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息子のスネをかじる親の秋

息子のスネをかじる親の秋

★東京の二男が仕事の合間を見つけて帰省してくれた。そして、今年もまた親のスネならぬ、「息子のスネをかじる親」の秋が来たのだ。

★今年は2泊3日で近場のじっくり旅を実施してもらった。同じ県内なのにバスツアーでサア~としか通ったことの無かった御母衣ダムや白川郷を皮切りに、竹久夢二の湯桶温泉、金沢駅の丸太ゲート、茶屋街、それから能登の根元部を横断して氷見市、黒部市へ。北陸内では出来るだけ高速に乗らないで下道を行きながら彼方此方を巡った。
とりわけ初日の御母衣ダムから湯桶温泉に入る裏山道は夜なら絶対に行きたくないような怖い道だったが、旅を急ぐ古人の姿を彷彿とさせるような歴史街道だった。

★今回は海の街々や山々の細い道に入り込んでのポイント巡りが多かったが、私たち夫婦はふんぞり返って『あそこを観たい!』『そこに寄りたい!』と言うだけ。文句も言わずにでっかい車で狭い道を行く二男には相当の神経を遣わせてしまった。

★私は北陸地方も日本海も大好きで現役時代もその後もよく訪れている。ただ、その地域の風土や生活や歴史などを視点にした旅はしたことがない。その意味で今回の旅は新鮮だった。

★余談だが、帰途の車で、二男がこんなことを思いだし盛んに感心していた。『金沢でも、氷見でも、街の中の公園で休んでいて感じたのだが、公園周囲を取り巻く低木生け垣が何処でもきれいに剪定されていて、クモの巣一つ無かった。』と。そういえば私も以前から北陸の街々は何処も清潔な感じがしていた。

★最後のにもう一つ息子のスネをかじった。以前、山用にと高度計と気圧計が表示出来る腕時計を二男に買ってもらったのだが、取説に書かれている内容が難しくて操作出来ず、今回また同じ高度計と気圧計の付いた今度はデジタル表示の腕時計を買ってもらった。とても軽くて調子がいい。だが、やっぱりこの取説文の理解もむずかしい…。

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淡路島/恒例・二男の財布で秋旅行

淡路島/恒例・二男の財布で秋旅行

★過日、11月11日から2泊3日の行程で淡路島を堪能してきた。
もう恒例になってしまったが、毎年東京の二男が連れていってくれる秋の旅だ。
宿もテレビのコマーシャルでお馴染みの「ホテル・ニュー淡路」を取ってくれたので、ここを基点にして淡路島三日間の食と風景を満喫してきたのだ。

★さて、その淡路島、明石大橋と鳴門大橋で繋がる高速道路が通ってからもう30年近く経つが、私たち夫婦には初めての地だ。『あそこに見える漁港の写真を撮りたい。』『どこか漁村のひなびた喫茶店でコーヒーが飲みたい。』『お土産にここの名物を買ってくれ。』ETC…、今年も私たちは運転する二男へのハイエナぶりを発揮しながら島を巡った。

★それにしても淡路島の風景は変化に富んでいて凄い。海岸線はほぼ一周したが、見晴るかす大海原の東側の海、大小の島が点在し漁船が行き交う西側の海、激しく渦巻く鳴門の海、この島はそんなさまざまな海に囲まれている。さらに意外だったのは内陸の美しい農村風景だ。島内の殆どの集落の田畑は緩やかな斜面に何段も重なっていて、美しい棚田の農村風景が内陸の何処にでも見られる。大きな川が形成されない島のために無数に作られた用水池がその田畑を潤している。棚田と池と点在する農家のマッチングはとても印象的な風景だった。

★美しい風景、凄い自然風景、その地だけの珍しい物、新鮮なその地の食べ物、やっぱり旅はいい、それも自分の財布は一切使わない旅なので更にいい。

★余談だが、二男が東京に戻る前に、カリマーのリュックとノースフェイスのパーカーを買って貰った。これで年末の小旅行も自慢気に行ける。

と言うわけで今年も二男の帰京ギリギまでタカリにタカッた秋だった。


移ろい

移ろい

★先月の末、深夜の玄関先に咲いた「月下美人」だ。年ごとに花房の数が増えて今夏のそれはとりわけ美しかった。

★今夏は我が家にもいろいろあったが、それにしても今夏の気象の異常さは大変なものだった。幸い私の地方は全国各地を襲ったような大きな災害は免れたものの、日照時間は例年の半分ほどしかなかった。猛暑日と土砂降り日と耐え難い高湿の日が日替わりでやって来た。
そんな異常気象の中で大変な災害に遭遇され大きな被害に合われた広島をはじめ各地の皆さんのご苦労は察してあまりある。

