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ゆくサクラ

ゆくサクラ

★きのう今春最後の花見をした。この辺りは一昨日からずっと強風が続いていて私たちはサクラ吹雪の中を歩いた。この時期にしては少々冷たい強風だったが、その肌寒さがゆくサクラへの感慨を一層募らせた。

★強風が花びらを剥がして川面に運ぶ、ひっきりなしに水面を流れる花筏をエサと間違えたのか、あるいは花筏の水面に興奮したのか、鯉が浅瀬で暴れている。サクラはそのゆき際のギリギリまで、何かを見せてくれる。

★今春のこの地方のサクラは入学進級の6日~7日に晴天のなか満開を迎えた。その後低温の日が続いたためにしばらく堤防は満開のサクラが続いた。そして昨日のすごい花吹雪、申し分のない今春のサクラだった。

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外で冬越しが出来るか、月下美人

外で冬越しが出来るか、月下美人

★これは数日前の写真だが、今冬はこの辺りに二度も雪が来た。例年にない寒さの日が続いているので、もしかしたら失敗するかもしれないが、私は今冬試していることがある。それは「月下美人」の鉢を外で冬越しさせるということだ。

★毎年、真夏の深夜に妖しく咲き誇る彼女の美しい姿をこのブログにもアップしてきた。
元来、彼女はメキシコなどの亜熱帯地方が原産であるサボテンの仲間なので、四季のある日本では冬の間は家の中に避難させて寒枯れを防がなければならない。私のところでもそうしているのだが、毎年挿し葉をしていたら鉢が増え過ぎてしまって、冬期間の彼女の避難場所の確保が難しくなってきた。ちょうどそんな時、日本でも暖かい地方では冬でも外に出しっぱなしにしている所もあると聞いた。どうも私の居住地辺りは彼女が外で冬を越すことが出来るか出来ないかのボーダーラインらしい。
そんなわけで、我が家では今冬「月下美人」の幾鉢かを外で過ごさせることにした。
もちろん、寒枯れで全滅した場合も考慮し、昨年夏のうちに多くの差し葉をして子孫は残している。

★昨年の12月、彼女に直接冷たい冬雨や雪がかからないように大きな透明シートで周囲を養生した。さて、もうすぐ冬も終わるがどうだろうか?、上部の大きな葉は寒枯れているが、下部の小さな葉は鮮やかな緑を保ちながら頑張っているようにも見える。
鉢たちが蘇るか、このまま萎れてしまうか3月頃には結果がでる。

★が、『鉢の植物が冬越し出来るかどうかを心配している場合か!老体のお前がチャンと冬越し出来るかを考えろ!』と、どこからか聞こえてくる。たしかにそうかも…。

2017 賀状展

2017 賀状展

★2017、我が家にいただいた賀状の中からピックアップしたこのブログ恒例の賀状展である。

★私の地域では昨日8日が左義長だった。近くの八幡神社境内に大焚き火の炎があがり、人々は正月のしめ飾りやお鏡餅を置いた台や昨年中掲げていた御札などを炎の中に投げ入れて正月が終わったことを実感した。
それにしてもアッという間の正月だった。そういえばこの賀状展にしても、昨年か一昨年にアップしたのがついこの前のことだったのに、と思いながら今年の賀状展をアップした。時間の移ろいはまさに疾風のような速さだ。

★時間の早さに抗うことは出来ないにしても、つい時間を忘れるような何かへの取り組みをしたいものだ。何かが何かは分からないが…。

★ともあれ今年が始まった。満足できる一年にしたい。

2017 楽しく行こう!

2017 楽しく行こう!

★もう干支を幾回りしただろうか、でも、こうして今年も干支のイラストを描き多くの友人に賀状を発送出来ることが幸せなのかもしれない。
★年々、何かに取り組むことが面倒になり、怠け者になりつつある自分の姿が自分自身にもよく分かる。
「こりゃいかん!」と、その時々に思いながら、でも結局なにも出来ない、その繰り返しの1年がまた始まった。
★ともあれことしもよろしくお願い申し上げます。

16年目の「二人展」

16年目の「二人展」

★少々遅れ目の事後報告だが、先月の終わりに今年も「二人展」を実施できた。もう16年目になる。当初は先輩の作陶と私のCGイラストのミスマッチ的な取り合わせが面白くてそれなりの反響もあったのだが、16回も続くと私たち自身が自らの作風や技術のマンネリ化に不満を抱き、もうそろそろ「二人展」も幕引きか…、と迷っている段階でもある。

★しかし展覧会場という場は作品を並べて立ち寄られた人々の鑑賞に供する機能だけではないかもしれない。特にここのギャラリーでは毎年そんな思いを抱かせる出来事に会う。

★数年前のことだが、私のこのブログを覗いてくれた50年前の小学校4年生のKさんとKさんのご家族がいきなりこのギャラリーを訪れてくれたときには本当にビックリした。
以来毎年Kさんは当時のクラスのメンバーを誘ってギャラリー訪れてくれる。今年もWさん、Aさん、と共に訪れてくれた。作品鑑賞などどうでもいいので早速喫茶店に直行し、話は50年前にタイムスリップした。当時20代だった私の横着放題を小学校4年生だったこの子たちはしっかり見ていたことに赤面の至りだったが、楽しかった。

