トマト丼

トマト丼

★GWもあっという間に終わりました。私は自由な仕事場なので、いつでも休もうと思えば休めるのですが、皆さんは、夏のお盆休暇までご奮闘ください。

★私の地方は木曽川、長良川、という清流に恵まれた土地です。ですから近くにも淡水魚に限って展示している珍しい水族館があります。その「アクア・トト」水族館、そんなに大規模な水族館ではありませんが、世界中の有名河川に棲息しているものをほぼ網羅しているものですから、なかなかの見応えです。至近にある施設と言うこともあって、よく訪れています。
このGWも県外からの観覧客でかなり賑わっていたようです。

★そんなわけで、夏も近いことだし、今回はこんなイラストです。せっかく作ったので町の何かのイベントのポスターに使おうかと思っているところです。

★さて、冒頭の話に戻りますが、休みの日というのは結局なにも出来ないものですね(すみません、私だけでしょうが…)。私もGWの計画はしっかり立てていました。先ず、下呂市まで遠出して最近テレビの旅番組でよく紹介されている《トマト丼》というヤツを食いに行く、次に数週間前に蒔いた花の種の芽が大きくなったので移植する、次にちょくちょくやってきた庭の雑草取りをフィニッシュする。次に締め切りの近づいた二つのポスターの下絵をつくる、でした。が、完遂したのは《トマト丼》を食べに下呂温泉まで家内と行ったことだけでした。
あとのことはそのうち何とかなるだろうということでGWが終わりました。

★どうも休みの日の時間を‘仕事'に費やすのは損、という気持ちが私にはあるようです。結局、普段が忙しくなるのに…。
で、その《トマト丼》、トマトと飛騨牛の少し甘めの丼ですが、噂に違わぬ美味さでした。しかも、一杯が980円という安価、でも高価なガソリンをばらまいてまで遠出する価値があったかどうか?

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うれしい

うれしい

★美術の大きな公募展組織の多くは東京を皮切りに始まる中央展の他に、地方にも地方組織を持っていて、地域の美術文化の発展に寄与しています。私の出している二科展も、秋の全国二科展とは別に各地区組織を持っています。私の地区にも東海地方の各県の作家を対象にした中部二科展という公募展組織を持ち4月に名古屋で開催されています。春と秋の2回の出品作品づくりは結構つらいものがありますが、今のところは、春の2点、秋の3点を自分へのノルマにして毎年続けているところです。

★その春の中部二科展で、先般、2月3月にアップして見ていただいた、この2点がデザイン部門で特選賞をいただきました。うれしい出来事でした。
先日、展覧会の搬出撤収の日に少し早めに行って、皆さんの作品をじっくり鑑賞させていただいたのですが、何よりも若い方たちの作品にみるテーマの切り込み口のスパッとした感じと技術の巧さにたじろがされ、大いに刺激を受けたのです。
自分の作品を車に載せての帰り道、『さて秋は、どんな作品にしようか…』と、その事ばかりを考えながらの帰途でした。

★若い頃は油絵を某公募展に出していたこともあったのですが、デザインを二科に出し始めたのも、ブログを始めたのも、二つ目の人生を始めてからです。そこでつらつら思うのですが、当然のことながら出品者の皆さんのお仕事、ブログで出会う方々のお仕事、は千差万別です。私が知り合った方だけでも、店舗経営のご主人さん、職人さん、看護師さん、主婦の方、技師さん、デザイナーさん、印刷屋さん、無職さん、等々いろんな方がお見えです。でも考えてみると、そういうそれぞれに異なったところで培われてきた哲学をお持ちの方々と、表現(絵や写真あるいは文章)を通して知り合いになれるということは、そう滅多にあることではないと思います。それが、公募展への出品とブログをしていることの最大の収穫だと思っています。ボケ防止にもいいし!

