ヒヤヒヤにもほどがある

ヒヤヒヤにもほどがある

★私たちが木彫制作を主としていたサークル木屑会(もくそかい)で、以前に彫った円空彫りで、素材はヒノキ、と言っても建築現場から貰ってきた柱の端材である。像は、人々の安心、安全、安寧を願う聖観音像だ。

★「子どもの日」 は過ぎたが、子どもの安心、安全、安寧を願わない親はいない。その意味で、成人するまでは親にとって毎日が「子どもの日」だと思う。
私のところは二人の息子がいて、殆ど放ったらかしの子育てだったが、それだけに中学校のとき生徒指導の先生から呼び出されて、家内が出向いたこともあったし、行き過ぎた行動の息子たちをぶん殴ったこともある。放任主義とは言いながら、内心はヒヤヒヤものの子育てだった。ホントに子どものことがいつも頭の中にあって、中学を卒業するあたりまでは、年中が「子どもの日」だったと、いま思いかえしている。

★が、近頃の事情は、どうなっているのか?と疑う報道を、一ヶ月ほど前のニュースで観た。
名の知れた大学の入学式の情景から画面は始まった。大きな体育館の観覧席は新入生の父兄で満杯になっていた。両親や祖父母もいるとかで、新入生よりもはるかに多い観覧席だ。「もう18歳以上の大人だぜ」と思ったが、「まあ一緒に受験勉強を援助して頑張ってきたのだから、子どもの入学式に参加するのはいいか…」と観ていた。驚いたのはそれからだ。

★式のあと、なんと親向けのガイダンスが設定されていて、そこで親たちが盛んに挙手して大学職員に質問をしているのだ。
『うちの子は、友だちつくりが小さいときから苦手ですが、どのようにして仲間づくりを指導したらいいでしょうか?』
『大学に入ったので、PCを買ってやるのですが、ウインドーズとマックと、どちらが良いのでしょうか?』
『どれぐらいの頻度で、子どもの下宿を訪ねたら良いのでしょうか?』
まだいろいろあったが、およそこんなレベルの質問が飛び交っていた。まるで小学生か中学生の子どもを持つ親の個人懇談レベルだと、思いながら観ていた。それこそ、そんなことは大学生なのだから任せて放っておけばいいのだ。

★親が子育てにヒヤヒヤするのも限度がある。社会の凹凸に突き当たってヒヤヒヤするのは大学生の君たちでなければならないのに…。

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睨まれる

睨まれる
★以前、私たちがつくっていた木彫サークル「木屑会」で、凧を作って遊んだときのものだ。それぞれに江戸凧らしい絵を描いた。私は武者と龍の二点をつくった。しばらく棚の上に置いてあった。邪魔になって捨てようと思ったが、せっかく作ったものを捨てるのも勿体ないと思い、アトリエの天井にヒートンを付けて設置した。依頼10年以上も天井に張り付いたままだ。ちょうど私の机の上にあるので、仕事がイヤになって、上を向いて大あくびをすると、この武者と龍の睨んだ眼と合ってしまい、あわてて仕事に戻る。

★睨む、睨まれる、人との関係でもそう感じるときがある。「自分は睨まれているのではないか…」と。
ずっと昔のことだが、私も職場で上司に睨まれているのではないかと思ったことがある。もっとも、当時の私は、あまり周囲のことを考えずにやりたい放題の時期だったので、睨まれても仕方がなかったのだ。しかし、職場を転勤して、異動先の職場で一ヶ月ほど過ぎてから、その上司が訪ねて来てくれた。私の顔を見るなり、『おお、元気そうじゃないか!』と、笑顔で喜んでくれた。私は、若干戸惑いながらも内心「オレ、この人に睨まれているわけではなかったかも…」と、勝手に都合のいい解釈をした。