★でも、9月に入ってス~と秋風が吹いた。中秋の月も澄んだ空にしっかりと浮かんだ。待っていたように虫が鳴き始めた。
ここ数年の変な気象の夏を過ごしながら『日本の四季の感覚も失せていくのだろうか…』と思っていた矢先の、素敵な秋の始まりだった。確かな季節の移ろいを感じる秋の始まりだった。
やっと、秋のグループ展の準備に本腰がはいる。




銀杏並木

銀杏並木

★思えば、今年は10月の10日辺りまで30℃を超す真夏日があったのだが、その後一気に朝夕の気温が下がり始めた。
なんとここ一週間の寒さは12月下旬の気温だそうだ。なんだか冬が秋を追い越して到着してしまったようだ。

★でも、先日、久しぶりに空晴れ渡りポカポカ陽気の小春日和があった。近くの公園を取り巻く銀杏並木が光っているように見えた。
この並木、いつもの年なら黄色と黄緑がまだ疎らな樹々も混じったりして、なかなか彩度が揃うことはないのだが、今年は並木全体が真っ黄色に覆われ、見事な黄葉ぶりだった。

★こんな静かだけど華やかな晩秋をユックリ歩いていると、今年あれほど全国各地を席巻した自然災害や異常気象のことをすっかり忘れしまうのだ。いや、そんな年だったからいっそうこの銀杏並木がきれいに見えたのかもしれない。

ポチッ!


今年も二男にたかる

今年も二男にたかる

★過日10月8日~10日の間、今年も東京の二男が帰って来て2泊3日の旅行に連れて行ってくれた。萩辺りに行く予定だったが、まだ30℃を超す日が続いていたので遠出をやめて近場でゆっくりすることにした。そんなわけで今年も私の大好きな北陸の彼方此方を回った。普通なら一泊もあれば十分なコースなのに、一泊目は東尋坊、二泊目は美浜町とこれ以上の鈍行旅はないほどのユックリ旅だったし、『あれが食べたい』『あそこに寄りたい』と二男にたかる我が儘な食べ漁り旅行でもあった。

★最初に以前から賞味したかったものを出している店を訪れた。最近テレビや雑誌で盛んに紹介している「竹田の油揚げ御膳」だ。福井県丸岡町の山道をどんどん分け入ったところにあるその店「谷口屋」さんはウイークディーにもかかわらず駐車場はいっぱいだった。長崎ナンバーや神戸ナンバーが停まっていたのには驚いた。その美味さを文章で言うのは難しいが、たかが油揚げとなめてかかると思いもかけない美味さに仰天する。
この谷口屋の「竹田の油揚げ」もそうだが、北陸地方は行くたびに何か不思議な新しいものに出会う。

★旅行から帰って二男が『何か欲しものはないか?』と言うので、私は気圧と高度の測定機能が付いた山岳時計を、家内は文字盤の大きい時計が欲しいということでBaby-Gを買ってもらった。

★子どもが親の脛をかじるというのはよく聞くが、今の我が家は逆で親が二男にたかっている。そんなわけで今年もハイエナ親にたかられた二男は東京に戻って行った。

ポチッ!

仲秋の名月に咲く、が、遠い秋

仲秋の名月に咲く、が、遠い秋

★先月、9月19日の満月の夜のことだが、11時半頃、「月下美人」数房が満開になった。たぶんこれが今年最後の一夜咲きだろうと思い、少々の感慨を覚えた。

★それにしても今夏の暑さといったらなかった。明日から10月と言うのにまだこんな感想を言っているのだから、つい最近まで延々と炎暑が続いていたということだ。

★オッ!、ちょっと待った、いまこのコメントを書いているPCの横でテレビの「お天気週予想」をやっている。『あさって、10月2日の水曜日、名古屋、岐阜は30℃を超す真夏日になるでしょう』とのこと。
美しい日本の四季の感覚さえ失せてしまうのではないか?、と心配になる昨今である。

ポチッ!



