
★先回の続きである。
★一枚目のスケッチを終えてから、南の方へ坂を登る。高台から、もう一度、その家を南から見る。さっき東側から見た光景とは随分、雰囲気が違う、茅葺きの古い家の西後ろに新しい家が新築されている。ただ、古い家の前が広い庭になっているので、洗濯物はまだそこを利用して干されているようだ。家族が多いのだろうか、たくさんの干し物が風になびいている。
★こちらから見ると、この古い家、住む人は居なくても、一家の生活仲間として踏みとどまっているようだ。これまでに、萱屋根の下方を切り取り、庇を造り、南側の外観の改装を繰り返してきたあとが見える。そんな代々の苦心を知る現在のご主人が、この古い家の処分を躊躇しているのかもしれない。
★勝手な想像をしながら、スケッチを続けた。
★一つの物事を、一つの方向からだけ見て、一つだけの判断をしてはならない。さまざまな視点を持って、さまざまな判断材料を持とう。もちろん、一人の人間に対しても…。と、思ったりもした日帰りのスケッチ行脚だった。
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◆きょうはスケッチをご覧ください。
◆国道ではないから、あまり広い道ではないが、郡上踊りで有名な郡上八幡町を通り抜けて、坂本峠を越え、飛騨高山に通じる道がある。最近は近くに富山につなぐ東海北陸道の完成が近い。既に、高山までは通じているので、この道はめっきり車が少なくなった。その分、ゆっくりと農村風景を堪能出来る。坂本峠の手前から脇道に入る。しばらく行くと懐かしい風景が開ける。段々畑、点在する農家、合掌造りの茅葺きの農家も何軒か見える。
◆そのうちの一軒をスケッチしようと近づく。近づくと人気は無い。でも、最近まで住居として使われていた気配もある。飛騨・美濃の脇道を辿ると、こういう茅葺きや藁葺きの家がまだある。しかし、殆ど住人は居ない。ここから、あまり遠くない世界遺産の白川村合掌づくり群の村の華やかさは、ここには微塵もない。
◆他人は言う『理にかなった建築工法、合掌造りは、まさに匠の技が息づいている』と、確かに、そうだろう。でも、そこに居を置き続けると言うこととは別問題だ。そういう家で少年時代を過ごした友人が居るが、彼は『修繕の繰り返しで、その管理たるや並大抵のものではなかった。そりゃ、現代の建築の住み心地には到底及ばない』と述懐していた。
◆ある人は近くに新築をするが、さらに、過疎が追い打ちをかける。屋根の葺き替えは少人数では不可能に近い。ある人はその家を離れ町にでる。古き伝統の家々は住人を失い、やがて朽ちる。日本の古き良き風景などという傍観者の感傷は、ここでは通用しないのだ。と思いながらスケッチをした。
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