★今展ではもう一つの出会いがあった。私が管理職を拝命しての新任職場の私の部屋にいつも昼休みに遊びに来ていた子たちがいた。その中の一人が「新聞を見て来ました!」と訪れてくれた。元気な二人の女の子の母親になっていた。25年前、当時5年生だった子である。小さな新聞記事を目に留めてわざわざ会いに来てくれたことは感謝以外の何ものでもない。

★事程左様にこのギャラリーでの展覧会は作品展示は単なる出会いの手段か?と誤解をしてしまうほどの「二人展」なのだ。冒頭、もうそろそろ「二人展」も幕引きか…と書いたが多分次回17年目もあるのではないかと思っている。

息子のスネをかじる親の秋

息子のスネをかじる親の秋

★東京の二男が仕事の合間を見つけて帰省してくれた。そして、今年もまた親のスネならぬ、「息子のスネをかじる親」の秋が来たのだ。

★今年は2泊3日で近場のじっくり旅を実施してもらった。同じ県内なのにバスツアーでサア~としか通ったことの無かった御母衣ダムや白川郷を皮切りに、竹久夢二の湯桶温泉、金沢駅の丸太ゲート、茶屋街、それから能登の根元部を横断して氷見市、黒部市へ。北陸内では出来るだけ高速に乗らないで下道を行きながら彼方此方を巡った。
とりわけ初日の御母衣ダムから湯桶温泉に入る裏山道は夜なら絶対に行きたくないような怖い道だったが、旅を急ぐ古人の姿を彷彿とさせるような歴史街道だった。

★今回は海の街々や山々の細い道に入り込んでのポイント巡りが多かったが、私たち夫婦はふんぞり返って『あそこを観たい!』『そこに寄りたい!』と言うだけ。文句も言わずにでっかい車で狭い道を行く二男には相当の神経を遣わせてしまった。

★私は北陸地方も日本海も大好きで現役時代もその後もよく訪れている。ただ、その地域の風土や生活や歴史などを視点にした旅はしたことがない。その意味で今回の旅は新鮮だった。

★余談だが、帰途の車で、二男がこんなことを思いだし盛んに感心していた。『金沢でも、氷見でも、街の中の公園で休んでいて感じたのだが、公園周囲を取り巻く低木生け垣が何処でもきれいに剪定されていて、クモの巣一つ無かった。』と。そういえば私も以前から北陸の街々は何処も清潔な感じがしていた。

★最後のにもう一つ息子のスネをかじった。以前、山用にと高度計と気圧計が表示出来る腕時計を二男に買ってもらったのだが、取説に書かれている内容が難しくて操作出来ず、今回また同じ高度計と気圧計の付いた今度はデジタル表示の腕時計を買ってもらった。とても軽くて調子がいい。だが、やっぱりこの取説文の理解もむずかしい…。

昔の中学生二人の展覧会

昔の中学生二人の展覧会

★この夏は猛暑の炎天下に飛び出す勇気もなくエアコンの室内でジッとしているだけの老体であった。最近朝夕の風が涼しくなり始めてようやく「こんなことではイカン!」と思っていたところに、名古屋で開催されるの展覧会案内が二通届いた。いけばなの展覧展とイラストの個展で、双方とも会場は別だが会期が重なっていて、しかも偶然にも二人とも私の大昔の教え子だった。
というわけで11日に早速行ってきた。

★名鉄百貨店で開催されていた「いけばな展」に出瓶しているIさんは私が30代後半の頃の中学生で頭の良い絵の上手い少女だった。現在は立花講師として活躍しこのいけばな展にも出瓶いるのだ。
上掲は彼女の作品である。見受けるところ流派の東海地区の指導者たちの作品が展示されているようで、その観客の多さに驚いた。

★「いけばな」に全く不案内な私なりに惹かれたのは、その表現方法の多彩さである。草むらの中に潜む楚々とした自然情景をイメージさせるようなものから、強烈な大自然のエネルギーをイメージさせるような、まるでオブジェのような作品まで、自然界の解釈と表現の幅の広さに驚かされた。さらにそれぞれの出瓶者が自分の表現をいっそうアピールするために花器、剣山、水張り等々「いけばな」に付随するさまざまにまで行き届いた神経が見えた。

★上掲下段のイラストは長年「中部経済新聞」連載小説の挿絵を描いてきたOさんの原画展である。名古屋市民ギャラリーで開催されていた。Oさんは私が20代の横着教師だった頃の中学生だが、当時「こんな上手い絵を描く中学生がいるのか…」と感心したものだ。イラストレーターの彼は特に江戸時代の風俗を描くのが得意のようで、衣類、髪型、持ち物等々その時代考証の見事さも評判である。彼の軽妙洒脱なイラストはどこか懐かしい感じもして惹かれる。

