日の近いことを願うばかりです。


平穏な日が早く戻ることを祈って!

少女の言葉

少女の言葉

★今年になってからずっと、CGから離れて手描きのこの作品に取りかかっていました。そして名古屋博物館で開催されていた展覧会に出品し、先日搬出してきたところです。それをデジカメで撮ってからジフで動かしてアップしました。

★このタイミングでの展覧会イベントは微妙です。エスカレーター節電停止のなかでの開催でした。
私自身も三陸地方の同胞の現状を見るにつけ普段の創作やこの期間ブログ更新の意欲が少々萎えたことは否めません。
でもこんな報道画面に接しました。家が津波に流されて父親の所在がまだ分からない中学生少女が避難所で語った言葉です。
『いままでの私がいかに幸せの中で暮らしてきたかを今更ながら感じました。これからはこの気持ちを忘れないで…』と、インタビュアーに気丈に応えているのです。家内と一緒に涙を禁じ得ませんでした。私は少女の言葉を聞いて、この歳になって初めて自分たちの環境の幸せを心から実感しました。勝手放題に絵を描いていることが出来る環境にも感謝しました。三陸の子たちが今を乗り越えてたくましい大人に育ってくれることを願っています。

★さて、この絵ですが、私が飛騨で育った子どもの頃から山や林で感じている「自然への畏敬」イメージを描いたつもりです。
山に入り、一人で鬱蒼とした森や林の中を行くと、重なる木立の向こうに何か得体の知れない気配を感じ、風が揺する樹々の音がその得体の知れないものの鼓動ではないかなどと思うことが私はよくあります。その‘気配’の出所が森のなかの何処にあるのか分かりません。でも‘気配’こそが人間を奥深くまで立ち入らせない‘気配’であり、森という宇宙を守っている得体の知れないものだと思うのです。


KEEP FOREST ! (その1)

KEEP FOREST ! (その1)
★100㎝×146㎝のデザイン画としては少し大きいサイズで、絵画的な表現の作品をつくった。が、表現方法にデザインとか、絵画とかいった区分けはない。画家ロートレックや竹久夢二の描いた絵がポスターや化粧品のラベルになったりしているのはご存じのとおりだ。若い頃私たちは北海道の観光ポスターで一世を風靡した栗谷川健一氏のイラストに憧れたものだが、氏のイラストはいつも油絵の具で描かれたものだと聞いたこともある。もともと平面表現にデザインとか絵画とか区分けするのが間違っているのかも知れない。

★今回2点つくったが、久しぶりの手描き作品なので、これまでのCG作品のようにデータをキチッと保存できず、もし作品を手離したり、処分したときに困ると思い、昨日、ブログ友人の写風人さんのスタジオでしっかりと撮影していただき、早速、きょうアップした。

★さて、今回の絵のテーマは「KEEP FOREST!」とした。
子どもの頃に育った飛騨の山々とそこにある深い森林、それは私の原風景の一つである。特に私の育った家は県道から坂を駆け上がった山の中腹にあったので、朝の森のざわめき、夜の静寂、森の奧から聞こえてくる鳥獣の声、等々、その森の神秘さに畏怖感を覚えたものだ。無数の生き物を育む森がそこにはあった。

★絵の中にセミの羽化のイラストを入れたが、樹肌に産み付けられたタマゴは孵化するまで、ほぼ1年かかる。幼虫は樹肌を下り根元から土に潜り6~7年を暗い土中で過ごす。再び夏に根元に近い地上に出て樹肌を登り、羽化してセミの成虫になり、わずか1週間の地上の生を満喫して命を絶える。セミに限らず全ての昆虫や鳥獣、生き物は森の樹や土壌にその命を育まれている。
森から下流に流れて作物の豊穣をもたらす土壌、森から吹き出す清浄な風、森は命の循環に欠くべかざるものだ。

★しかし、いつの日からか、人間だけが森との共生をおろそかにし始めた。都会では忙しなくブルドーザーが稼働し、街並みのメンテナンスに余念がないが、一方、地方に行くと、山は間伐の手も入れずほったらかしの荒れ放題で、樹々も土壌も痩せるに任せているところが全国いたるところにある。
だから今回は、命の森保全のメッセージを描いた。(少々、生意気で青臭く、しかも大仰なテーマだが…)

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警告

警告
★以前みていただいた「虚塔」から変異した作品である。今回の絵は「虚塔」というよりも「虚島」といったところか…。いま仕上げを急いでいるところだ。あと、左上に何か飛翔物を入れて、キャッチコピーを入れて、全体のコントラストをもう少し強くして完成。バックの白はこのままにしておこうと思っている。