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タンポポ

タンポポ

★以前の絵です。これもその都度の作品にイラストレーターでつくったパーツを寄せ集めて再生した作品です。

★タンポポ、堤防の土手や田んぼの畦に今真っ盛りです。小さな黄色の玉が彼方此方に点在している光景は春の風物詩の代表です。

★さて、このタンポポの葉、サラダの葉ものとしていれると美味しいことご存じですか?先日、家内が料理の得意な友人のつくったサラダをいただいてきたので食べたのですが、そのいかにも春の味がして美味しいこと!聞くところによれば、まだ花の咲かない小さな蕾をつけた頃の柔らかいタンポポの葉を摘んで、きれいに洗って、刻んで入れるそうです。

★でも、このタンポポ、庭には招かざる客です。特に、私のところのように周囲を家に囲まれて、あまり風通しの良くない小さな庭に、どこからか飛んできた種が落ちて一度花を咲かせると、次の年の春には庭のほうぼうに飛んだ種が花を咲かせて居着きます。大事にしているシャガやスズランの間から平気で黄色の花を咲かせるのです。葉を四方に思い切り広げてシャガやスズランを押しのけるように横柄な態度なのです。しかも、その根っ子の太くて深いこと、引き抜くのに一苦労です。落下傘の種をつけないうちに、一つ一つのタンポポを懸命に抜いているところです。

★土手や畦の足下に咲いているタンポポは実に味のある花のなのですが、庭の中では可愛そうですが、ただの邪魔な雑草です。やっぱりタンポポは野辺の花です。

★これが人間なら‘差別!’とヒンシュクをかいそうな春の話題でした。

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ゆくサクラ

ゆくサクラ

★昨年はサクラを何回も記事にしたのに、今年はまだ何もしないうちにサクラが行ってしまいました。
せっかく撮った写真をあわてて載せます。
今年は特に、あっという間に咲いてあっという間に行ってしまったサクラでした。ただよかったのは、小学校の入学式の日は温かい晴天で、新一年生諸君もお母さんたちもまさにサクラ吹雪のなかでの入学式でした。入学式とサクラのタイミングがピタッと合うことはなかなかないのです。どこかの西洋かぶれの教育者が、入学式の時期を欧米と同じ秋期に移動させようと画策しているやに聞きましたが、とんでもないことです。日本の新学期はサクラの中で迎えるのが当然です。

★私の家の近くの川筋が、中部地区では結構名の知れたサクラ名所で、恒例の桜祭りと満開の時期が合致するかどうか、毎年関係者を悩ませています。今年は絶好のタイミングでした。役所の観光課によると5万人の集客があったそうです。しかし、この二日間の路上の違反駐車の多さには怒り心頭です。警察もサクラ祭りの二日間だけは見て見ぬふりです。以前、車の殆ど通っていない郊外の街角に路駐をして車にワッパを掛けられた私には、少々不公平感が頭に来る二日間でした。

★昨日、半分ほどになってしまったサクラの花の下で仲間と花見をしました。今年もまたサクラを見せてもらった…、当たり前の日常の流れに感謝すると同時に、サクラの国の住人であることのありがたさを感じたのです。
そこで一句
ひとひらを さかずきに置き ゆくサクラ

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淡墨桜☆ノア

淡墨桜☆ノア

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★この地方の今朝の新聞一面トップに載った記事です。岐阜県根尾の淡墨桜の種を宇宙に持っていくという記事です。その研究の詳細は私には分かりませんが、あの淡墨桜が宇宙とつながる、ということに果てしない意義を感じます。

★淡墨桜、1400年間の風雪に耐えて、今なお淡墨のような白灰色の花を咲かせているのです。何度も朽ちる危機に遭遇したのですが地元の方々の苦心に加えて、故宇野千代氏の名作「薄墨の桜」のモデルになったことで、淡墨桜の雄姿が一挙に全国に知れ渡ることとなりました。

★この記事で、今回の事業実現のための労をとったK氏は私と旧知の間柄ですし、この宇宙事業に携わってお見えの研究者Tさんも本県出身の方です。さらにブログ友人のきらりんさんがさまざまな地元関係者との繋ぎをとられたようです。私がこの事業のお話がまだ具体化していない段階でチラッと聞いたのは、まだ最近のことなのに、こんなに早い実現に驚きました。関係者の皆さんの絆の強さと関わった皆さんの淡墨桜への思い入れと愛情の深さに感服しながら、今朝の記事を読んだ次第です。