★そりゃ人と人との関係だから、睨まれたり、嫌われたり、することもあるだろうが、えてして「睨まれた感」「嫌われた感」というのは、なんか自分がやってしまった勝手な行動や言動に後ろめたいことがあったりしたときに感じることも結構あると、私の場合を振り返って思う。
が、いまだに私は反省もなくその繰り返しで、寛大な彼や彼女に感謝するのみだ。

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脳ドッグ・2008挨拶

脳ドッグ・2008ご挨拶
★随分以前に作った「翁」の面です。今年は二人目の孫も誕生し、私事ですが絵の出品でもそこそこの成果が得られ、「翁」の表情までは及びませんが、まあ穏やかな年の暮れを迎えることが出来ました。

★もう一つ、穏やかな日常に感謝する出来事がありました。
11月、東京にいる二男から電話がかかってきました。『オヤジ、脳ドッグを受けたことはあるか?』というので『ない』と答えると、『カネは自分が出すので、脳ドッグをやれ』と言うのです。何故、突然に脳ドッグなのかと話を聞くと、二男の仕事仲間の知人の親が、ある人と激しい口論喧嘩をして、その後気分が悪くなり人事不省に陥り、結局、クモ膜下出血で帰らぬ人になったそうです。このことが二男たちの仲間の話題になり、その中で‘脳ドッグ’の話も出てきたようです。
二男がまだ東京に行く前の私、気の短いオヤジ、喧嘩っ早いオヤジ、それがピーンと二男の脳裏に浮かんで、心配の末の電話だったのだと思います。

★脳ドッグの話を勤務先で話すと『なに!玉さんやったことないんですか、私はほぼ毎年、健康診断に併せてやってますよ』と言う、結構若い連中が多いことに驚きました。
そんなわけで私も脳神経外科なるところにおもむき、脳ドッグMRI検査を受けました。ベッドに寝て、空洞のようなところに頭を入れると頭の周囲でカーンコーンとでかい音が響き始めます。『オイ、この音で血管が切れてしまうんじゃないの?』と思いながら、寝てしまいました。およそ30分の検査でした。
医師に呼ばれて診察室に行くと、私の脳内の写真が何十枚もガラス貼られていました。きれいなモノクロの抽象画のようでした。親切な医師は、事細かに写真で私の脳の状況を説明をしてくれました。そして『脳の各部の血管、目・鼻・耳に繋がる血管にいたるまで全く心配はありません。』と言う診断でした。二男のおかげで、ホッ!、安心…、をそのとき実感しました。

★要らざる心配を息子たちにかけないように、穏やかなオヤジへの変貌をイチオウ誓う年末でもありました。
皆様も穏やかな2008年の暮れをお過ごしください。
2009年がさらに穏やかならんことを祈りましょう。
この一年、ありがとうございました。

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木っ端仏

木っ端仏
★以前にも私の円空仏(いや、円空仏を真似た彫り方の木造仏)をいくつか見ていただきましたが、これもそのときに作った一つです。実寸は8㎝×25㎝ぐらいの小さなものです。たしか赤松の木だと思いますが、道に張り出して邪魔になった枝を打って捨ててあったのを拾ってきて作ったものです。本当は木地の色のままで放っておいて自然に変色させた方がいいにきまっているのですが、私はせっかちですので、すぐオイルステンやワニスを塗って、乾かないうちに拭き取ったりしながら、何とか古代色を出そうと試みたのですが、うまくいかなかったのでそのまま棚に置いたままにしていました。

★先日、円空仏を600体ほど彫っている先輩のアトリエの本棚に偶然、ある本を見つけました。
もう半世紀以上も前に円空仏を最初に見いだした岐阜大学の土屋常義教授と当時高名な劇作家の飯沢匡氏の円空論争を取り上げた本です。概略は、円空は宗教学に精通した高僧であったという土屋氏に対し、いや円空は人間的な人物ではあったが宗教学には無知なただの乞食坊主だった、という論争です。二人とも円空を愛するが故の論争なので、私にはどっちでもいいのですが、ただ、中央の高名な飯沢匡氏が地方で地道に研究している学者を小馬鹿にしたような態度が気に入らないと感じながら、その本を読んだのでした。
そんなわけで、私の作ったいくつかの円空仏を眺めながら、江戸の昔の円空さんに思いを馳せているのです。