★Iさん、Oさんの作品を鑑賞した後、ぶらぶらと秋に向かう名古屋の街をしばらく歩いた。二人のおかげで久しぶりに外に出た。
私も秋の展覧会の準備を急がねば…

チョッと喫茶店バッグ/№5と№6

チョッと喫茶店バッグ/№5と№6

★過日、今年の「年賀状展」をアップしようと思ったのだが、何故か画面化けがおこり、前の私の賀状画面までトンでもない変形を
起こしてしまった。理由がよく分からないので、新しい「年賀状展」の記事も前の私の賀状イラストの記事もいったん削除してしまってアップやり直しをした。多分「年賀状展」記事の縦サイズの許容越えが原因だと思うが、ハード音痴の私には不明である。そんなわけで今年は「年賀状展」を見ていただく機を逸した。

★話は変わるが、昨年の夏から秋にかけてコツコツと作っていた「チョッと喫茶店バッグ」の№5と№6を見ていただく。

★№5の方は2トーンカラーでおしゃれなやつを作ろうと意気込んだのだが、制作の段取りを間違ってしまい、方々に素人っぽさが見える。なんかカルチャースクールの革細工教室ではじめつくったような作品になってしまった。これは絶対に使いたくない!!

だからすぐに№6を作った。以前何処かの店で見たアウトドア用の小物入れを思い出しながら、記憶を辿りながらスケッチをして、髪型紙から順を追って丁寧に作った。内皮はもう必要の無くなった現役時代のネクタイを解いてパッチワーク風に繋いで貼った。
まあまあイメージに近いバッグになった。この革色も望外の良さだ。年末年始の集まりや宴会にはこのバックを持って参加した。



笑って行こう

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少々遅れましたが、あけましておめでとうございます。
私共の地方は、これでいいのか?と思うほど暖かいお正月をでした。まさかこのまま春になって行くわけではないのでしょうが、『ことしも異常気象が頻発する年に
なるのだろうかの…』と、若干の不安がよぎる新年でした。

★そうそう年末のことです、私の人生で初めてのことですがNHKの紅白を最初から最後までしっかり見ました。画面にいちいちケチをつけながら見ているものですから『むこうの部屋でDVDでも見てたら…』と家内に言われながらもとうとう最後まで見てしまいました。

★普段の番組では若い日本人の歌手がうたっているのに早口に叫ぶだけで何を言っているのか分からないものですからチャンネルを換えていたのですが、ここでは画面に歌詞が出てくるので内容が理解できました。ただ、この手の歌は言葉が過度にポジティブで、前向き過ぎて、観念的な世界の歌に思えて軽く感じました。
そんな中で椎名林檎さんの世界、ジッと魅入ってしまいました。歌詞も冷静に現実を見極めようとするところから生み出され言葉のように思えて感動しました。
今回の紅白、椎名林檎氏の創造的な舞台を見ただけでも私にとっては有意義な大晦日でした。

★さぁ~て、また一年、今年は笑って行きたいものです。

今年も15回目の「二人展」ができた。

今年も15回目の「二人展」ができた。

★随分長い間さぼってしまった。
今夏の猛暑にヒーヒーしていたのに、9月に入り一気に涼風が吹き秋めいた。久しぶりの長い秋を楽しんでいたのだが晩秋になっても一向に寒い日が訪れない。今秋は美濃路を寒風が吹き向けることもなく、街道の紅葉も鮮やかさを見せないまま落ち葉になった。例年なら、12月に入るや否や冬タイヤに交換するのだが、『いつ換えようか…』などと迷っていいる昨今である。

★さて、今年も15回目の「二人展」ができた。私の場合単発的には展覧会に出品したり、個展をやったりしているのだが、毎年定期的に続けているのは、このギャラリーで先輩と開催する「二人展」だけだ。
15年という年月をあらためて思う。私たちは毎年同じような作品を展示しているせいか周囲のさまざまなものの激変ぶりを今更ながら痛感する。以前の姿を思い起こせないほどの街並みの変容、ギャラリー周辺のお店やご家族の方々の世代交代、等々、周囲の全てが足早に移ろっていく。変わらないのは私の相も変わらぬ作品の出来栄えだ。別にあせりはないが、これでいいのかとも思う。微妙な思いの15回目の「二人展」であった。

★でも、今年も50年前の小学校4年生の4人が遠くから来てくれた。50年前のたった1年間だけのお互いに通りすがりのような出会いが、いまだにこうして時を超えて昨日のことのように50年前に戻ることができる。さっき、微妙な思いの15回目の「二人展」と書いたが、この子たちへの感謝を思いつつ、やっぱりやって良かったとしみじみ思う素敵な15回目の「二人展」であった

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