琵琶コンサート

琵琶コンサート

★隣の町で琵琶演奏を主としたコンサートがあるらしい。先輩からそのチラシの作成を頼まれていたが、先日このように出来あがったのでデータを印刷屋さんに回したところだ。

★私は、琵琶という独特な楽器について全く知識がないが、琵琶と聞けば、『祇園精舎の鐘の声諸行無常の響きあり…』と、草臥れた法衣をまとい、悲しくも切なく謡い語る盲目の琵琶法師の姿しか浮かばない。それも見たわけでではなく映画や本から自然に出来あがった琵琶法師のイメージだ。
しかし、このチラシの裏面に琵琶奏者たちのプロフィールも載せたのだが、それによると現在のそれは流派や格式もさまざまあり、琵琶の世界も厳しそうだ。奏者が纏う衣装にしても室町期の上流婦人のそれのように艶やかで美しい。あたりまえの事だが私のイメージにある琵琶法師とは全く違う。

★このコンサート、9月の満月あたりの夜に野外で開催されるそうだ。もしかしたら平家物語も曲目にあるのだろうか…、目を閉じて800年前に思いを馳せたい。
いくら異常な炎暑が続いている今年でも、その頃には秋風が吹いているだろうし…。

ポチッ!



伊勢・志摩を行く

伊勢・志摩を行く

★先週、仕事の合間を見つけて東京から帰ってきた二男が今秋も私たちを恒例の二泊三日の旅行に連れて行ってくれた。近場の温泉でユックリ海の幸を腹一杯食べたいという私たちの希望で、隣の三重県の海を訪れた。一泊目は鳥羽、二泊目は浜島。三日間の殆ど海辺を走り、海を眺めて、海の幸を食いまくった。
鳥羽、伊勢、志摩一帯はそんなに遠くなく、海のない私たちの県からは割と手軽に訪れることが出来る。私も過去、学生時代の写生や職場の一泊旅行で何回か訪れたことがあるが、いずれの時も観光地をスポット的に観て、あとは夜の宴会といった思い出しかない。だから、今回のように三日間で一帯をユックリ見回る旅行もなかなか良い。

★おかげで、伊勢神宮では、外宮を参拝してから、グルッと山を回って内宮を参拝するという正式参拝を初めて体験させてもらった。以前、内宮のお社の中でお祓いをいただけるチャンスが当たったということで仲間たちと参拝したとき、私はジーンズを履いていて、その上ノーネクタイだったものだから、私だけが社の中に入れてもらえ
ず、境内との境の竹囲いの中で檻の中のサルのように一人恥ずかしかったことを思い出し、その時の無礼を詫びながら参拝した。

★浜島の外海の海岸でも珍しい生活風景を観た。台風が近づき大潮の高い波のときしか出来ないそうだが、荒波が砂浜に打ち上げた海藻(昆布?ワカメ?)を鈎の付いた竿で拾い集める老夫婦がいた。『波に巻き込まれるなよ!』と言う私たちの心配を余所に寄せ波引き並みのタイミングに合わせて見事に波打ち際を走る老夫婦だった。
台風の余波がもたらす思わぬ海の恵み海藻は、近くに止めた軽トラックの荷台いっぱいになっていた。

★懐かしい懐かしい大王崎に寄ることにした。何十年前のことだが、大王崎突端にある波切地区は東海地区の美術大学や美術系の学部、美術系の科に学ぶ画学生たちのスケッチのメッカのようなところだった。灯台、海、波、島々、魚市場、漁船、漁村、段々の崖に建つ民家、人々の活気の表情、私たちは民家に泊めてもらって一日中海辺で画架に向かったものだ。が、全く往時の面影は感じられなかった。家並みが今風になり、当時のガタガタ海岸道路が綺麗になったことは当然だが、街並みも海岸もシーンとしていて風が冷たかったし、海の街のにおいがしなかった。堤防突端の白い灯台が寂しかった。漁業の低迷は全国どこの海辺の街でも同じだ。
街を後にするときに気づいたのだが、街の入り口に【絵かきの街】と書かれたアーチ看板がかかっているのを見た、往時を知る私は若干むなしくも感じた。

★帰途、松阪城趾を観た後、松阪牛の老舗「牛銀」でスキ焼きに舌鼓を打った。よくテレビでも紹介されている有名な店だが、私たち夫婦ではとても訪れることはない。二男にお任せの旅だから上がることができる座敷だ。さすが松阪牛!、うまい!。