★このような、枝の切れっ端やそこの辺に転がっている薪などから作る仏様を‘木っ端仏(こっぱぶつ)'と言います。円空さんは全国各地で一宿一飯のお礼に、その場で鉈や小刀を取り出し木っ端仏を彫って、その家に置いていったのです。私の県が円空さんの出生地というのが定説で、県内の彼方此方の寺社、旧家、展示館で本物を見ることが出来ます。ガツ~ンと鉈で彫った後で、きれいにしたり、彫り直したりといったチマチマした跡は一切ありません。本物に見る迷いのないその彫り方の迫力たるや凄いものです。
いにしえの為政者たちが仏師に作らせた各国宝級のお寺の仏像も凄いのですが、全国を布教行脚しながら生涯12万体を彫ったという当時無名の円空さんの生き様も凄すぎます。

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多面性

多面性

◆これも過去何回かアップしました木屑会の活動の中でつくった円空風木彫の一つです。私は仏師ではありませんので、仏像としてご覧いただかなくても、一人の人物像の円空風木彫としてご覧いただけば幸いです。素材のベイマツの切り口に油脂分がにじみ出て背面の木目の意外な美しさなどにも眼を向けていただいたりして…。

◆さて、こうして一体の木彫の正面と側面の写真を載せて見て、初めて思ったのですが、正面と側面の表情がまるで別人のような雰囲気に、少しビックリしているのです。

◆そういえば、人間って前姿、横姿、後ろ姿、にその彼が持つ内面が滲み出ているように思います。『にこやかな顔をして別れたけど、その後ろ姿には寂寥感が漂っていた…』はドラマのナレーション、『顔も言葉も優しかったけど、その横顔は恐いほど厳しかった』は、中学校時代、私に説教をしてくれた先生。

◆そして、その一人の彼が同時に見せる表情は、彼の多面性でもあるのでしょう。『彼が、そんなことをするとは思わなかった』『彼に、そんなナイーブなところがあるとは思わなかった』などという驚きは人間関係の中で、ままありますが、それは、自分が勝手に彼のイメージを作り上げ固定化しているからでしょう。
彼には、もっとさまざまな内面があり、私には想像もつかない幅の広さがあるのだという前提で、彼を見たいものです。最近、反省しきり…。

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接着/木屑会での制作④

接着/木屑会での制作④

木屑会での円空風木彫から若干脱却して、自分風を出したつもりの木彫です。特に顔の表情は、わりと気に入っています。
◆でも、この木彫、未完成のままです。木靴のようなものを履かせるつもりだったのに、足を小さく削りすぎて、靴の部分を、さて、どうしたものか?、と考えているうちに、そのままになっているのです。そのうちに完成させます。
◆下のまだ手を付けていない台座の部分をご覧ください。実は、この木彫、住宅建築の現場から、80センチほどの長さの柱の角材の端片を2本貰ってきて、接着剤で接合したものです。体の部分も左右の木の色が少し異なっているのが分かると思います。全く最近の接着剤の強さは並大抵のものではありません。完全に2本が一体化して、ガンガンノミで叩いても、ビクともしません。この時以来、何も一木を彫らなくても、何本も適当な木片を貰ってきて接着して彫れば、事足りるという方法をとるようになったのです。
◆人の世も、これ程の強い繋がりが出来ればいいのですが…、いや、かえってうっとうしいかな…。