★半年ほど前に、ドキュメント番組で、長崎半島の数キロ西の海上に浮かぶ、俗称「軍艦島」(正式名/端島)の映像を見てショックを受けた。そこには、よくSF映画で観る人類滅亡後の廃墟のビル街そのものが映されていた。
この島、周囲1キロほどの小さな島だが、明治後期に、島の直下に良質の石炭が多量に埋蔵されていることが発見され、爾来100年近く海底採掘が続けられた。困難な海底採掘事業を進めるために島の周囲をコンクリートで巻き固めて、海に浮かぶその姿が軍艦の勇姿に似ていたことから、いつからか軍艦島と呼ばれるようになったそうだ。
最盛期には5000人を越す住民が暮らし、全国に類のない人口密度の高い地区になった。土地が無いから学校、アパート、病院、全ての建造物は高層になった。学校も7階建て、10階を超す高層アパートは32棟も空に向かって伸びていたという。

★日本のエネルギーを、長きにわたって支え続けてきたこの島の石炭採掘も、国のエネルギー政策の転換で、1970年に採掘がストップされ、1974年に完全閉山となる。そして、島内の全ての人々は島を出た。
無人島になってからもうかなりの年月を経た。
今、島には崩落を待つ朽ち果てた高層ビルだけが林立している。映像で見る限り、海の浮かぶこの軍艦島、異様だが、朽廃美としての威容もあり、一方で寂寥感が胸を締め付ける。

★この島を世界遺産にという声もあるということを知り『ん?』と思ったが、関係者の言によれば、『人類が、二度とこの島のような轍を踏まないように、警告の意味をこめた重要な遺産なのだ』と聞いて、納得した。

★魯迅の言葉の中にこんなのがある、『地上にもともと道は無いのだ、そこを多くの人々が通れば、そこが道になるのだ』、が、人々が去った後どうなるのか?、あるいは、強引に人々を集めてしまった後のフォローはどうするのか?。
社会の出来事万端にわたって、さまざまな警告を発している軍艦島の映像であった。

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河川敷風景

河川敷風景
★この作品は以前、展覧会に出した環境問題ポスターを少し加工して見ていただいています。

★最近のコマーシャルで『池と沼の違いってなに?』と聞くと『カッパが棲んでいるかどうかだよ』と答えるのがあります。この会話が面白くて、いつも見ているのに、『あれ、どういう商品のコマーシャルだったかな?』と肝心のことが思い出せません。テレビコマーシャル提供者の方、お気の毒…。でも、とても好きな会話です。

★さて、池、沼、湖、の違いはともかく、それらが美しい風景をつくり出す自然界の重要なパーツであることに間違いはありません。
私の家から1キロほど南に木曽川が滔々と流れています。河口から40キロぐらい上流にあたるでしょうか、このあたりから濃尾平野に入りますので、河口に向かってさらに川幅がひろくなり両岸には広大な河川敷が出来ています。上流からの土砂が堆積し、川筋の蛇行が少しずつ変わりながらつくりあげてきた、気の遠くなるような長い自然界の営みの風景です。その河川敷は竹藪や雑木が密集し、足を踏み入れるのを躊躇するようなところもあります。
木曽川筋に住む古老によれば『このあたりの河川敷は電柱も家も、なんにもないんで、昔は東映の時代劇の撮影によく使われたもんじゃ、片岡知恵蔵なんぞも来たデ~』と自慢げに語っていました。

★私は、この木曽川堤防を下って桑名市方面へ行くことがたまにあるのですが、途中に特に気に入った河川敷風景があるのです。低い雑木が密集した中にポツンポツンと大小の池(沼?)が点在し、そこで釣り糸をたらす人が見えて、池と池とをつなぐ小道を釣り竿を担いで走る子どもが見えて、そのずっと向こうに光りながらゆっくり流れる木曽川が見えて…。いつも堤防のその眺めの場所でクルマを停めてタバコ一服をしたのです。
それが、つい最近、久しぶりにそこを通ったら、なんと辺りの樹々が全部伐採され、雑草の地面は全てめくられ、何にもない広い赤土の風景に変わっていました。その中に残された池だけが所在なく点々としていました。もちろん釣り人の人影もありません。
多分、そのうちに、この河川敷も公園かパターゴルフ場にでもなるのでしょうか?