★さて、きょうの私の絵ですが、イメージの元の元は「ノアの方舟」です。マンガ風ですが…。神の怒りにふれて全世界が大洪水に巻き込まれた中を、自分の家族と一つがいの動物たちを自作の箱船に乗せて何年も漂流した「ノアの方舟」、このノアの勇気と辛抱のおかげで人類や生き物は絶滅を逃れたとは、旧約聖書の話です。遠い紀元前の聖典にある話なのに、なにか科学技術が必要の限界を越えてしまった近未来のことのようでゾッとしないでもありません。が、科学技術の進展は私たちの知らなかった地球の真実を次々に教えてくれています。どの天体よりも美しい星、青い地球を見せてくれたのも、砂漠化で森林限界線が移動しつつあるのを見せてくれたのも、宇宙からの映像でした。宇宙からのメッセージをどう受け止めるかは私たちにかかっています。

★今回、宇宙を旅する淡墨桜の種は、地上に戻ってどんな芽を出し、どんな花を咲かせてくれるでしょう、そして、どんなメッセージを私たちにくれるでしょうか。きっと、その樹齢1400年の生命力が、地上に再び命を育み、輝ける地球の未来を取り戻す勇気を私たちに与えてくれるに違いありません。淡墨桜、まるで地上のノアのようです。
今年も間もなく、淡墨桜は満開を迎えます。

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春すぐそこ

春すぐそこ

★私は市民向けにさまざまなイベントのポスターをつくっていますが、そのときに自分自身に一つの決め事をしています。そこに描く光景やイラストは必ず具象表現にするということです。そのポスターのおよその内容が小さな子どもたちが見ても分かる、ということを第一条件にしているからです。その意味で、展覧会や個展に並べる個人的なイラストやポスター作品とは全く別物と考えています。

★これは、毎年開催される「市民の健康を考える」イベントのポスターです。昨年は映画「ウエストサイドストーリー」をダジャレて、「ウエストサイズストーリー」という惹句を書きましたが、今年はその‘パート2’と言うことでこんな絵にしました。バックに、この前行ったスキー場から撮った御嶽山の写真をなにげに貼ってみました。

★一昨年のことですが、役所の連れと近くの山に行ったとき、尾根道で多分、父子とおぼしき二人とすれ違いました。これも多分ですが、メタボオヤジの運動不足を心配しているムスコがハイキングに誘ったのではないかと、そのとき思いました。とても暖かい光景でした。
昨日、今日と、冷たい風もおさまり、日中の日差しにぬくもりを感じます。まさに三寒四温を実感します。そんな日に、このポスターの依頼があったものですから、つい、こんな絵にしてしまったのです。
春はすぐそこです

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害虫の親玉

害虫の親玉

◆今朝、フェンス越しにお隣さんの庭を見たら、根元辺りまで切り取ってしまったイチジクの木から、もう何本かの枝が出て、その先っぽに小さな芽が出ているように見えました。

◆イチジクという木は放っておくと大きくなりすぎて実が少なくなるものですから、毎年、秋、すってんてんに枝や幹の上部を切り落とすと、次の年、また新たな枝を伸ばし、甘い実をたわわにつけるのです。

◆しかし、『それにしても、これはチョッと切りすぎではありませんか?こんなに根元近くまでも…』と奥さんに訊ねると、『そうなんですよ、実は、去年、この木にカミキリムシが入ってしまって、こうせざるをなかったのですよ…』と言われたのです。
とうとう、こんな街の中まで、アイツが来たかと思いました。
:そういえば、去年、私の家の網戸によくアイツが留まっていました。
:そういえば、去年、お隣さんから、おいしいイチジクをいただくこと がなかった…(バカ!卑しいことを!)
と思いだしました。

◆カミキリムシ、虫好きだった少年時代を田舎で過ごした方々はご存じだと思いますが、カミキリムシといっても、その種類はメチャメチャ多くいて、昆虫採集の格好の標的にしたものです。

◆このカミキリムシ、実は害虫の中でも極めつきの悪いヤツなのです。特に、クリ、クヌギ、イチジク、ビワ、カシ、さらに、サクラ、ウメ等々の幹にあの鋭いハサミで穴をあけ、卵を産み付けます。卵から孵った幼虫は、幹の内部の木質を餌にして成長し、内部に大きな空洞をつくります。その際に、地中から水分を吸い上げる導管を切断するものですから、その空洞部分が腐ったり、木が枯死したりするのです。いわば、森林保全の敵なのです。ちなみに、イチジクに産卵する不届きなヤツはキボシカミキリという、やや黄みがかった体に白点のあるヤツが殆どです。

◆今夏、昆虫採集を計画の子どもさん達にお伝えください。そのターゲットはカミキリムシ科にするようのと…。

◆◆でも、あの長い触角を揺らしながら幹を登るアイツ、なかなかの貫禄はありますけど。

◆◆この悪玉の現実の姿を写風人さんの写真で得とご覧あれ!!