この三日間、今年も二男には散財させた。私たちは「あそこが観たい」「あれが食べたい」「あれが欲しい」と言うだけだ。さしずめ、二男にたかるハイエナといったところか。東京に帰り際の二男に『来年は、萩、津和野、お願いね。』と家内が言っていた。まだまだ、ハイエナぶりは続く。

しばらくさぼっていました。


涼しい朝

涼しい朝

★暑気にやられてヤル気を削がれていましたので、久しぶりのアップですが、相変わらずの季節ネタです。

★今年も我が家の「月下美人」は多くの花を咲かせて見せてくれました。きょう鉢木全体をくまなく見たのですが、蕾になる突起がどこにも見当たらないので、5日前の深夜に咲いたのが今シーズン最後の彼女の姿でしょう。この写真です。

★今回は、小さな蕾芽のときからずっと撮っていたので、その何カットかをアップできました。
さて、その夜、彼女の一夜限りの艶姿をデジカメにおさめてから床についたのが11時頃でした。9月半ばとはいえ昼間は30℃を越す暑さだったので、相変わらずの蒸し暑く寝苦しい夜だったのですが…。

★朝5時頃、あまりの涼しさで目が覚めました。庭に面する欄間戸のサッシは6月末から開け放って網戸にしているのですが、そこから明け方前の冷気が入ってきて寝間全体が寒い程の涼しい朝でした。
私は下に蹴り下げていた夏布団を思わず首までたくし上げながら、『そろそろ欄間のサッシ戸を閉めなきゃ…。』と考えていました。

★毎年そうなのですが、この時期、残暑の続く日に突然涼しい朝が訪れて、そういう朝が少しずつ多くなり、知らないうちに我が家の庭に秋が来ているのです。

やっと秋が近づいたか…、ポチッ!

能登半島最北端 「禄剛埼灯台」

能登半島最北端 「禄剛灯台」

★東京にいる二男が今年もまた恒例の秋ドライブ旅行に私たちを連れて行ってくれるということで、先週はじめに帰省してくれました。

★ところで、殆どの人がそうだと思いますが、職場や仲間とのチョイ旅行は随分何回も重ねました。本州で一応名が知れている所は多分全て行ったように思います。ときにはそこのお土産物産を買ってきて家に帰ると、同じものが既に棚にあって『アッ、ここは以前行ったことがあったなぁ!』と、後で気づくこともよくあります。職場や仲間とのバス団体旅行というのは場所を変えて飲みに行くだけで、ちっとも印象に残っていない私です。

★そこで今回は、能登半島の海岸線をたどる一周旅行を二男にリクエストしました。
先ず、山国岐阜を出発して、富山県の高岡市の海岸に突き当たって、氷見の海岸線を走り、石川県に入って和倉温泉、能登島に渡ってから、また半島の東海岸を北上して、最北端の禄剛埼灯台を見て、今度は半島西海岸を南下して塩田、千枚田、輪島。そして金沢に、最後は家内の養母が眠っている福井の永平寺で回向をして帰ってきました。
地図上ではチョコンとした能登半島ですが、入り組んだ海岸線の道を行ったのでかなりの距離と時間を要しました。こういう長旅のドライブは若いもんにしか出来ません。
おかげで私と家内は日本海の海岸のさまざまな風景や漁港や漁村の味わい深い光景をじっくり見て、夜は彼方此方のある能登半島独特の塩っからい温泉でゆっくり休みました。

★半島の東側と西側とでは、海岸の風景や地形も、そこにある海の幸も、そこに成り立っている産業も、全く異なっていることを実感として見ることができて少々賢くなったような気がしたです。
また、禄剛埼灯台のある狼煙町の食堂に【韓国釜山まで7000キロ】と書かれたポスターがあり、いま北端の町に居るという何ともいえない感慨がこみ上げてきました。
二男にさんざん我がままを言いながら散財させて、ちょっと普段では味わえない良い旅でした。

★旅行後、二男は家に一晩いただけで土曜日の夜、東京に帰りました。小規模な会社をやっているのですが忙しくて大変なようです。私たち夫婦は旅の楽しさに漬かっていて、彼が忙中の合間をみて、わざわざ旅行のために帰省してくれたことをスッカリ忘れていました。

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