★こういうところって全国にいっぱいあるのですね。土地の有効利用とか言って運動公園やファミリーパークのようなものに変容してしまった河川敷はこの地方にも多くあります。
考え方は人それぞれでしょうが、そこにある自然にすこしだけ手を加えて危険な部分だけを取り除くなどの整備をすれば、それだけで立派な公園になるだろうにと思うのですが、なにも根こそぎ大地をめくってしまわなくても!。

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この子たちの

この子たちの
★各自治体が地球温暖化地域推進計画を策定し、地球環境の改善に向けた活動を展開しようとしているようです。
この作品は、私の町のその計画書の表紙です。

★さまざまイラストを描いてみたのですが、どうもピタッときませんでした。ある時、手持ちの「人物素材集」ソフトを何気なく見ていたら、イメージ通りの写真を見つけました。この二人の子どものステキな表情の写真がそれです。後の樹々は、落葉広葉樹、針葉樹、常緑広葉樹等々多種の樹々の写真を一カ所に集めて「森」を象徴しました。結構、イメージに近い表紙になったと、今の時点では満足しています。写真のリアリティーが持つ訴求力に今更ながら感じ入っている自分です。

★印刷物というのは、中味を見るか読みかはそれぞれの勝手です。ましてや役所の出す冊子やパンフレットの類の吸引力はホントに弱いのが通常です。でも表紙だけは、好むと好まざるにかかわらず、そこにいる人々の眼に触れてしまいます。

★この冊子、印刷部数も少ないようで、あちこちに出回るものではないようですが、それでも、チラッとでもいいから、この表紙上に遊ぶ二人の子どもの屈託のない表情を見た大人たちが、フッとほほえんで、この子たちの未来に思いを馳せ、『この子たちのために…』 『今のままではこの子たちが…』と、瞬間でも思ってくれればいい、と願うことしきりです。

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あしもと

あしもと
★前にも書いたが、以前、いろんな童謡や叙情歌の歌詞をモチーフにしたイラストを描いて、個展をやったことがある。

★この絵も、そのときに描いた一つだ。中村八大さんと永六輔さんのコンビになる『遠くへ行きたい』をイメージして描いたものだ。
見たこともない、行ったこともない、何処の国とも分からない、妙な風景になった。

★この歌の歌詞は、『知らない街を歩いて見たい、どこか遠くへ行きたい…』という言葉で始まる。
でも、知りきっている筈の自分の街の中の知らない顔、近くにあるのに実は遠ざかっているもの、を知ることが今の私の課題だ。

絵を描くとき、構想や新しいイメージ(実はちっとも新しくないのだが…)ばかりを広げて追っかけても這い回るだけだと、特に最近思う。
身の回りにある何気ないものを、ただジッと見つめているときの方がアッと思う発見がある。
絵だけではない、人との関係も同じように思う。
この年になって、少しは、見方考え方がまともになってきたと思いたい。足下を見るなんておよそ縁遠い自分だったから、今まで。

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希望/汽車

希望/汽車
★あの頃、岸洋子さんが歌う『希望』という歌が流行っていた。東大安田講堂事件で頂点に達するあの壮絶な学生運動が始まる直前のことである。私はノンポリだったのでせいぜい道一杯に手をつないで『安保反対!』のシュプレヒコールをしながら歩くフランスデモというやつに参加する程度だった。
しかし、主体性を無くして、ドヨ~ンと澱んでしまった日本を何とかしたいという仲間たちの熱気は私にも分かった。私たち画学生もダダイスムを気取った抽象画を描くヤツが多かったが、今思えば、せめてカンバスの中に体制への抵抗を表現していたのだろう。

★この歌は、そんな時代背景のなかで流行った。
『希望』というタイトルなのに、メロディーにも歌詞にも、ポジティブさはない。どこか倦怠感がただようデカタンス調の歌なのだが、そういう歌特有の叙情感にあふれていて、いまでもこの汽車をモチーフにした『希望』は大好きだ。

★その3番の歌詞
希望という名の あなたをたずねて
寒い夜更けに また汽車にのる
悲しみだけが あたしの道連れ
となりの席に あなたがいれば
涙ぐむとき そのとき聞こえる
希望という名の あなたのあの唄
そうよあなたに また逢うために
あたしの旅は いままた始まる

現実からの脱皮をめざし、進もうとするがなかなかままならない。でも、やっぱり進まなければ何も見えてこない、今度は路線を替えて進んでみようか…、どうなるか分からないけど…。
私にはそんな歌詞に思える。

★話は唐突に変わるが、私が過去仕事の中でかかわってきた‘不良'と世間から呼ばれる子たちの中の多くも、やっぱり、〈現実からの脱皮をめざし、進もうとするがなかなかままならない〉で苦しんでいた。自分を見つめようとする気持ちがあるという点で、悩みも苦しみもなく現状に安穏として過ごしている子よりは、彼らの方がはるかに将来の可能性を秘めていると常々思っている。

★汽車をモチーフにした歌はたくさんある。話はさらに唐突だが、大月みやこさんの少し前のヒット演歌「女の駅」はこうだ。
はかない さだめね あなた 髪が泣く
夜明けが憎いね あなた 夢が泣く
心悲しい 女の駅は
追って 追って 追って行きたい
汽車が二人を 引き離す

ここでは、自分は汽車に乗れないと、自分で自分を決めつけている。『ウジウジしてないで、あんたも汽車に乗ったら!』と応援したくなる。

★(う~ん、でも、大月みやこ、もいいなぁ…)

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