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イメージ〈春〉

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◆春が行ってしまわないうちに、〈春〉のイメージイラストをご覧ください。

◆京都です。最寄りの新幹線駅から、40分程度で行けるものですから、よく行きます。いつ行っても、表面的には古都のイメージから、ほど遠く、人であふれています。夜の新京極界隈などは、まっすぐに歩けません。修学旅行の生徒、腰にジャラジャラ鎖をぶら下げた若者、歌舞伎の隈取りのようなメイクをした女の子、見事に和服を着こなしたご婦人、そして、キラキラ輝くショウウインドーの直ぐ隣に歴史を感じさせる小さなお寺や祠がジッと佇んだりしています。さらに、ひとつ裏に入ると表の喧噪が消えて、町屋の灯りが揺らいでいます。まさに、人も、ファッションも、町の様相も、新旧のルツボのような京都です。京都ですから、神社仏閣が素晴らしいことは言うまでもありませんが、私は、そんなごった煮の京都が大好きです。

◆でも、繁栄を極めた平安の昔も、きっと今とそんなに変わらなかったのではないか、と思うのです。日本中から、あらゆる階層の人々が都を目指し、都の集まり、さまざまな市が立ち、やっぱり、ごった返していたのでしょう。

◆この絵は、春、清水の三年坂で見た幻影です。

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よざくらについて…もうひとつ



◆一昨年、私の町の観光ガイドを更新したとき、その表紙や中扉も一新しました。その中の“まつりのまち”というカテゴリーの中扉のデザインです。

◆さて、この町も桜祭りが終わり、サクラが北に行きます。今年も思ったのですが、皆さん、あのサーチライトのでっかいヤツで夜遅くまでサクラや秋のモミジをガンガン照らすライトアップをどう思われますか?
子ども達なんかは、その姿を夜桜と思いこんでいるから困ったものです。せいぜい、露天の電灯、酒宴の明かり、家々のあかり、都会ならビルの窓明かり、に浮かぶサクラが夜桜の美しさです。時期が合えば月あかりも素敵でしょう。なんで、サーチライトでガンガン照らすのでしょうか?。情緒もなにもあったものではありません。サクラを人間に例えれば、もう寝たいのに濃いコーヒーを何杯も飲まされて『寝るのは許さん!』と言われているようなものです。

◆夜桜見学というのは季節の自然を愛でる最高の行為だと、私は思うのですが、あのライトアップは不自然さで自然を見せている間違った見せ方だとかねがね思っています。
昼の陽光と夜の漆黒、このサイクルを守ることこそ自然を自然のままで長く保全する、ごく初歩の心がけだと思うのですが…。

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よざくら/アニメ

よざくら/アニメ

◆私の家から300メートル程の所に、木曽川に流れる支流があって、その両側の堤防道路は約2キロにわたってビッシリ詰まった桜並木なのです。東海地方ではちょっと知られた桜名所です。

◆さて、やっと満開が近づきました。来週の10日には花吹雪の中で仲間との花見が出来そうです。現在、この堤防道路が歩行者専用になっています。いっぱいの露天が並び、焼きそば、タコ焼き、じゃがバタ、などの匂いが舞う花びらとともに辺りにただよっています。焼きたてのトウモロコシを買って、かじりながら、混雑の中をゆっくり歩くのです。

◆この桜名所、中央部分が幅の広い県道で分断されていて、県道から北側は人も少なく、めっきり静かなのです。夜になると、若いカップル達が県道をわたって、こちらの桜並木の方にやってくるのです。私も、若くはありませんが、夜は、露天や提灯のない、こちらの桜並木を歩くのが好きです。遠くの灯りで白く揺れる桜の美しさがたまりません。ときどき、堤防の下を通る車のヘッドライトが桜並木を一瞬、ライトアップします。若いカップルも思わず相手を忘れてその美しさを凝視するのです。そして、春の川風が頬をかすっていきます。
やっぱり、日本の春は最高です。

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