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ドーンと!〈べしみ〉/木屑会での制作③

ドーンと!〈べしみ〉/木屑会での制作③

◆今回はど派手な顔をみていただきます。
◆これも木屑会の活動で彫った能面です。いや、こんな物を能面と言ったら、正式に面を打ってお見えの方に申し訳ありませんので、「能面風の飾り面」と申します。
◆本屋で「面打ち入門」という本を買ってきて、始めたのはいいのですが、これ程、面打ちが難しいとは思いませんでした。(当たり前ですね…)いくつかの障害があったのですが、先ず、何よりも顔に着ける面ですから、薄いところで1㎝ぐらいの厚みにしなけばなりません。幾つパリッと割ってしまったでしょうか、私も面打ちにのめり込む気もありませんでしたので、パリッといかない程度の厚みのままに裏を残し、表面も着色せずに、うすい染料を塗って木肌を見せる面、と自分の力量の範囲で「能面風の飾り面」をつくることにしたのです。また、その後の能面風の飾り面」をいずれ見て頂きます。
◆この面、「べしみ」と言います。“口をグッとへしむ”という所からきた名前です。「能」ではメジャーな面で、威嚇の表情を意味する面です。

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革細工/木屑会での制作②



★革細工、革工芸、というと先ずカービング(革の表面に彫り図柄を描く)が最重要と言われますが、私は反対です。革工芸の専門家ならいざ知らず、なぜ革の美しい素材に慣れない図柄を描いて傷を付けるのかと疑問なのです。木屑会で取り組んだときも、最初はセオリー通りにカービングから始めましたが、止めました。自分たちの作りたいデザインの鞄に妙な図柄は邪魔になると思ったのです。私たちは、革の問屋さんからいろんな色に着色された鞣した革を購入し、作りたい鞄をデザインし、型紙を作り、手芸屋さんで好みの金具やファスナーを買い、型紙通りに革を切り、金具やファスナーを付けてから周囲を革ひもでステッチして仕上げました。背広に合わせた鞄、京都旅行にふさわしい鞄、飲みに行ったとき目立つ鞄、等々、バカなことを目的に幾つ作ったか分かりません。鞄が出来ていく楽しみは格別です。今でも続けています。
★上の写真は、私の作品の一部です。②などは、もう十数年来通勤に使っています。
★下の写真は、知らず知らずのうちの揃えた革細工の道具ですが、短い金棒はカービング用の道具で私には無用の物になりました。最低限、革カッターとハトメ抜きと木槌があれば十分です。

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「円空さ」風/木屑会での制作①

「円空さ」風/木屑会での制作①

木屑会〈1.30/up記事)の活動で制作した円空風の仏像です。
円空上人の作品は全国津々浦々に残っていますので、ご存じだと思います。江戸初期、全国を行脚しながら、木端や朽木に大小さまざまな仏像を彫り続けた異才の仏師です。生涯12万体を彫ったと伝えられていますから、その制作の迫力に尊敬の念を禁じ得ません。作風は鉈やノミでスパッスパッ彫った当時の仏師界では考えられない単純化された表現です。人々から「円空さ」と呼ばれ慕われたそうです。
★この作品は、かの憧れの「円空さ」を真似てつくったものです。素材は樟(くす)の木です。ちょっと古代色風に着色しました。

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それぞれの道

それぞれの道

まだ解散したわけではありませんが、3人で《木屑会》(もくそかい)というのを結成していました。一週間ごとに各メンバーのアトリエを会場にしていろんな物をつくりました。アトリエにこんな看板まで掲げて…。制作の中心は木彫でしたが、その合間に、凧、アクリル画、革細工、等々…。遊びと制作と作品のけなし合い、実に楽しい《木屑会》でした。でも仲間活動というのは、それが恒常化すると、そこから抜けて一人で別のことをやりたくなるものです。やがて、一人は家に大きな窯を備え作陶家になり、一人は南米の民族ダンスの研究家になり、私はPCに向かってCGで某市のポスターを作る日々になりました。関係ないかも知れませんが、フッと思います。人は支え合わなければならないけれど、一人でも生きられなければならない。矛盾しているようで矛盾していないのでしょうね。《木屑会》のカテゴリーを追加しましたので、追々そのときの作品も掲載していきます。見てください。

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